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闘争本能の集中編 12


「ぐうぅ……おっ、ドルトム君。げっほ、かはっ……早かったね……げほっ、がほっ……」


 山々に潜む敵兵からの狙撃に耐え、しかしながらそれなりのダメージを受けてしまっていた俺は、苦しそうに呼吸を整えながらドルトム君に話しかける。

 対するドルトム君は俺の様子に首をかしげながら聞いてきた。


「う、うん……ちょうどこ、こっちに向かって……き、来ていた、からね……それより……ど、どうしたの?」

「何でもないよ。ちょっとアルメさんが……アルメさんのちょっとした反逆……大丈夫。後でちゃんと仕返しするから……」

「そ、そう。それならいいけど……」


 いや、いいわけないんだけどな。

 まぁ仕方ない。アルメさんには後で絶対仕返しするとして、予想以上に早くドルトム君が味方を連れて登場したんだからさ。

 つーか、この早さ――もしかするとドルトム君は俺からの増援要請を予想していたのかもしれん。

 広い山岳地帯全域に敵味方の部隊が入り乱れる混戦の最中、それでもドルトム君の戦術眼は健在というわけか。


 さて、それならばドルトム君は俺が出した増援要請の意味も理解しているだろう。


「やっぱりここが戦いの要になりそうだね。戦力をここに集中させよう」


 先程とは別人のように、流暢な言葉で話し出したドルトム君の雰囲気もそれを物語っている。

 ならば鉄砲隊の指揮官としての俺の役目もある意味ここで終わりだな。

 これからこの戦場を指揮するのはドルトム君になるし、此度の戦いで試験的に運用された鉄砲部隊はフォルカー軍の主戦力ってわけじゃない。

 ドルトム君が連れてきた300体の上級魔族たち。そして周囲の山岳地帯から集める予定の味方戦力。

 ドルトム君指揮のもと、それらを主な戦力として敵の波状攻撃を迎え撃ち、俺たちはというとその巨大戦力のうちのほんの一部になるということだ。


「ふーう」


 周囲の味方部隊に伝令を出すため、ドルトム君がてきぱきと部下に指示を出し始めた。

 それを脇目に、俺は肩の荷が下りたように深く息を吐く。その雰囲気を察し、ヘルちゃんが話しかけてきた。


「タカーシ? お疲れ様ですわ」

「うん。ヘルちゃんもお疲れ様。あと、他のみんなもね」


 この鉄砲部隊を組織し、そして育て上げるまで早2年。

 長いようで短いその期間は同時に、俺にとって鉄砲部隊を率いる指揮官としての勉強の日々でもあった。


 んでもって、今回の戦いはその鉄砲部隊の初陣。

 そんな状況の中、俺の鉄砲部隊は――そして俺はまずまずの成果を挙げたといってもいいだろう。


 後はドルトム君の指揮下、この戦場の端っこでこそこそ戦えばいいだけ。

 これから迫り来るであろう敵の波状攻撃の戦力と、ドルトム君の率いてきた味方戦力を照らし合わせれば、この戦いが大きな節目に差し掛かっていることと、試験的に投入された俺たち鉄砲部隊の役目の終わりが近づいたことぐらいは明白だ。


 そしてそれはヘルちゃんをはじめとして、王子やフライブ君、そしてガルト君もしっかり理解していた。

 加えてわが鉄砲部隊の面々もそれをわかっていたため、俺の言葉を受けてそれぞれが緊張感を解いたように座り込む。


「たいちょーぅ? じゃあ、俺たちはこれからどうするんすかぁ?」

「そうですね。ひとまずここから少し後方に下がって休みましょう。それで……」


 まっ、これで終わりにするつもりはないけどな!


「その後、皆さんの持っている弾が尽きるまで戦ってみましょう。その後に後方へと退却する感じで」


 もちろん血気盛んなチンピラ集団も俺の言葉に同意したように不敵な笑みを浮かべる。


「くぇっひっひ。それでこそタカーシ様。地獄の底から生まれたようなお方です!」


 おい、そこの殺し屋小僧! 俺に対する言葉の暴力が最近ちょっとひどくなってねぇか!?

 いや、それがガルト君なりのお褒めの言葉だってのはわかっているけどもぉ!


「むっ!」


 しかしながら俺がガルト君に回し蹴りをお見舞いしようにも、それは例によって邪魔される。

 アルメさんがいつの間にか俺の背後に回っていて、俺の首に再度かみついた。

 んでもって俺の体を持ち上げ、俺はアルメさんの背中へと乗せられた。


「さぁ、一旦引きましょう」


 アルメさんが満足そうな顔で俺に指示をあおる。

 どうやらさっきの戦いにおけるアルメさんの敵もなかなかの強さだったらしい。

 それを倒したアルメさん。いや、『思う存分暴れることができた』と表現したほうがいいな。

 そんなアルメさんはやっぱり満足気で、しかも俺を背中に乗せて『なでなで』を要求してる。ような気がする。


 なので俺はアルメさんの脇腹を入念に撫でまわし、ついでに手を伸ばして腹部のあたりもわさわさとしてあげた。


「わおっ……? んっ! ぐぅっ……くぅーーん……」


 さて、アルメさんといちゃいちゃするのはこれぐらいでいいだろう。

 俺のわさわさを受けてアルメさんがこれ以上戦闘不能状態に陥ったら、それも大変だからな。


「じゃああっちの木陰で。それじゃああとは頼むね、ドルトム君。少ししたら戻ってくるから」

「う、うん。こっから先は……タカーシく、君たち……は……す、好きにしていいよ」

「お言葉に甘えて」


 などと最後にドルトム君と短く言葉を交わし、俺たちは後方へと退く。

 敵の第2波がそこまで迫っていたため、すぐさま激しい戦闘が開始された。

 同様に周囲の味方部隊もここに集まり始め、ここから敵の波状攻撃に耐え続ける戦いが続く。

 なかなか高い戦力を備える敵部隊がいくつも襲ってきたけど、ドルトム君による秒刻みの戦闘指揮によって1個ずつ迎撃していった。



 そんな戦いが小一時間。俺たちは戦場から後方に山を5つほど超えた場所で休んでいたわけであるが、わずかに漂ってくる空間の魔力に意識を向けながら、俺の隣に座っていたフライブ君がふとつぶやく。


「うーん。キリがないね」


 どうやら敵もこの戦場に戦力を集め始めたらしい。

 すでに20を超える敵大隊の波状攻撃がドルトム君たちを襲ってきているものの、敵の攻撃が止む気配がない。

 俺たちが戦っているのは主にマユー将軍の軍隊だから、おそらくマユー将軍がそのように仕掛けているのだろう。

 それを肌で感じたドルトム君はフォルカー軍の全てをここに集合させるよう、さらなる伝令を離れた部隊に送っているようだ。


 もうさ。こんな広い山岳地帯なのに、戦いが一極集中過ぎて不自然なんだけど。

 そもそもこのように混乱した戦場で、一点集中型の戦いをして大丈夫なのか?

 下手をすると、集まった味方の軍が敵に囲まれたりしないか?


 とそんな不安を抱いた俺はふと後ろを振り返る。バーダー教官が仕事終わりの一杯を飲みながら俺の顔をにらみ返してきた。


「どうした?」


 いや、待て!

 俺さっき「弾が尽きるまでもう一回戦おう」って言ったよな!?

 なんでちゃっかりアルコール飲んでんねん! ってアルメさんまでほろ酔いだし!

 くっそ! 別にいいけども! いいけど、俺だって酒飲みたいんだけど! この体が子供じゃなかったら俺だって仕事終わりのビール的なものを美味しいつまみと一緒に……


 ――って、そうじゃない!


「あのぅ。バーダー教官?」

「ん?」

「敵の攻撃が収まりませんね」

「うむ。このままだと夜中まで続きそうな勢いだな」

「これ……僕がいうのもなんですけど……いや、ドルトム君なら気づいているのかもしれないけど……」

「どうした?」

「これもマユー将軍の罠って可能性はありませんか?」

「ほう。それはまたどういった考えだ?」

「あえて前戦力を投入した波状攻撃。と見せかけて周囲の山に伏兵をひそめさせて、こっちがその波状攻撃用に戦力を集中させたところで、それを囲い込む。みたいな?」

「それならそれで大丈夫だ。あえてそういう戦況を作るのもこちらの手。その場合は、アレナス軍の余剰戦力をこちらに来させる。アレナス軍と連携して、逆に内と外から挟み撃ちできよう」


 まじかぁ。さすがバーダー教官だ。そこまで読んでいるとは。

 ということは、バーダー教官以上に戦況を読めるドルトム君なら当然それ以上の予測も立てているな。

 なら安心だ。


 まぁ、それはそうと、そろそろ我々も再出撃するか。

 これ以上休んでいると、アルメさんが本当の本当に酔っぱらって使い物にならなくなりそうだし。

 それよりも、ひとしきり休んだうちの隊員たちが殺気を抑えきれなくなってきたし。


「がるるるうぅ……」

「ぐるるるるぅ……」


 そこら中から発せられる下級魔族たちのうなり声が徐々に大きくなり、その声に促されるように俺は静かに立ち上がる。


「総員! 出動よーいッ!」

「うっしゃー!」


 俺が勇ましく声を上げると、部下たちは嬉しそうな返事でそれに続く。

 さて、それじゃあ再出撃の時間だ。


「ここから先はそれぞれ自由に戦ってくださーい!

 でも、敵軍の中には上級魔族も混ざっているようなので、そういう敵には連携して銃弾を浴びせるか、それが無理ならすぐに退却してくださいねー!」

「うぃーっす!」

「ちぇーっす!」


 相変わらずチンピラみたいな返事だな。まぁいいけど。


 俺が精いっぱいの大声で周囲の隊員たちに指示を出し、んでもって出撃だ。


「じゃあいっきますよーーーっ! 総員、攻撃開始ーーっ!」


 そして俺たちは再度戦場へと突入する。

 といっても今度は目の前で繰り広げられている戦いの端っこの方。

 移動する途中、俺たちはドルトム君たちの頭上を飛び越えたんだけど、その時にドルトム君が指差していたあたりでちょこちょこと戦う感じだ。

 部隊の先頭を走っていた下級魔族の若者が射程距離に入った敵上級魔族に向かって早速鉄砲を放ち、それに続けとばかりに銃撃音が続く。


 敵にとって未知の兵器ともいえる鉄砲の利点を生かしながら、俺たちは無難に敵戦力を削り取った。

 削り取りながら――そして俺は予想通りの不安を抱く。


「バ、バーダー教官? んっ! ぐっ! えい!」

「なんだ、タカーシ?」


 なので敵と戦いながらもその不安をバーダー教官にぶつけてみた。


「やっぱり……とぉ! やぁ! ぐっ、僕たち……囲まれてません? せい!」

「ふん! ぬおっ! あ、あぁ。そうらしいな。ぐぉ!」


 やっぱり……。

 というかさ。俺が言うのもなんだけど、今バーダー教官が戦っている相手。普通にバーダー教官ですら苦戦する相手なんだけど。

 そんな相手がそこら中にいるのに、さらに俺たちが囲まれているってことは、かなりヤバいんじゃね?


「がるるるぅ……ふっ、だいぶ楽しい戦いになってきましたね。ねぇ、タカーシ様?」


 あと、アルメさんは会話に入ってくんな。黙って戦ってろ。


「さて。この状況でドルトムはどう出るか?」


 ここでバーダー教官が少し遠くで戦況を見守っているドルトム君の方に視線を移す。

 つーかあれ? 今さっきまで苦戦してたんじゃ?


「ぐふ……おみ……ごと……」


 しかしながらバーダー教官が相手をしていた敵は騎士道精神たっぷりなセリフとともに倒れていたので、バーダー教官はどうやら割とあっさり勝ちを収めたらしい。

 まぁ、あの牛野郎はこういう強さも持っているんだよな。なんというか、こう……戦闘経験に裏打ちされた強さっていうか。

 まっ、いいや。それはそうと俺もそろそろ動き出さなきゃ。

 実はさ、部下の下級魔族たちがそろそろ疲弊してきたんだ。

 それなのにこの戦場が敵に包囲されちまうと、アレナス軍の救援が来る前に鉄砲部隊が壊滅しちまう。

 そんなことにならないよう、そろそろこいつらを退避させないといけないんだ。


「ふーう。そろそろ潮時ですね。副隊長? では我々は撤退するとしましょう」

「ははっ!」


 そして俺は大きく息を吸う。

 声を魔力に乗せて、全隊員に撤退を指示しようとした。


 しかし……


「また会ったね。是非とも君を捕獲しておきたかったのだが、どうやら今日の私は運がいいようだ」


 俺たちの戦場に突如現れたマユー将軍。

 しかもだ。俺にとってトラウマとなるほどのおっそろしい存在が、なぜか俺に狙いを定めていやがる。


「ぎゃー!」

「ぎゃー!」


 もちろん俺は恐怖におびえながら悲鳴を上げる。ついでにちょっと離れたところで戦っていたフライブ君も悲鳴を上げた。


 しかし、ここで鉄砲部隊の副隊長が好プレーを見せる。


「隊長っ! お背中の鉄砲を少々拝借!」


 いや、あらかじめ決めていたことなんだけどさ。

 マユー将軍の姿を確認した副隊長が震え怯える俺の代わりに、俺が背負っていた鉄砲を空に向けて発射した。

 これはのろし代わりに赤色の煙を発生させる特殊な銃弾で、マユー将軍を見つけたという合図を味方本陣に伝えるものだ。


「ほう。そんなことにも使えるのかね」


 こんな鉄砲の使い方を初めてみたはずなのに、これがのろしの一種とすぐさま理解するマユー将軍もやはり切れ者。

 だけど、そんな強敵にはこちらもそれなりの相手をぶつけなきゃな!


「うっさい! 覚悟しろ、マユー将軍!」


 もちろん疲弊し始めたこの部隊ではマユー将軍を相手に勝利をもぎ取るなど不可能。

 しかし俺はある意味勝利を確信してマユー将軍に言い放つ。

 トラウマ云々の関係で若干声震えてたけどさ。

 でももう大丈夫なんだ。


 目には目を。歯には歯を。

 そして――将軍には将軍を。


「ふぅ。久しぶりだね、我が友マユーよ」


 のろし代わりの銃弾が空高く放たれてからほんの数秒の後、この戦場にフォルカーさんも姿を現した。




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