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闘争本能の集中編 8


 この戦場においてもひと際激しい魔力の衝突が行われている区域。

 そこへと向かう途中、俺はフォルカー軍の本陣にいるドルトム君へと伝令を送った。


 状況によってはマユー将軍を討ち取るため、念には念を入れてバーダー教官あたりもこちらの戦力として欲しいと伝えたんだ。

 まぁ、フォルカーさんが直接こっちに来てくれたらそれもそれでありだけどさ。


 でも将軍自ら敵本陣に乗り込むなんて、戦いのクライマックス感が極まりない。

 この戦場はそういう短期決戦ができる戦争をしているわけじゃないから、フォルカーさんを最前線に送るなんてことをドルトム君が考えるとは思えない。

 あと、フォルカーさんとマユー将軍の関係性もいろいろと複雑だしな。


 鉄砲隊の戦術効果をドルトム君に確認させつつ、あわよくば負傷中のマユー将軍が敵本陣にいたりして……んでもって、それをアルメさんとバーダー教官のコンビで討ち取る。

 ――なんてことは夢のまた夢程度に考えておき、ここは通例どおりに長年続く戦いの延長線上をこなすだけだ。


 といっても俺の鉄砲部隊の登場により――いや、というか俺たちを指揮するドルトム君の存在がこの戦場には異物すぎて、何か起きそうな気もする。

 もちろんそれがいい結果になるよう、俺たちも最大限協力するつもりだ。


 さて、そんなことを考えながら走っている間にも、バーダー教官が俺たちの部隊に合流した。


「俺を呼ぶなんて、一体どうした?」

「はい。敵本陣には相当強い幹部がいるので、一応アルメさんと一緒に王子の護衛をお願いしたいと思いまして。または状況によっては対マユー将軍の戦力として……」

「むう。なるほどな」

「王子と……あとフライブ君たちの面倒をお願いします。敵の応戦の激しさによっては、鉄砲部隊の即時撤退とその殿(しんがり)を僕たちで受け持ちながら下級魔族を逃しますので。その時もご協力を」

「わかった。しかしタカーシよ? さすがに自分の部下を大切にし過ぎではないか? たかが下級魔族だぞ?」

「でも2年もかけて育てた部隊です。鉄砲の扱いと部隊戦術を身につけるため、多大な時間と労力を費やしてきたわけですし。それなのにせっかく育てた隊員たちが“この戦いで壊滅した”なんてことになったら目も当てられません」

「ふっ。相変わらずだな。よし、ではいざという時には俺とアルメ殿で最後尾を受け持とう。その際はお前も幻惑魔法で協力しろよ?」

「はい、もちろん」


 とりあえずバーダー教官は俺の話をしっかり聞いてくれるし、これでオッケイだ。

 問題は俺の斜め後ろで興奮の極みに達しているわんこ野郎だな。


「がるるるぅぅ……ぐるるるうぅぅ……わーおーーーーん! 一刀両断……一刀両断……! ごるるるぅうぅぅ……」


 アルメさん、西の国との戦いでは気候の影響で十分に戦えなかったから、涼しいこの土地で行われる今回の戦いについては凄いやる気だ。

 まぁ、それはよかろう。なんだかんだいってこういうアルメさんが非常に頼もしいのも否定できんからな。


 でもさ。“一刀両断”ってなんのことだ? あんた、刀とか剣とか使わないじゃん。

 興奮しすぎていつものキャラぶれすらまともにできないのか?


「はいはい。アルメさん? 少し落ち着きましょうねぇ」


 なので俺はアルメさんの脇に移動し、少し強めにアルメさんの首元を撫でる。

 あまり俺のテクニックを駆使しすぎるとアルメさんが腰砕け状態になっちまうから、今回は少し強めにわさわさと。

 これでアルメさんは少しだけ冷静さを取り戻した。


「はっ! ここは……? ……そうでした。私は今タカーシ様と一緒に敵陣に向かう途中でした……。

 危ない危ない。危うく何もかも忘れて大暴れしそうに……気を付けないと」


 なんで寝起きみたいなリアクションやねん! 理性失ってたんか!? さすがにおかしいだろ!


「そうですね。気を付けてください。でないと味方の一斉射撃に巻き込まれかねないですよ?」

「はい。独断先行は控えます。がるるぅ」


 アルメさんがまだちょっと興奮しすぎっぽいので、俺は再度アルメさんの背中に手を伸ばす。

 さっきより少し優しめにアルメさんの背中をモフモフしていると、アルメさんの興奮もさらに収まり、と同時に敵の本陣が間近に迫っていた。


「ぜんたーい! 止まれ!」


 そしてこっからはドルトム君の指示通りに。

 その指示によると先に他の部隊を敵本陣に突っ込ませるとのことで、我々は味方の突撃を受ける敵軍を側面から射撃する作戦だ。

 そのためにはここで一度部隊を停止させ、並行する味方の部隊に先を譲りつつ、こちらも最適な射撃場所へと移動しておかないといけないんだ。


「右に迂回しまーす! 敵との距離を保ったままあそこの川沿いに移動してくださーい!」

「うぃーす!」


 俺の指示に下級魔族たちがまたしてもチンピラのような返事をし……いや、この部隊の隊員たちはみんな普段からこんな感じだから別にいいんだけどさ。

 んでその下級魔族たちが俺の指示に従い迂回を始めると、早速別の部隊が敵陣へと突っ込んだ。

 バーダー教官がそれを真剣な眼差しで見守り、しかしながら呟くように言う。


「ほう。そうくるか……」


 たとえばの場合、この状況で敵が選ぶ戦術は2種類ある。

 突撃してきたこちらの部隊に対し、堅い守備陣形を組んで迎え撃つか。

 または上級魔族の能力を存分に生かすため、散開して各々自由に応戦するか。


 我々としては前者を選んでもらった方が射撃の的として狙いやすい。

 しかし、敵が選んだ戦法は後者だった。


「各々銃を構えーー!」


 しかも散開した敵本陣の兵たちは先行した味方の別動隊だけでなく、200メートルほど離れた俺たちの部隊にまで襲いかかろうとしてきた。

 上級魔族にとって200メートルなんて数秒もかからずに移動できる距離だ。


 なので俺は慌てて指示を出し、部下に鉄砲を構えさせる。

 さらには時間をおかずに発射の命令を下した。


「発射ーーーっ!」


 そして戦場に響く轟音。

 案の定、300挺の一斉射撃により敵の突進力はガタ落ちする。


 しかし敵もさるもの。上級魔族で構成された本陣の部隊は屈強な兵が多く、こちらに襲いかかってきた100体規模の兵のうち、およそ半数が鉄砲の弾を回避または防御しきっていた。


「上級魔族、応戦せよ! 鉄砲隊員は後方へ退避!」


 なのでこちらも上級魔族を前面に押し出し、鉄砲を持った下級魔族は後ろに退けさせる。

 んでもってこっからは双方の上級魔族同士の乱戦だ。


「がるるぅぅ……わーおーん!」


 言わずもがな真っ先にアルメさんが飛び出し、敵との交戦に入る。


「ひひーーーん!」


 と思いきや、そのすぐ後ろには王子が続いていた。


 いやいやいやいや……待てよ、と。

 さすがにこれは調子に乗りすぎだろ、と。


 つーかこれ以上王子を野放しにすると、マジで王子の身があぶねぇ!


「お、王子! 前に出過ぎ! 戻って!」


 俺がそう叫んだところで、あの王子が言うことを聞くわけねぇ。

 しかし俺が叫ぶと同時に、大きな影が俺の脇を通り過ぎた。


「2人のことは任せろ。タカーシ? お前はフライブたちと連携を組め。この上級魔族たちを返り討ちにするぞ」


 バーダー教官だ。

 つーかこういう時の判断力は流石だな。ホント頼りになる魔族だ。


 しかし敵にもやっぱり優秀な指揮官がいるらしい。

 即座に応戦態勢を整えたこちらに対し、中隊長と思われる魔族が大声で叫ぶ。


「撤退! 撤退!」


 そうだ。即時撤退だ。

 空間を埋め尽くすアルメさん、王子、そしてバーダー教官の強力な魔力。さらにはこの3体と同じぐらいの戦力とみなせる我が鉄砲部隊。

 それらの脅威を前に、敵中隊長は迅速かつ賢明な判断を下したと思う。


 と思ったけど――


「あれ?」


 その中隊長の指示で俺たちの部隊に襲いかかろうとしていた部隊が退き、ついでに味方の別動隊と戦っていた敵部隊も退き――挙句はマユー軍の本陣そのものが後方へと移動を始めた。


「ちょ、待って!」


 いや、待ってもらわなくてもいいんだけどな。ほんの数分の間に敵が続々と森の中へと撤退し始めたので、判断に困った俺がこう叫んでしまうのも無理はない。

 我が鉄砲隊の威力が予想以上に効果を上げたとしても、あの一斉射撃だけでここまで大がかりな部隊移動とか……普通そこまで大胆な判断するか?


 まさかここまで連動した動きをするなんて。

 考えようによっては臆病ともいえる判断だけど、その判断の速さといい、こちらの最新兵器に対する反応は賞賛にも値する。


 しかもだ。

 敵が森に消えるのを何も出来ずに見守っていた俺たちの元にドルトム君の発した伝令からさらなる情報が入ってきた。


「我が軍の隣で戦っていたアレナス軍の敵軍も撤退。

 さらに北の方でソシエダ軍が戦っていた敵軍も森の中へと撤退しました!」


 そう伝えてくれたのは、何を隠そう2年前の戦いで先遣隊のピンチをバレン軍本陣へ伝えてきたあの鳥の獣人さんなんだけど、それは今はどうでもいいとして、過剰すぎる敵の撤退行動に俺は戸惑う。


「どどど、どうしましょう……?」


 俺が鉄砲部隊の副隊長に意見を求めていると、ここで遠くへ行っていたアルメさんが風の速さで俺のもとに戻ってきた。


「これがここでの敵の戦い方です。布陣にほころびが出たら1度撤退し、森の中で軍を整えるのです」

「な、なるほど。これが例の……。じゃあ、今から我々が追撃しようとすると? やっぱり?」

「えぇ。以前教えましたよね? タカーシ様?」

「はい。山奥深くまで誘い出された挙句、手痛い反撃に遭うと……」

「正解です」


 なるほどな。そう答えてくれたアルメさんが過去を思い出しながら身震いしたので、何かあったのだろう。

 大方バーダー教官と一緒にたまに遠くを見つめるあの現象と繋がっているに違いない。

 その相手がフォルカー将軍とマユー将軍のコンビだったりしたらめっちゃウケるけど、今はアルメさんのその記憶に深く踏み込んでいる時間もない。


「タ……タカー、シ君?」


 ん?


「あれ? ドルトム君?」


 いつの間にかフォルカー軍の本陣から移動していたドルトム君に話しかけられ、俺は振り返る。

 なんとなく話しかけられた雰囲気だったので俺もなんとなく振り返ったが、ここでドルトム君はとんでもないことを言い出した。


「タ、タカーシ君と……フラ、イブく……ん。ふた、2人に……お、お仕事を……お願いして、い、いいかな……?」


 なんだその依頼の仕方は……可愛いなこの野郎!


 と俺が思わぬ萌えポイントに心揺らしていると、しかしながらその“萌えドルトム”君はもじもじしながらとんでもないことを伝えやがった。


「ふ、2人に……あの森の、中に……入ってほしいんだ。い、以前、夜中にし……侵入した、時みたいに……」

「え? ちょっと待って。今?」

「う、うん」

「無理無理無理無理っ! だってあれでしょ? あそこに入ったら敵の反撃に遭うんでしょ!?」

「そ、そうだけど……」

「そ、そんなん、たった2人で乗り込んだら絶対死ぬじゃん!」

「い、いや……でも、タカーシ君たち……なら、だ、大丈夫……でしょ?」

「ち、違うよ! あれは夜中だったから大丈夫だっただけで! でも結局マユー将軍に見つかったし! だ、だから今は無理だって!」

「だ、大丈夫、だよ……! 今のて、敵のうご、動き……マユーしょ、将軍、は……まだか、回復してないことをしめ、示してる……から……!」


「え? そうなの? ……いや、でも……」


「じゃあ……おね、お願い……ね? あ、の……森の中、で……敵がど、どうう待ち伏せているかのちょ、調査がひつ、必要なんだ……」

「え? ちょっとま……」

「で、でないと……指揮官として……あの夜の、た、たん、単独行動のこと、あらためて、怒るよ……?」


 えぇ! 今更あの夜のこと責められるの?

 ちょっと待てよ。ドルトム君に怒られたら、何気に俺めっちゃ凹むぞ!


「あ、いや……はい……。分かりました……」


 結局、俺の反論はここまで。

 俺とフライブ君は少しの休憩の後に、敵が潜む森の中へと侵入することとなった。



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