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闘争本能の集中編 2


 無事にソシエダ将軍との会合を終え、俺とフライブ君は先遣隊のみんなが待っている場所へと戻った。

 ほぼ同時にヘルちゃんたちもアレナス軍の陣から戻り、俺たちはお互いの結果をすり合わせることにした。


 いや、その前に寝食する場所の確保だな。


「あの山……あそこの頂上に陣を敷こう。アレナス将軍には伝えてあるから大丈夫」


 ドルトム君の指示に従い、俺たちは歩き出す。

 我々の拠点の場所はソシエダ軍の右翼側をさらに山1個分南に進んだところ。

 つまりは東に向けて軍を敷いている我が南の国の全軍の中で、左翼側がアレナス軍、中央がソシエダ軍。そして我がフォルカー軍が右翼側に布陣される感じだ。


 といっても、こっちの主力はまだ到着していないんだけどな。


 その山に到着するや否や、100体を超える先遣隊のメンバーがせわしなく動き始め、テントの設営や今宵の食事の準備を始めた。

 この光景だけ見てると、キャンプにでも来たような雰囲気だ。

 このままバーベキューでも始めそうな勢いだな。


 おっと、そうじゃねぇ。俺も手伝わないと。


「ドルトムく―ん! もうフォルカー軍の軍旗立ててもいいよねぇ?」

「うん。立てよう、立てよう!」


 ん? ドルトム君の言葉使いが流暢になった。

 じゃあなにか? 今の俺の質問、ドルトム君的には作戦行動に関連する内容だったというわけか?

 ただの旗なのに。

 ふーん。さっき俺たちに拠点の場所を指示した時もそうだったけど、よくわからんな。ドルトム君が到達している指揮官としてのレベルの世界は……。


「おいしょっ! おいしょっ!」


 まぁ、そんな小難しいことは天才のドルトム君に任せておくとして、俺は畳10畳ほどもあろうかという軍旗を広げ、組み立てる。

 旗を支える棒だって丸太みたいな太さとそれにふさわしい長さだけど、魔力を備えるヴァンパイアの俺からしたら金属バット程度の重さにしか感じない。

 軍旗を組み立て、それを地面に深く突き刺していると、俺の肌に不可解な魔力の風が当たってきた。


「ん?」


 どうやら遠くで敵軍が動き出したらしい。その魔力が俺の探知能力に異変を伝えたんだ。

 しかし、それに気付いた俺が「なんか敵軍が移動しているよ? 大丈夫かな?」とドルトム君に聞いてみたんだけどさ。


「あれは大丈夫。僕たちの登場にあわせて軍を移動しているだけだから。まだこっちには攻めてこないよ。その“感覚”もないし」


 とのことだ。


 ちなみにドルトム君の言う“感覚”というのは、指揮官としての直感みたいなものらしい。

 もう子供のレベルじゃねぇ。百戦錬磨の老練な指揮官みてぇだ。

 しかも、そう答えた時のドルトム君の言葉はまたしても流暢なもの。


 つまりだ。

 拠点をこの山に決めたのも、俺が軍旗を立てようと提案した時の返しも――そしてそれを見た敵軍の動きを観察している時もドルトム君の頭の中には軍事的な要因が存在した。ということになる。


 大方ドルトム君はこちら側の増援の登場に対する敵の反応を見たかったのだろう。

 うん。だいぶドルトム君のことが分かってきた!

 この段階でそんな細かいところまで敵軍を観察しようとするドルトム君の意識の高さが怖いけどな!


「おんのれぇ。来るなら来やがれ……! 返り討ちにしてくれるわ」


 あとこのタイミングでキャラぶれながら遠くの敵陣を睨んでいるフライブ君も怖ぇ!

 おい、落ち着けよ!

 それとフライブ君がキャラぶれてんの初めて見たわ!

 あれか!? オオカミの獣人族ってみんなキャラがぶれるというキャラクター設定を……って俺もなに言ってんのかわっかんねぇ!


「お、落ち着いて。戦いはまだ先だよ。今はその力を十分に溜めておこうね」

「ふーう、ふーう。そうだね。ありがと、タカーシ君!」


 しかしながら俺がフライブ君を諌めると、フライブ君は意外と簡単に元のキャラに戻ってくれた。

 うん。アルメさんほど重症ではないっぽいな。


 あっ、そういえばアルメさん、今頃どうしてるかな?

 フォルカー軍の幹部としてゆっくりこちらに向かっているはずなんだけど。

 俺が傍にいなくて、寂しがってんじゃないかな?


 と俺が脳裏にアルメさんの姿を思い浮かべていると、俺の魔力感知能力の端っこにアルメさんの気配が侵入してきた。


「ん?」


 いや、アルメさんだけじゃない。他にももう1つのでっけぇ魔力。

 これは……フォルカーさんかな?


「あれ? お父さんの気配が……? アルメ様も?」


 フライブ君もその気配に気づき、2人揃って西の方を見る。

 遠くに見えた小さな2つの点がもんのすごい速さで接近し、俺たちのもとに到着してみればやっぱりその反応はアルメさんとフォルカーさんだった。


「どうしたんですか?」

「いや、みんなどうしているかなってちょっと気になってね。アルメ様もご一緒するとおっしゃられたから、2人で来てみたんだよ」


 ちなみに将軍であるフォルカーさんの方がアルメさんより南の国における地位は高いが、オオカミの獣人族における関係性ではアルメさんの方が上らしい。

 ここら辺はよくわからんけど、ふっふっふ。フォルカーさんも意外と過保護だな。

 そんなにフライブ君のことが心配か?


 この人もバレン将軍や王子と同じく、いい意味で将軍としての自覚がないらしいな。

 だからこうやってふらふらしてるんだ。

 でも将軍たるフォルカーさんが来たとあれば、こっちだって報告しておきたいことがある。


 あっ、そうだ。

 ソシエダ将軍との会談の件もそうだけど、フライブ君のことを心配するついでに父親としてフライブ君にちょこっと説教してほしいんだが。

 この子、さっき絶対に勝てない相手に喧嘩売ろうとしたんだよ。

 しかも相手は将軍級。礼儀の面から考えても、もうちょっと思慮深く行動してもらいたいんだけど。


 と俺がニヤニヤしながらフォルカーさんにチクろうとしたら、ワンテンポ早くフライブ君が俺を裏切りやがった。


「ねぇ、お父さん! 聞いて聞いて! さっきね。僕とタカーシ君でソシエダ将軍のところに挨拶に行ったんだけどね!

 そこでタカーシ君がソシエダ将軍にひと泡吹かせたんだ! しかも周りの強そうな幹部たちもまとめてびっくりさせたんだよ!

 凄かった!」


 うぉーい! なんで俺がやらかしたみたいなことになってんだぁ!

 しかもそれを聞いたアルメさんがにやにやしてるし!


「そうかい。さすがタカーシ君だね。やはり侮れない子だ」


 フォルカーさん! “やはり”ってなんだよ!

 俺そんなに危険な輩じゃねーから!


「ふっふっふ。それでこそこのアルメが育て上げたヴァンパイア……くっくっくっく」


 しかしながらアルメさんがうざい感じでつぶやいていたので、俺は反論をあきらめる。

 これ、抵抗すればするほどアルメさんにからかわれるパターンなんだ。


「はぁ……」


 なので俺は短くため息をついて周囲を見渡した。

 ちょうど他の先遣隊のメンバーたちが拠点キャンプの設営が終わったと報告してきたのでそれを確認しつつ、そして次の指示を出すことにした。


「はい。じゃあ夕ご飯作り始めてください。でも本隊が来る前に、ついでだからフォルカーさんにさっきのご報告を……」

「ん? 報告?」

「えぇ。僕とフライブ君はソシエダ将軍に。ヘルちゃんとガルト君とドルトム君はアレナス将軍に挨拶に出向いたのでその結果報告を。ちょうどフォルカーさんが来たわけですし」

「そうですわね。どうやらタカーシたちも“しでかした”らしいですけど、私たちも一筋縄ではいかなかったものですから報告を」


 おーい、ヘルちゃんまで!

 なんだその不穏な発言!

 何した? アレナス将軍のとこで君ら何した!?


「え? ヘルちゃんたちも何かやらかしたの?」

「当たり前じゃないですの。タカーシもそれを狙って私たちをアレナス将軍のもとに差し向けたんじゃなくて?」


 あた……当たり前じゃねぇよ。

 なんでみんなしてそういうこと言うかな。

 もしかしてあれか? 戦場に来たことでみんな若干好戦的になってんのかな?


 じゃあ、ここは俺が冷静になって。


「ふーん。そうなんだ」

「えぇ、凄かったですわよ、ドルトムが! アレナス軍の幹部たちを前にあれやこれやと指示出して!」

「うぅ……恥ず、恥ずかしいよ、ヘルちゃん……」


 そしてなぜか顔を真っ赤にして照れるドルトム君。

 そんなドルトム君にちょっと萌えちゃったけど、どうやらドルトム君はドルトム君なりの方法でアレナス軍にその実力を認めさせたらしい。

 しかもそれを話しているのはヘルちゃんだ。

 このおてんば娘が手放しで他人を褒めることなんてめったにないから、多分ヘルちゃんもヘルちゃんで何かしらの“大暴れ”をしたのだろう。

 大方、こちら側にナメた態度を取ったアレナス軍の連中に礼儀作法のなんたるかを熱弁したりしたんだろうな。


「へ、ヘルタ様だって……いくら我々がフォルカー軍の使者だからといって、あそこまで丁重な対応をアレナス軍に……強制し……」

「何言ってるの、ガルト!? いつ私がアレナス軍に強制したんですの!?」

「あっ、いえ……なんでもないです……」


 ほら、やっぱりな。

 さすが元妖精王の末裔。

 伊達に気品あふれる気配を放っているわけじゃないんだ。


 まぁ、今回は相手のアレナス将軍もそういうのを重要視するタイプだったという事情もあるけどな。


 さて、俺とかドルトム君がどうしたとか、ヘルちゃんが威張ったとか……そんなことはどうでもいいんだ。

 それよりもっと重要なことがある。


「ところでドルトム君?」

「ん? な、なに?」

「どうしてここを我々フォルカー軍の拠点にしたのか。それをフォルカーさんに教えてあげよ?」

「う、うん。そ、そうだ……ね。フォ、フォルカーさん?」

「うん。ドルトム君、教えてくれ」


 俺がドルトム君を促し、フォルカーさんとドルトム君が話し込む。

 それを俺やフライブ君、そして妖精コンビが傍から聞いていたんだけどさ。

 ただでさえ流暢に喋るドルトム君の早口加減についていけないのに、話の内容が難しすぎて俺たちは途中離脱することになってしまった。


「このように、条件その17の場合、敵は中央を厚く布陣するはず。その場合、対応するこちらとしてはソシエダ軍とアレナス軍の間に入ったり、またはその両軍の後方に陣を敷いてもよかったけど、あえてここにしたんだ。敵に奇襲をかけやすい地形とその他条件が揃っているから。

 自軍を二手に分け、一方はそのまま前の敵軍とぶつかり、と見せかけてその軍を徐々にアレナス軍のところまでわざと“押され”、そしてもう一方の軍を敵の後方に迂回させる。これで行こうと思う。

 そして敵が少し横に広く布陣した場合、これを条件18とすると、奇襲の精度は落ちるから、こちらも正面からの……」うんちゃらかんちゃら……


 立場上ドルトム君の話を真剣に聞かないといけないフォルカーさんとアルメさんが可哀相だったわ。

 でもまぁ、フォルカーさんはふむふむと納得したように頷いているから、これでいいのかもしれん。


 問題はアルメさんだな。

 ドルトム君の話に早期離脱した俺たちと同じく、早々に会話から逃げ出している。

 逆にさ――いや逆でもないんだけど、フォルカー軍の幹部として、また1人の大人として、アルメさんはそれでいいんか?

 子供の話ぐらいちゃんと聞いてやろうや。


「などなど、いろいろと作戦を実行させやすいためにここを選んだんだ。

 あと鉄砲部隊について、さらに30挺の鉄砲が納品される予定だから、鉄砲部隊をさらに増やそうと思ってる」


 おっと。俺の部隊についての話題が急に挙がってきた。

 なになに? 部隊の構成員をさらに増やすとな?

 なかなか面白いことを言ってくれるじゃねぇか、ドルトム君。そんなに期待されると、俺としても放っておけないぞ。


 などと思った俺はここで再度会話に割り込むことにした。


「えぇ。どうやらうちの鍛冶職人のサンジェルさんたちが頑張ってくれているらしいです。

 やはり人間の仕事っぷりは侮れません。

 それと……人間が僕たちのために期待以上に頑張ってくれる。そういうのは素直にうれしいですね」

「へぇ。人間がそこまで優秀だとは。これは……我がフォルカー軍の軍備品調達先として、ますますタカーシ君のお宅の人間たちが重要になってくるね」


 まぁ、ここでサンジェルさん率いる鍛冶職人部隊をフォルカーさんに押してしておくのもいいだろう。


 この夜、俺たちはこんな感じで簡易な会議を済ませ、そして部下の作ってくれた料理にむさぼりつく。

 その途中敵の斥候が調査に来たので、それをフォルカーさんがアレしたりしつつ、この日は交代制で見張りを立てながら眠ることにした。


 だけどさ。こういう夜はやっぱり問題が起こるんだ。

 というかその夜、俺と一緒に見張り役をしていたフライブ君が深夜にとんでもないことを言い始めた。


「ねぇ、タカーシ君?」

「ん?」

「暇だねぇ」

「そーだね。暇だねぇ。でもこれが見張りってお仕事だから仕方ないよねぇ。どうする? 暇だからしりとりでもする?」

「いや、そうじゃなくて……ねぇ、タカーシ君?」

「ん? なに?」

「暇だからさ。敵陣営に忍び込んでみようよ!」

「えぇ!? 何を言って……」

「敵陣の撹乱作戦だ!」

「いや、だからそういう……」

「楽しそうじゃん!」

「でも……」

「ねぇ、タカーシ君! 行こうよ! はい、決まり!」

「って、ちょっと待っ……」


 そういうことになった。



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