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闘争本能の集中編 4


 さて、気を取り直していこう。

 俺たち、何しようとしていたんだっけ?


「すごいね、タカーシ君は……まさか精霊さんと会話できるなんて」


 会話って程の事でもないんだけどな。

 一方的にわけわからんことを言われただけだし。


「ふーん。ところで……どうしよ? 次はどこ行く?」

「あっ、そうだ。ついでだからフィーファ様の像にお祈りしに行こ!」

「うん。じゃあそれで……」


 そうと決まれば、善は急げ。

 いや、俺にとってそのフィーファという神はどうでもいいからこの行動が“善”ってわけじゃないけど、どうやらフライブ君にとっては大切な信仰対象らしいし。

 まぁ、神社にお参りしに行く感じなんだろう。

 それならそれでちょっとぐらい寄り道したっていいとも思う。


「くんくん……こっちかな……?」

「そういえば、さっき話した敵兵があっちって言ってたよね? あっち行ってみようよ。フィーファ様だっけ? そのフィーファ様の像があるかもよ?」

「そうだね! さすがタカーシ君」


 こんな感じのやり取りを済ませ、俺たちは再度歩き始める。

 山を3つ超えたところで遠くにまたしてもテントの明かりが見え、俺たちはその簡易集落の外郭の草むらに潜んだ。


「フライブ君? フィーファ様の像の場所分かる? 旗が掲げられているって言ってたけど、いろんな旗がいっぱい立ってる」

「うーんとね、えーとね……あった! あれだ!」


 そして俺たちは立ち上がり、さも当然のように基地内を歩き出す。

 数体の魔族がまだ起きていて、俺たちとすれ違ったりしたが、誰も俺たちを不審人物とは思わない。

 誰にも邪魔されることもなく歩いていると、ほどなくしてやや大きめのテントの前にたどり着いた。


「さて、入ろうか」


 テントの入り口でフライブ君がそう言い、臆することなく中へと入る。

 俺もその後に続いてテントに入ると、中には色とりどりな布が飾られており、その奥には一目で宗教的なものと思われる祭壇が設置されていた。

 さらには祭壇の前に魔獣の肉や野菜が供えられていて、少し生臭い。


 そんな祭壇を前にまずはフライブ君が膝をつき、お祈りを始める。

 加えてフライブ君はぶつぶつと何かをつぶやき始めたので、俺はそれを黙って見つめていた。


「……●▼$#”$#!◆●……▼■◆?&%$#”$#!&■●▼……◆■●▼%$#”●▼■◆%$#”●▼■……」


 それにしてもなげぇな。

 しかもフライブ君の言葉は魔力による言語変換機能も働いていない。

 じゃあ何か? 今フライブ君が呟いているのは本人もよく理解していないってことなのかな?


 まぁ、お経とか祝詞って子供にとっては意味のわからん言葉だったりするからな。フライブ君も意味も分からず丸暗記してるんだろう。


「……●▼◆■$#”$#!◆◆●……▼■◆◆?&%$#”$#!&■●▼◆■●▼……●▼■◆●▼■……●▼◆■◆◆●……▼■◆◆■●▼◆■◆◆●……?&%$#”$#!&▼■◆&◆■#”●▼&◆■●▼……●▼■◆?&%$#”$#!&●▼■……●▼◆■$#”$#●●▼◆$#”$#■◆◆●……▼■#”◆◆■●&▼◆■●▼……●▼■”$#!&◆●”$#!&▼■?&%$#”$#!&……●▼$#”$#◆■◆$#”$#◆●……▼$#”$&%$#”$#!&▼■◆&◆■#”●▼&◆■●▼……●▼■◆?&%$#”$#!&●▼■……●▼◆■$#”$#●●▼◆$#”$#■◆◆●……▼■#”◆◆■●&▼◆■●▼……●▼■”$#!&◆●”$#!&▼■?&%$#”$#!&……●▼$#”$#◆■◆$#”$#◆●……▼$#”$#■$#”$#◆◆$#”$#■&●▼◆”$#!&■●”$#!&▼……●▼■”$#!&◆●▼■”$#!&……▼……●”$#!&▼■◆●”$#!&▼■……」


 ……


 ……


 いや、なっげぇよ! 長過ぎんだろ!

 もう5分ぐらいお祈りしてんだけど!

 もしかしてフライブ君、俺が一緒にいること忘れてねぇ?

 俺待ってるんだから、ちょっとぐらいお祈りはしょってくれねぇかな……?


「うーん」


 立ち尽くすことさらに数分。

 しかしフライブ君のお祈りがいっこうに終わる気配を見せないため、暇を持て余した俺は祭壇を観察してみることにした。


 まずは中央最上階に飾られた人型の像。

 いや、人というよりはエルフかな?

 耳がとんがっているし、髪長いし。

 南の国でたまに見るエルフと特徴が一致している。

 つーかラーヨバ大臣ととてもよく似ている。

 だからおそらくこのフィーファとかいう信仰対象はもともとエルフ族なのだろう。


 んでそれ以外は生臭い魔獣の肉や野菜、魚、そして酒っぽい液体が供えられているだけで、めぼしい特徴はない。

 というかさ。フィーファ様の像がぴっかぴかに光っていてそこに目が行ってしまうんだ。

 うーん。これさ、もしかして純金じゃね?

 土系魔法の達人であるレバー大臣ですら錬成が困難という元素。この世界でもなかなかに価値が高い素材だ。


 いや、待てよ。

 表面だけ金箔を貼りめぐらせておいて、その実、中身は安い他の素材で出来ていたり。

 そういう可能性もあるな。

 うーん。うーん。迷うな。

 でもこれが純金だったら――パクっちゃえばいい値で売れそうじゃね?


 じゃあ……お祈り中のフライブ君には悪いけど……。


「……」


 窃盗なんてことはやはり気が滅入る。

 とはいえこの像が純金製なのかはもっと気になる。

 じゃあ、盗むかどうかはフライブ君がお祈りを終えた後に相談するとして――とりあえずは手にとって確かめてみよう。


 と思った俺は何気なく足を前に運び、その像に近づく。

 お祈り中のフライブ君が「ん?」と一瞬だけこちらを向いたけど、俺の行動を止めるわけでもなかったので俺はさらに像に接近し、それを手に取った。


 って、おい! これ、めっちゃ重い! 間違いなく純金じゃん!


 つるんっ! ごん!


 あっ、やばっ! びっくりして像落としちゃった!


「あんびろづばっちゃひよれっふぁー!」


 それに反応し、背後からフライブ君の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 うぅ……ごめん。これ、やっぱり純金だよね。

 ――じゃなくてフライブ君が大切に信仰している像を落しちゃってごめん。


「な、なんということを……タカーシ君?」

「いや、ごめんなさい! これ、元に戻すから」


 しかし、ここで俺は周囲を取り巻く異変に気づく。

 フィーファの像からわずかな魔力が放たれ、それがものすごい速さで四方八方へと飛んで行った。


 こ、これは……?


「ヤバい! 結界魔法だ!」


 くっそ! この像、結界魔法が施してあったんだ。

 んで俺がそれを落したせいでその魔法が発動しやがった。


「フライブ君!? 逃げるよ!」


 これが一体どういう効果を持ち合わせているのかはわからん。

 しかし、周囲にまんべんなく広がったこの魔力。そして東の国の軍が点在する山岳地帯の各地で連動するように起きた魔力の変動。

 これ、間違いなく結界魔法の発動なんだ。


 しかも俺たちの周囲数メートルに効果を及ぼすだけのレベルじゃなく、半径数キロ……いや、十数キロにわたって効果を及ぼし、しかもこの結界が各地の結界にさらなる作用を及ぼす2段階式の高等複雑な結界魔法っぽい。


 こりゃやばい! さっさと逃げ……ってあれ?


「ちょっと待ってタカーシ君!?」


 結界魔法の発動を察した俺がテントから飛び出してさらに数歩――といってもその数歩で200メートルぐらい進んでいたのだが、後を追ってきたフライブ君が異変を感じ取って俺を止めようと声を掛けてきた。

 同時に、俺も結界の異変を感じ取って立ち止まる。


 2人揃って近くの茂みに身を隠し、しかしながら頭だけを出して先程飛び出したテントを見つめた。


「タカーシ君? 気付いた?」

「うん、気付いた! 僕たちがここに来るまで邪魔してた罠が全部なくなったね!」

「そう! 敵探知用の結界魔法も全部! これってもしかして……?」


 にやり……


 つまりだ。

 さっき俺が落とした像は、ここに来るまでの途中幾重にも張り巡らされていた魔法陣トラップや敵探知用の結界魔法のスイッチみたいなものだったというわけだ。

 そしてそれを俺が解除してしまった。というところか。


 これが笑わずにいられようか。

 あっ、一応自身の信仰する像を目の前で落されたフライブ君はまだ俺に笑顔を見せていないけどな。

 うーん。そだな……。

 あの時のフライブ君の慌てようから察するに、フィーファという神はやはりそれなりに厚く信仰されていて、その像を落とすなんて東の国の魔族の間では考えられなかった。

 だからこそあの像を結界魔法のスイッチにして、大切に飾っていた。

 そんなところだろう。


 ふっふっふ。

 まさか敵もフィーファの像をいじる輩がいるなんて思わなかったんだろうな。

 俺が元日本人でよかった。いい意味でも悪い意味でも信仰心に薄く、それでいてなぜかごちゃまぜの信仰心を厚く持っているのが、“日本人”だからな。

 宗教的な像という物に対してそれなりの信仰心もあるけど、興味があったら手軽に手に持っちゃうあたりが“日本人”なんだよ。


 しかし……


「タカーシ君! 隠れて! 魔力も消して!」


 その時、にやついていた俺の隣でフライブ君が突如小さな声で言った。

 その言葉に従うように、俺が茂みの中に頭を隠すと、異変を察知した周囲の敵兵がそのすぐ上を飛び越えていった。


「何事だ!」

「まさかフィーファ様の像が!?」

「えぇーい! どういうことだ!? まさかフィーファ様の像に手をかけるなんて!」


 慌てろ慌てろ。

 でもな。俺がひらめいた悪巧みはこれで終わりじゃねーんだよ。

 敵の撹乱作戦。

 つーかその件をすっかり忘れてた。俺たちそのために来たんだっけ。

 でもみんなの反応を見て、結構あくどい悪巧みを思いついちまったんだ。


「うーんとさ……フライブ君?」

「ん? なに?」

「あのね? ちょっとの間、ここで待っててくれるかな?」

「いいけど……どうしたの?」

「いや、ちょっと忘れ物してきちゃってさ。それ取りに行って来る」

「ふーん。まぁタカーシ君の自然同化魔法なら敵に見つからないから大丈夫だろうけど……気を付けてね」

「うん。余裕余裕!」


 まっ、これからやろうとしていることはフライブ君には絶対言えん。

 なので俺は適当な理由とともにフライブ君と別れ、今逃げてきた方向へ向かって走り出した。


 そう、俺が思いついた悪巧み。

 敵の結界呪文を解除したのは偶然だとして、それとは別の話。

 敵の信仰対象である宗教的な像や祭壇にいたずらをして、敵軍に混乱を招くという計画だ。


「ふん!」


 周囲で敵兵が右往左往しているのを確認しつつ、俺は魔力を放出する。

 自然同化魔法もいつものように発動し、人間の駆け足程度の速度で走っていると、先程までいたフィーファ像のテントへと数十秒ほどでたどり着いた。


 もちろんその中は十数体の魔族と人間たちがてんやわんやの大騒ぎ。床に落ちているフィーファ像を元の場所に戻しつつ、しかしながら各陣に張り巡らされた数十の結界魔法はそう簡単には元に戻らない。


 それを見ているとさ。なんか悪いことしたなぁって気持ちにもなってきたんだけど。

 いや、困っている相手は敵兵だから俺がそんな気持ちになる必要もないんだけどな。


 まぁいいや。

 さて、どんないたずらをしてやろうか。


 まずあれだな。この祭壇を壊しちゃえ。


 と思った俺は周囲で騒ぐ敵兵たちを避けながらテントの奥へと移動し、祭壇に蹴りを入れた


「えい!」


「ぎゃー!」

「な、なんだ!?」

「た、隊長っ! フィーファ様の祭壇が勝手に!」

「えぇ! いきなり崩れ落ちましたぁ!」

「んな? なんという不吉な……!」


 ぶわっはっはっは!

 面白い! 面白いじゃないか!

 めっちゃいいリアクションしてくれて、すっげぇ嬉しいぞ!


 ふーう。ふーう。

 いや、まだテンション上げるには早いな。

 ここはいったん落ち着いて。

 さてさて、次は何をしてやろうか。


 と、俺はテントの端で腕を組む。


 祭壇……神……不吉……生贄……


 ……血……?


 おっと。いい考えが浮かんだ。

 実はさ。例によって俺の懐にはヨール家の人間たちから頂いた血の入った容器があるんだ。

 それをちょこっと使わせてもらって……うっひっひ!


「ぎゃーー! 隊長ーー!! フィーファ様が血まみれに!」

「なんだとぉ! これは一体どういうことだぁ!?」


 ちなみに、俺自身は自然同化魔法を使っているので、俺が手に持っている段階の血液も存在感を希薄にしている。

 ところが血が容器からしたたり落ちると自然同化魔法の効果範囲を外れるので、傍から見たら何もない空間からいきなり血液が現れ、フィーファ像を覆っている。

 ――みたいに見えるんだ。ちょっとしたホラーだな。


「おい! マユー将軍をお呼びしろ! 今後の対応をご指示願わねば!」

「ははっ」


 おっと。将軍級がここに来るとなると、それはちょっとまずいかな。

 じゃあ、ここらでお暇(いとま)することにしよう。


 その後俺は静かにテントを抜け出て、フライブ君の待っている茂みへと戻ることにした。


「おっ、タカーシ君! 大丈夫だった?」

「うん。問題なし!」

「ならよかった。でもあのテント、めっちゃ騒がしくなってない? 何したの?」

「ん? 別に……忘れ物取りに行っただけだよ」


 まぁ、フライブ君に本当のことは言えないわな。

 それはそれでいいとして……うーん。敵の撹乱も上手くいったし、そろそろ帰るか。

 長居するとマユー将軍とやらに鉢合わせてしまいそうだしな。


 と思ったけど……


「君たち、東の国の魔族ではないね? 侵入者かい? あの騒ぎも君たちの仕業じゃないのかい?」


 突如背後から声をかけられ、俺はびっくりしながら振り返る。

 なんて言ったっけ?

 日本で有名なビールメーカーのロゴと会社名に使われている空想上の生き物。

 四足歩行で、頭に角が生えていて。

 馬のようであり、でも金色のたてがみがライオンのように首周りを覆い……そんな生き物……。


「ぎゃッ! マユー将軍ッ!」


 そう、麒麟って言ったっけ?

 フライブ君が驚きながら相手の名前を叫んだけど、その“麒麟”が俺たちの背後に立っていた。





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