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始動する歯車編 3

 ヘルちゃんたちと別れた後、俺とアルメさんはヨール家の屋敷に戻った。

 バイエルさんが準備しておいてくれた昼食をかっ食らうと急いで支度をし、エールディへと向かう。

 その途中、“高速道路”を跳躍している時に、アルメさんが話しかけてきた。


「タカーシ様? お疲れではないですか?」


 どうやら俺の身を心配してくれているらしい。

 そりゃそうだ。

 8番訓練場での訓練に、2つの会議。それを午前中に終わらせても、午後からはまた訓練。

 とてもじゃないが子供がこなせるスケジュールではないだろう。


 でもこの程度の忙しさは俺にとって大したことではないんだ。

 納期の迫り具合によっては睡眠時間すら削る生活をしていた人間時代の俺。

 それに比べ、今の生活は基本睡眠時間を十分に確保できているし、若さあふれるこの体は疲れを次の日に残さないからな。


「大丈夫ですよ」

「そうですか……でも、最近はフライブたちと野山に行ったり、川で泳いだり……そういうことをしてませんよね?」

「えぇ。でもこれは仕方のないことです。お父さんの言いつけですから」

「でしたら、農業の方の仕事や“鉄砲”とかいう兵器の開発を少しぐらい遅らせたらどうですか……?」


 おっと。

 アルメさんが珍しく真剣に俺の身を案じてくれているっぽい。

 まったくぅ。アルメさんってばそういうところは優しんだから。


 でもアルメさんの言う通りには出来ないんだよ。

 西の国の人間たちが文明を開花させるまでおそらくあと数百年。

 その時までにはこっちの国の兵器を十分なレベルまで発達させておかないと、魔族側が滅亡しかねない。

 ――なんていう大それた責任感を持っているわけじゃないけど、この仕事は俺自身が言い出したことだから、手を抜きたくはないんだ。


「そうですね……考えときます」


 まっ、ここは適当に流しておこう。

 俺は山から山へと跳躍中のアルメさんに接近し、首のあたりをわさわさと撫で回す。

 結果、身悶えしたアルメさんが“高速道路”の移動方法を誤り、足を踏み外して谷底に落ちそうになったが、そんなちょっとした事件も起こしながら俺たちはエールディに到着した。


「ふう。なんとか間に合いそうですね」

「えぇ。じゃあここから3番訓練場までは歩いて行きましょう。タカーシ様? 背中に乗りますか?」

「はい! それじゃお言葉に甘えて!」


 そして俺はアルメさんの背中へと飛び乗る。俺を背負ったアルメさんがエールディの雑踏の中をとことこと歩いていると、10分ほど経ったところで俺たちは3番訓練場に到着した。


 んでだ。

 なぜ俺が3番訓練場に来なきゃいけないかという理由について。

 答えは1つ。親父の顔を立てるためにだ。


 ここは俺もよく理解できないけど――エールディにおいて……いや、エールディを含む南の国の全域において、上級魔族に位置するヴァンパイア。

 そこらへんの事情に加え、バレン将軍の片腕として国の重要人物に名を連ねる親父の世間体もあり、俺は1年ほど前から3番訓練場にも顔を出すようになったんだ。

 いわゆる人脈づくりのためでもあるんだけど、このせいでただでさえ忙しい俺のヴァンパイア生活がさらに多忙なものへと変わってしまった。

 でも親父の言いつけだから逆らえん。


 もちろんその訓練場では元サラリーマンとしての社交性を存分に発揮し、同年代のヴァンパイア十数人と顔見知りになれている。

 とはいえ基本魔法を使えず、かつこの訓練場では自然同化魔法も禁止されている俺。

 そんな状況では俺はチーム戦の役に立たず、劣等生扱いをされている。

 唯一、幻惑魔法は使いたい放題なので、その技術だけは評価されているけどな。


 でもヴァンパイアにすらいとも簡単に幻惑魔法をかけてしまう俺は、結局“共食いのヴァンパイア”という二つ名通りの評価も頂いている。

 こっちは『ヴァンパイアなのに、他のヴァンパイアに対していとも簡単に幻惑魔法をかける』という意味での“共食い”だ。

 知らんがな。


 まぁいい。

 せめてもの救いはチームメイトの性格がいいことだな。

 こちらは3人一組のチームを組んで日々修行をしている。またはその3人で教官役のヴァンパイアと戦うなどしている。

 俺以外のヴァンパイアは色とりどり多種多様な魔法で訓練をしているのだけど、チームメイトの2人は2年前のあの戦いで荷車部隊にいたらしく、加えて俺たち第1陣の戦いっぷりを遠くから見ていたらしい。


 片方はアビレオン・ガターニというヴァンパイアの男の子。

 男の子っていっても歳は200歳をゆうに超え、見た目は人間で言うところの14~15歳程度。この2年間でちょっとだけ成長した俺よりさらにほんのちょっと年上って感じの外見だ。

 家が侯爵ということで、我がヨール家よりは2段階上の身分らしい。

 それにふさわしい態度で俺に接してくるけど、魔法の訓練中にたまに俺が機嫌悪くなると、あたふたしながら俺のご機嫌を直そうとしてくれるから非常に面白い少年だ。


 そしてもう片方のチームメイトはディージャ・オヤミーという女の子だ。

 驚くことなかれ、この子は我がチームで最年長の350歳越え。

 伯爵オヤミー家の長女で、滑らかな黒髪を腰まで伸ばしているのが特徴だ。

 目つきは鋭く優等生タイプだが、俗に言うドジっ子。風系と雷系を駆使し、超近接戦闘タイプなのに気が小さいところが俺的に笑いどころだな。

 いつもびくびくしながら教官に立ち向かっているんだもん。

 でもそれはつまりフライブ君のしなやかさと、ガルト君の瞬発力の両方を持ち合わせているということでもあり、敵から見ればなかなかに厄介な体術を駆使する。そんな少女だ。


 まぁ、そこはどうでもいい。

 問題はこの2人だけ俺の自然同化魔法を知っているということ。

 いや、隠そうとは思ったんだけどさ。この2人、俺より魔力感知能力が高いし、しかしながらあの戦いでは後方支援の荷車部隊として俺たちの戦いを見ていた。

 そう……荷車部隊から外された俺という存在にとりわけ注意を向けながら、あの戦いを観察していたんだ。


「どういうこと? あなた、戦いの途中で気配を消したわよね?」


 出会いがしら、自己紹介がしらにそんなことをディージャから問われたのも当然の成り行きだったんだよな。

 んで執拗な尋問に会い、結局俺は他言無用の条件の元、自然同化魔法の存在を打ち明けた。

 でもこの能力の発動はバーダー教官から強く制限されているため、こっちの訓練場での発動は控えている。

 結果、他のチームのヴァンパイアは俺のことを低く見下し、でもこの2人だけは俺を高く評価している。

 という不思議な状況になってしまった。


「やっと来たわね」

「ごめんなさい。お仕事の方がちょっと忙しくて」

「べ、別に怒ってるわけじゃないわよ」


 3番訓練場の入り口を通過するなり、ディージャが腕を組んだ態勢で話しかけてきた。

 なので俺も相応の理由とともに言葉を返したけど……この子、気の弱さを隠すため、チームメイトである俺たちにすらちょっと高圧的な態度で接してくるんだよな。

 と思いきや俺が謝ると即座にフォローを入れてくるし。

 うーん。この子との付き合いも1年になろうかという時期だけど、やっぱりよくわからん。

 まぁいいや。それよりもう1人のチームメイトの姿が見えん。


「あれ? アビレオンは?」


 俺はアルメさんの背中から降りながらディージャに問いかける。対するディージャは、アルメさんにも軽く会釈をし、加えてアルメさんの首のあたりを撫でまわしながら答えた。


「彼ならすでに訓練を始めているわ。熱心なことね」


 っておい! 俺のアルメさんに勝手に触……いや、なんでもない!!


「そうだね。僕も早く来て訓練すべきなのに……ごめんなさい」

「べ、別に謝らなくったっていいってば。タカーシは他の訓練場でも訓練しているんだし、なにより国王様から直々に職務を仰せつかっているんだから」


 ほら、またフォローしてくれた。

 やっぱりこの子も本当は優しい子なんだ。

 むしろそれが面白いから、嫌みったらしくその都度わざと謝っている俺の方が性格悪いのかもしれないな。

 いや、精神的には俺の方が大人なんだから、そういう意地悪はやめておこう。


「じゃあ僕たちも訓練始めよう。今日の予定は? 僕たち何番目?」


 ちなみにここの訓練場もバーダー教官が仕切る8番訓練場と同じ仕組みを採用している。

 数体の魔族で構成するグループが教官と1対多の実戦訓練をしたり、その順番待ちのチームは訓練場の端で魔法の練習をしたり……。

 エールディの訓練場は基本的にどこも同じだと思うんだけど、この訓練場はとりわけ8番訓練場と訓練のカリキュラムが似ているんだ。


 その理由は……そう……。


「今日は2番目よ。すでに最初のチームがバレン将軍と戦っているから、それが終わったらすぐね」


 そうだ。この訓練場の教官はバレン将軍なんだ。

 と言ってもバレン将軍は多忙だし、それこそ東の国との国境の防衛任務のために数年間エールディを空けることがあるから、バレン将軍だけが専属で仕切る訓練場というわけではない。


 ケンタウロスの教官がいたり、ユニコーンの教官がいたり、またはエルフの教官が俺たちを指導したり。

 さらにはバレン将軍の一番弟子というヴァンパイアの教官もいる……んだけどさ。

 その教官、噂ではバレン将軍率いる“闇羽”の構成員らしい。


 んでその教官が事あるごとに俺の幻惑魔法を褒めてきやがるんだ。

 つーか以前バレン将軍から「将来“闇羽”に入らないか? この世のえげつない部分が見れてとても楽しいぞ」との打診も受けているし。

 俺としてはそういう闇社会に足を踏み込むなんてまっぴらごめんだから、やんわりと断り続けているんだけど――あと、自分で言うのもなんだけど、俺は間違いなくその教官から目を付けられている。気がする。


 はぁーあぁ……闇羽の件思い出したら気が滅入ってきた。

 そもそも2年前の戦争の時だって、闇羽はなにやらやましいことをしていたっぽいし、そういうのほんっとーに勘弁してほしいわ。


「ど、どうした? タカーシ、今日はまた機嫌悪そうな顔して……」


 俺が眉間にしわを寄せながら歩いていると、たまたま魔法の訓練を終えたアビレオンが挨拶もそこそこに質問してきた。

 ほら、やっぱりこの子は俺の機嫌を気にしてくれる。

 しかも俺にビビっているから気にしているんじゃなくて、ただ年下の俺の面倒を見てくれている。という意味で俺の機嫌の変化に敏感なんだ。

 それが俺的に非常に面白い。

 面白いけど……ちょっと余計な心配させちゃったな。すまん、アビレオン。


「あっ。おはよう、アビレオン」

「うん。おはよう。と言ってももう昼だけどね。それよりどうした? 気分でも悪いのか?」

「いや、ごめん。大したことじゃないんだ。ちょっと日差しが眩しくて」

「ん? 魔力が切れかけてるのか? 大丈夫か? 魔力が切れる前にうちの人間連れてこようか?」

「いや、そういうわけじゃないよ。ただ本当に眩しかっただけ。だから人間の血はいらないよ」


 つーか心配性もここまでくると過保護だな。

 でもそれがアビレオンという少年の性格なので仕方ない。

 こういう配慮、俺は嫌いじゃないしな。


「それより早速前の小隊が訓練終わったっぽいね。次は僕たちの番なんでしょ? 気合い入れていこう!」

「なによ、いきなり元気だして……? 1番遅くに到着したくせに……」

「そういうなよ、ディージャ。タカーシは一番年下なんだから。小さい子は元気じゃないといけないからね」


 などなど挨拶がてらの会話を済まし、俺たちは広場の中央へと赴く。


「来たか、問題児ども。さて、今日はどう料理してやろうか?」


 前のチームとすでに一戦やらかし、そのせいで若干好戦的になっているバレン将軍が氷のような笑顔で俺たちに話しかけてきた。





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