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闘争本能の集中編 1


 3日後、俺たちは戦場にいた。

 西の国との戦いが繰り広げられた戦場とは違い、こちらは草原や緑豊かな山脈が連なる少し寒い気候だ。


 到着したばかりの我がフォルカー軍の右斜め前にはすでに屈強なドラゴンが並ぶソシエダ軍。左斜め前にはこれまた気高さ漂うケンタウロスが並ぶアレナス軍が展開している。

 その先、両軍の陣地を超えた向こう側では東の国とのちょっとした小競り合いが行われているようだ。


 でも総力戦という感じではない。

 そりゃそうだ。ここは恒常的に戦場となっていて、何十年も前から一進一退の戦いを繰り広げている場所。

 敵兵の中にも魔族が多く存在し、高度に統率された敵軍は我が南の国の2軍を持ってしても蹂躙しきれない。


 押せば引き、引けば押す。

 そして敵が引いたと思って安易な追撃をしようものなら、あっちに見える山岳地帯で手痛い反撃に会い、結局ここまで戻ることになる。

 そんな戦いが延々と続けられている戦場らしい。


 でも、それも今回で終わり。

 ――って言えるほど、俺たちフォルカー軍の戦線加入は劇的なものではないけど、俺たちが来たことで何らかの異変が起きるかもしれない。

 願わくば俺たちの活躍によって敵の国境が大きく後退し、そのタイミングで双方が停戦合意に行き着けばいいんだけどな。


 まぁ、そんな都合のいい妄想は頭の端に置いておくとして。


「はぁはぁ……やっと着いたね」


 遠くを見渡す俺の脇で、フライブ君が息を切らしながら話しかけてきた。

 うん、そう。

 すでに息を切らしながら、だ。


 もちろんこれには理由がある。

 俺やフライブ君、そして妖精コンビを含む先遣隊を結成したのが昨日。

 んでその隊長はドルトム君なんだけど、そのドルトム君の願いによって通常は5日かかる行程を我々先遣隊は“高速道路”を使うことでわずか半日で踏破したんだ。

 なんでも、「軍本隊よりも先に戦場に到着して、地形を把握したい」とのことだ。


 この発言をした時のドルトム君はまたしても流暢に言葉を発していたんだけど、そんなドルトム君の二面性は置いといて――ドルトム君の意見にもちろんフォルカーさんは首を縦に振った。

 それでドルトム君と仲のいい俺たちが先遣隊に選ばれ、その他にも各種族から選ばれたエリート魔族が100を超える数で参加した。

 今彼らは俺たちの後ろに続々と到着している最中だ。


「そうだね。はぁはぁ……さて、ドルトム君? どうする? うー、げほっ……はぁはぁ……先に、ソシエダ将軍とアレナス将軍に、うおぇ……挨拶してくる?」

「う、うーん……うん、それがい、いいと思う。はぁはぁ……でないと……み、味方に迷惑が……か、かかっちゃう」


 じゃあそうしよう。

 と言いたいところだが、ここでいくつかの問題がある。


 まず1つ目。

 我々が子供であること。

 後ろについて来た魔族はほぼ全てが大人なんだけど、その大人たちを率いているのが我々子供なんだ。

 そんな俺たちが挨拶に出向いたところで、相手に与える違和感は果てしないし、なんだったら子供だからとナメられる可能性だってある。

 ならば適当な大人の魔族を代役に仕立て上げ、その魔族を先遣隊の隊長として――そしてフォルカー軍の幹部として両軍の将軍に挨拶させるという手もある。


 でも、実際ドルトム君はフォルカー軍の幹部で、俺も鉄砲隊指揮官という中級管理職になっている。

 その噂も各軍に出回っている可能性があるから、代役を立ててもそれが偽物だとバレる可能性があるし、バレたらバレたで面倒なことになりそうだ。


 そして2つ目の問題。

 ソシエダ軍とアレナス軍の仲が悪いということ。

 ぶっちゃけその原因はソシエダ将軍とアレナス将軍の性格の不一致なのだが、それが両軍全体に影響を及ぼしているらしい。

 俺にしてみればそんな影響を生み出している両将軍に「むしろお前らが子供だろ」と言いたいところだ。

 とはいえ、そりが合わないならしかたない。無理矢理仲良くさせるわけにもいかんしな。


 んでそんな両軍に対し、俺たちは先にどちらの軍をあいさつ回りした方がいいのか?

 両将軍は自分に対する挨拶が後回しにされたと知ったらめっちゃ怒りそうだよな。


「うーん」


 本当にどうでもいいことのようであり、しかしながらめちゃくちゃ大切なことのようであり。

 この2つの問題に関して俺が悩んでいると、同じくドルトム君も腕を組みながら悩み始めた。

 やっぱりな。ドルトム君も気になるよな?


「挨拶の順番……どうする?」

「そ、そだね……僕、そ……そういうのはよくわかんなくて……」


 おっ、珍しくドルトム君がお手上げっぽい。

 じゃあここは俺が頑張って考えよう。


 まずはドラゴンの長たるソシエダ将軍。

 豪快で分かりやすい性格だが、しかし多くが獣人で組織されたフォルカー軍に対して多少の偏見を持っているらしい。

 さらにはそんな軍にヴァンパイアである俺がいることにも何らかの不満の意志を示すだろう。

 という親父からのアドバイスをもらってはいる。

 あと最強のドラゴン軍団を率いる最強の戦士だけあって、『力こそが正義』みたいな価値観も持っているとか。


 そしてケンタウロスの軍を率いるアレナス将軍。

 アレナス将軍は真面目で堅物、義理がたい感じの人柄らしい。

 加えて思慮深く礼儀正しい人物とのことだ。

 まぁ、いわゆる“石頭”っぽいやつなんだろうな。


 さて、そんな2人の将軍を相手にどうやって太刀打ちするか。


 つーかこの情報を俺に教えてくれた親父が、やはり“有事”とやらの時に起きるであろうフォルカー軍に対する両軍の敵対行為を懸念していたけど、そんなに信用できないもんなのかな?

 いや、親父を通して――そしてバーダー教官を通して助言をしてくれたのはあくまでバレン将軍だ。

 俺にとって信じるべきはバレン将軍で、重用すべき意見もバレン将軍の意見のみ。


 まぁ、いいや。

 じゃあこれらの情報から色々と考えてみると……


「ここは2手に別れて、別々に挨拶に行こう」


 やっぱこうなるよな。

 俺の案に、ドルトム君も頷いているし。

 ただ問題はこの2組の人選だ。


「うーん……そうだな」


 ソシエダ将軍には……俺と……フライブ君……? かな?

 豪快な性格の魔族は俺も嫌いじゃないし、ヴァンパイアの俺と獣人のフライブ君が仲良く挨拶に伺うことで、ソシエダ将軍の持つ獣人への偏見を少し変えてやろう。

 そしてフォルカーさんの息子たるフライブ君を連れていくなら、それはそれでソシエダ将軍も不満はないはず。


 んで……そだな。頭の固そうなアレナス将軍にはドルトム君と妖精コンビを送り込もう。

 妖精コンビのヘルちゃんは何を隠そう、妖精王の末裔だという。

 この肩書きはアレナス将軍のような性格の魔族には意外と効きそうだし、と見せかけて子供ながらにフォルカー軍の幹部を名乗るドルトム君を送り込んで、その才能を認めさせたら……?


 ふっふっふ。たかが挨拶といえど、ナメられるのはまっぴらごめんだ。

 だからここはこの組み分けでそれぞれの陣営に乗り込み、フォルカー軍とはなんたるかを知らしめてやるんだ。


「僕とフライブ君がソシエダ将軍に。そしてドルトム君とヘルちゃんとガルト君はアレナス将軍のところへ挨拶に行くことにしよう。

 他の皆さんはここで待っていてください」


 その頃には、俺たちの背後に先遣隊のほとんどが到着していたので、俺は彼らに指示を出しつつ遠くを見つめる。

 緑地に青い爪跡の紋章。そんなデザインの軍旗が大きく揺れている。

 あれがソシエダ将軍の本陣だ。


「そうですわね。ソシエダ将軍の方はタカーシとフライブに任せますわ。私たちはアレナス将軍の方を受け持ちます」


 その時、ヘルちゃんが納得した様子で口を開いた。

 おっ、ヘルちゃんは俺の意図に気付いているっぽいな。

 じゃあアレナス将軍についてはヘルちゃんに任せておいて大丈夫だろう。


「うん、お願い。ナメられないようにしないとね!」

「えぇ、もちろんですわ!」


 そうして俺たちは二手に分かれた。


「よし、フライブ君? 行くよ!」

「うん!」


 ヘルちゃんたちがアレナス軍の陣へ向かうのをちょっとだけ見送り、俺はフライブ君に声をかける。

 2人揃って歩き出し、ドラゴンが行き来するソシエダ軍の陣へと向かった。



 んで5分後。



「ふぅーーーうーーー……貴様たちがフォルカー軍の使いだと……?」


 地鳴りのような声と、それにふさわしい巨体。

 四足歩行タイプのドラゴンに顔面近くまで顔を近づけられ、そう威嚇された俺たちは恐怖のあまり泣きそうになっていた。


「ひいっ……は、はい。そうです。こ、こちらフォルカー将軍の御子息、フライブと……わた、私、フォルカー軍の鉄砲部隊隊長にして……バレン将軍の補佐官であるエスパニ・ヨールの息子……タカーシ・ヨールと……申しますぅうぅぅうぅぅぅ!!」


「ほう。あの裏切り者のフォルカーの息子と、変態ヴァンパイアの息子が揃って挨拶に来たというか!?」


「ひえぇえぇ! は、はい。そ、そうですぅ!! ほら、フライブ君も頭を下げて挨拶して!」


 あのさぁ。めっちゃ怖いって。

 どう見たって俺ら子供なんだから、そんな威嚇しなくたっていいじゃんよ。

 ソシエダ将軍、恐竜みたいな迫力の外見だし、魔力だって俺が今まで感じたことのないような凶暴なものを放っているし。

 鼻息が荒く、その風だけで俺たちは後ろに倒れてしまいそうだ。


 しかしながら、こういう時に穏便に事を済ますことが出来ないのが、俺というヴァンパイアの宿命。

 というかソシエダ将軍の言葉を受け、フライブ君がブチ切れていた。


「裏切り者……だと……?」


 うぉーい!

 フライブ君が臨戦態勢に入った! 入っちゃった!!

 どうすんのこれ!? いや、まず俺が止めないと!


「え? あ、いや、フライブく……」


 しかし、フライブ君の魔力を感じ取り、対するソシエダ将軍も魔力を放出した。

 さらにはソシエダ陣営の本陣の守りを固める周囲のドラゴンたちも警戒態勢に入った。


 これにより、両者一触即発。

 と言いたいところだが、もしここでバトルが開始されたら完全にこちらの方が餌食になる。


「あぁん? 我々と殺り合うと申すか……?」


 ソシエダ将軍も俺たちのような子供に喧嘩を売られ、顔中に血管が浮き出そうなほどブチギレている。

 大人げない! 大人げないけど、これがソシエダ将軍か!


 ……


 ……


 ということは……つまり……俺がこの場を収めなきゃいけないのか……?


 こんちくしょう。いっつもこういう役回りのような気がするんだけど……これも俺の立場的に仕方ないんだろうな。

 じゃあ、少し怖いけど……。


「ふん!」


 相手は“強さこそが正義”という信条を持っているというソシエダ将軍。

 こういう時はその“強さ”というものを見せつけてやれば、相手も俺たちを認めざるを得ない。

 ……様な気がする。


 なので俺も短い声とともに魔力を最大放出し、自然同化魔法の発動準備に入った。


「ふっ。さっきまでびくびくしていた小ネズミがぁ! このソシエダにかかってくると申すかぁ!」


 しかし、俺はあえてその言葉を受け流す。

 自然同化魔法の魔力が周囲に広がるのを確認しつつ、俺は隣にいたフライブ君を抱き上げる。

 んで、戦闘時の速度でソシエダ将軍の背後へと回り込んだ。


「ん?」


 俺たちの気配の消失に気付いたソシエダ将軍がさらに警戒心を上げたが、関係ない。

 俺も魔力を全力で放出し、自分たちの存在を隠し続ける。


 んで数秒が経ったあたりで、俺は自然同化魔法を解除した。


「落ち着いてください、ソシエダ将軍。将軍ともあろうお方が我々のような子供を相手にムキになるなんて」


 まぁ、最初にムキになったのはフライブ君なんだけどな。

 俺の言葉の発生源から、俺たちの存在に気付いたソシエダ将軍が、驚いたような顔で振り返った。


「んな? 貴様、今一体何を? いつの間にそこに?」


 ふっふっふ。言えるわけねーだろうがよ。

 これはバレン将軍やバーダー教官から秘密にせよときつくいわれている“摩訶不思議な魔法”だよ。

 そう簡単に教えられるか。


 というかソシエダ将軍がもうちょっと魔力を放出し、魔力の探知能力を上げていたら、それだけで俺たちの存在を補足しただろうな。

 うん、危なかった。まぁ、それも見極めて、ネタバレする前にすぐさま自然同化魔法を解除したんだけどな。


「それは言えません。でも……誤解しないでいただきたい。我々は喧嘩をしに来たんじゃありません。

 これから一緒に戦う仲間として、フォルカー軍の先遣隊の代表として挨拶に来ただけです。

 それともソシエダ将軍含め、ソシエダ軍の幹部は挨拶に来た使者をことごとく殺す無法者の集団なんですか?」


 いっひっひ。ここまで言われてどーよ? ソシエダ将軍、これでも反論してくるか?

 まぁ、ここで立派な反論など出来ようものなら、それはそれでこのドラゴンが“筋肉バカ”じゃないってことになるがな。

 その時はむしろ俺がソシエダ将軍を見直してやろうか。


「い、いや……すまないことをした。そ、そうだな。貴様たちは使者……相応の待遇で迎え入れるべきだった」


 筋肉バカだったぁ!

 おい! 今の瞬間、めっちゃ不安になったわ!

 もう少しぐらい言い返してこいよ!

 なんでシュンって縮こまってんねん!


 じゃあ他は?

 この軍にも軍師やら作戦参謀やら、そういう頭の回転速くて口も立つ輩がいるだろうがよ。

 この情けない将軍の代わりにそいつが出てこいやぁ!


「なんという子供……」

「我々の目にもとまらぬ速さで将軍閣下の背後に……」

「むぅ。フォルカー軍はこんな子供を手に入れているのか?」


 しかし、周囲から聞こえてきた言葉は俺たちを賞賛し、そして警戒する言葉ばかり。

 一応さっきの動きを獣人であるフライブ君の俊敏性と誤解してくれているっぽいけど、それも含めて俺たちの都合のいいように受け取ってくれたようだ。


「じゃあ、早速挨拶がてらの会議など。今どのような戦況なのですか?」

「むう。あちらに小型魔族用の椅子がある。そこに座るがよい。吾輩自ら説明してしんぜよう」


 結局、こんな感じでソシエダ将軍との初がらみは和やかな雰囲気のものとすることができた。




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