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萌葱の意気地編 8


 しゅっ……


 真っ先にフォルカーさんが動き出す。それに遅れる形でバーダー教官、そしてアルメさんが続く。

 すぐさま激しい戦闘が始まったが、しかしこの3人をもってしても勇者に近づくことはできない。

 勇者を守る側近たちが間に割って入ってきたんだ。


「ひゃーはっは! 魔族風情がサンフレチ様に近づけると思うなよ!」


 そう叫ぶのは勇者の側近だ。

 1、2……5、6……。

 6人か。こちらの後衛を突破してここまでたどり着いた勇者の側近は。

 側近全員がバレン軍の幹部かそれ以上。なんだったらバレン将軍並みに強そうなのも1人2人いるような。

 しかもそれを束ねる勇者はさらに頭一つ飛び抜けた存在。

 そんな奴らを相手に、バーダー教官たちも押され気味だ。


 しかもさ。

 こっちの下級魔族も勇者が連れてきた他の一般兵を相手にすることで手がいっぱいだ。

 どちらかというと俺たち対勇者一味、そして下級魔族対敵の一般兵という、局地戦みたいなおかしな構図が出来上がった感じだ。


 んで、その局地戦で圧倒的に不利な俺たちはもちろん押されまくった。

 運のいいことに勇者はまだ部下の戦闘を見ながらふんぞり返っているだけだけど、側近たちのうちの1人が俺たち子供チームに襲いかかって来たんだ。


「てめぇらもこの軍の幹部だろ? 誤魔化したって俺には分かる。覚悟しろ!」


 誤魔化しているつもりはないんだけど、そいつは一瞬でフライブ君の前に立ち、手に持った剣でフライブ君に襲いかかろうとする。

 でも、それに気付いたフォルカーさんが慌てて後退し、間一髪のところでフライブ君を守った。


「早く逃げなさい! お父さんたちは後から行く! 先にフライブたちだけでも! 王子を守れ!」


 しかし、その声は泣きじゃくるフライブ君の訴えによって退けられた。


「お父さん! この国に来た理由を忘れたの?

 平等の国を目指した東の国なのに、獣人だからっていじめられ続けた。

 いつかお母さんの仕返しをするんでしょ!?

 だったらこの戦いで名を上げないと! 普通の戦いしてたんじゃいつまでたっても将軍になれないよ!

 こんな機会はもうないんだ!?」


 フ、フライブ君……恐怖で泣いてんじゃねーか。

 これ、マジで逃げた方がよくね?

 でもこういう時に余計な事をするのがヘルちゃんとガルト君の妖精コンビな。


「そうですわよ。私たちは上を目指さねばならぬ存在。それは己のためであり、種族のためでもありますわ」

「伝説を造るとはまさにこのような状況で勝利をつかむというもの。逃げるわけにはいきません」


 そして妖精コンビは音もなく消えた。


 ――っておい!

 煽りやがったこのガキども! 多分自分たちの獲物を探しに行ったんだろうけど、最後の最後で余計なこと言いやがって!


 しかもフライブ君を守るために受け手に回っていたフォルカーさんが一瞬考え事をしたのか、その隙に右の太ももに深い一撃受けちゃった。

 アルメさんもバーダー教官もあっちで敵に囲まれているし!

 おいおい、このままじゃマジで全滅すんぞ、俺たち。

 俺も何かしないといけな……!


「ひひーん」


 しかし、俺が慌てて幻惑魔法を発動しようとしたその時、気の抜けた声とともに俺の前を何かが通り過ぎた。

 鋭く尖った武器のようなものを頭から生やし、フォルカーさんと戦っていた敵の体をその武器でひと突き。

 結果、左の脇腹から右肩までその武器で貫かれた敵は血を吐きながら死んだ。


「くっくっく。フォルカーとやら? 息子があのように言っておるのじゃ。ここは存分にやり合うしかあるまい。

 それに……このような余興、久々にわくわくしてきたわ。

 それともなにか? 余の命令に逆らうと申すのか?」


 王子だ。

 フォルカーさん相手に意識を集中していた敵の隙を見事に突き、神速の一撃でいとも簡単に勇者の側近を倒しやがった。


「わ、わかりました」


 しかも、王子にこう言われてはフォルカーさんも口答え出来ないからな。

 俺たち子供だったら王子に反論もできるんだけど、大人はそうもいかないんだよな。

 あーぁ。俺、子供でよかったぁ……。


「じゃあドルトム君の指示通り、王子と私、そしてタカーシ君で勇者の相手を」


 よくなかったわ! そういえば俺って、そういう役だった!

 フライブ君が頑張ったせいで、俺の死期が近づいたんだけど!


「ぐぅ」


 周りは戦闘が激しくなる中、俺が心の中でがっくりと肩を落としていると、王子が俺の脇にすっと現れ、話しかけてきた。


「うむ。バーダーもアルメも長くは持たん。行くぞ、タカーシ? 余の背中に乗れ!」

「え? あれ? う、うん」


 マジか?やるのか?


 そして俺は恐る恐る王子の背中にしがみつく。

 と次の瞬間、とてつもない重力が俺の体にかかり……って王子! 速い! 速いって!


「ぐへ……」


 俺が低く唸る間にも、王子はとてつもない速度でバーダー教官たちの乱戦の中をすり抜け、勇者へと近づく。

 後に続くフォルカーさんも加わり、3対1の戦いが始まった。


「タカーシ君は例のやつをやってくれ。決して勇者には近づくんじゃないよ」


 フォルカーさんの指示通り、俺は王子の背中から降りる。

 そして始まる神々の戦い――のように見間違えるほど、攻撃の威力、スピード、防御など全てにおいて見たこともないぐらいレベルの高い戦い。

 そんな戦闘がフォルカーさんと王子、そして勇者の間で始まった。


 でも、そんな戦いにはたして俺が混ざれるものなのか?

 俺の武器……使い慣れていない剣と幻惑魔……あっ、幻惑魔法と自然同化魔法は何とか使えそうだな。


 それじゃあ……


「よーし。もうどうにでもなれ」


 えぇーい! やってやる! やってやるよ!

 すでに1度は失ったこの命。今更何を恐れる必要がある?


 ある意味自分の命を軽く見ているという認識のせいか。または幼くも勇敢な友人たちの身の上話と勇気に応えたいと思ったせいなのか。

 俺は決意をし、幻惑魔法の発動に取り掛かる。


「ふう」


 まずは勇者を有効範囲に収め、魔法を発動。

 今回はこの世界の人間が驚くような内容の幻だ。


 俺の住んでいた世界。その世界の……東京の人間たちの日常風景。

 そして、そこでの戦力。つまるところ自衛隊の演習映像や、そだな――お盆の季節にテレビでよく見る第二次世界大戦の資料映像の記憶など。

 それを勇者というこの世界の人間に見せてやろう。

 俺だけが知っている人間たちにとって不可解すぎる映像記憶だ。


 それを利用しつつ、自衛隊の攻撃っぽい映像を応用させて、自衛隊員に勇者を襲わせよう。

 そんな幻惑魔法と。あと同時にフォルカーさんや王子の動きをフォローをするような分身の幻。


 どうだ?これでいけそうか??


「ぐっ! なんだこれは……? くそっ!」


 ふっふっふ。効いてる効いてる。

 じゃあ攻勢に転じよう。


 今度は自然同化魔法を発動し、俺も勇者へと攻撃してみよう。

 さっきフォルカーさんが決して勇者には近づくなっていってたからな。

 その指示に反する作戦。あえての接近だ。


「ん?」


 しかし、こっそりと勇者に近づいて思いっきり突き出した俺の剣は、勇者の周りを漂う強力な魔力によって防がれた。

 すげぇな。結構全力で突いたつもりなのに、勇者は蚊に刺された程度の反応しかしていない。


 と思ったら、こいつ! 俺っぽい気配があることに気づいて無茶苦茶ながら剣を振り回してきた!

 あっぶねぇ!


「タカーシ君? そこにいるのかい? 近づいたらダメだって!」


 あと、フォルカーさんに怒られたぁ……。

 そんなこと言ったってしょうがないじゃん。

 俺こんなことしかできないんだから。


「はーい……」


 しかし、身を自然同化魔法で隠しながら気の抜けた返事をしたら、それを頼りに王子が俺のそばに寄って来た。

 そして王子が小さな声で話しかけてきた。


「そこにおるのか、タカーシ? 再度余の背中に乗れ。その状態で自然同化魔法を使うんじゃ」


 ん? 背中に乗って自然同化魔法?

 そうだ! 俺の自然同化魔法のもう1つの効果! 俺が触った相手も気配を消せるんだっけ?


「うん。わかった」


 俺は王子の背中に乗り、首にしがみつく。

 すぐに王子がフォルカーさんに向けて叫んだ


「フォルカーよ! しばし時間を稼げ!」

「はっ!」


 フォルカーさんも、我々に何か作戦があることを察知し、即座に答える。

 激しい戦闘の中、それでも勇者に食らいつくフォルカーさん。つーか王子が抜けた分フォルカーさんが一方的に攻められ始めているけど、それでも相手の攻撃を防ぎ続けるフォルカーさんは見事だ。


 そして、こっちはこっちで作戦会議な。


「タカーシよ。わかるな?」

「うん。僕の自然同化魔法で気配消しつつ、王子の突撃で勇者を倒す。でしょ?」

「そうじゃ。しばし力をためるゆえ、突進の際は振りほどかれぬようしっかりつかまっておけよ」

「うん。わかった」


 そして数秒後、幾十を超す攻防をこなしていたフォルカーさんがついに地面に背中を突き、それに勇者が追い打ちをかけようと跳躍したところで待ちに待った時が来た。


「ひひーん!」


 またしても気の抜けた叫び声とともに、王子が神速の速さで突撃。


「ぐぉ! げはっ!」


 この王子の突進が見事勇者を串刺しにした。

 しかし勇者もさるもの。最後の最後、ほんの一瞬で自身の魔力の異変に気付き、王子の攻撃から逃れようと回避行動をとったようだ。

 その結果、王子の角は心臓の位置をやや外れ、勇者の右胸のあたりに突き刺さっている。


 その場所はおそらく肺。この世界の医療技術では高い致死率であるが、即死というほどではない。

 んでそれが問題だ。

 最後のひと突きに全魔力を注ぎ込んだ王子は、角に刺さったままの勇者の体を振りほどくこともできないぐらいに弱り果て、俺も自然同化魔法を維持するほどの魔力は残っていなかった。


 すなわち死ぬ直前に俺たちの存在に気付き、意識を失いそうになりながらも最後のひと振りを俺たちに向ける勇者。

 対する王子と俺は魔力尽きかけ。


 俺は慌てて剣を抜き、王子の首に沿うように剣を突き出す。

 ぎりぎり。ぎりぎりその剣を勇者の振りかざした剣と王子の首との間に剣を割り込ませることが出来た。


 でもさらなる試練。

 この野郎、いつまでたっても剣を振り下ろす力が弱まらねぇ! さっさと死ねよ!


「ぐぐぐっ」


 もうこっからは気合いだ。

 俺に残っていた魔力はほんのわずか。これを使っちゃうと、俺は自分の皮膚を太陽から守ることが出来なくなり、俺も死ぬ。

 でもこういう状況はそんなこと考えている場合じゃない。気合いだ。

 もちろん、勇者にぼこぼこにやられたフォルカーさんを頼るわけにもいかない。


「ぐぬぬっ……ぬぉおおぉお!」

「げほっ……くそ、諦めろ……このガキが……」


 ほんの数秒の争い。俺と勇者の生死をかけた根性対決。

 しかしながら勇者の命はいまだ絶えることがなく、10秒を過ぎたあたりから俺の腕が押され始めた。


「せめて……せめて魔王の子供の命だけは……もらっていくぞ……にん……人間の未来のために……げほっ」

「はぁはぁ……タカーシ? もうやめよ。余の負けじゃ」

「あきら……はぁはぁあきらめちゃダメ! 王子? 王子なんだから! 僕が守る! ぐおぉぉおおぉおおぉお!」


 しかし、どんなに叫んでも俺の腕に力は入らない。

 万事休す。



 かくなるうえは、俺の体を王子の盾にして……。



 ――と思ったら、勇者の肩越しによく知っている顔が現れた。



 よく知っている声も……



「待たせたな。タカーシ。よくやった。

 こちらも“敵”を“全て”排除した。ここからは“餌”を狩ろうか」



 ここでバレン将軍率いるヴァンパイア部隊が登場だ。

 なぜか知らないが、バレン将軍も他のヴァンパイアもボロボロの姿だけど、しかしながらその眼に宿るのは生き生きとした戦士の灯だ。


「バ……バレン将軍……」

「あぁ、よく頑張ったな。王子もご無事で何よりです」

「無事なことあるか……はぁはぁ……はやくこやつを始末しろ」

「ははっ。仰せのままに」


 そしてバレン将軍は勇者の体を背後から一閃する。

 それだけで勇者の胴体を切り裂き、次にバレン将軍の部下が周囲に散開、アルメさんやバーダー教官を追い詰めていた敵軍幹部を撃退した。


 加えて、ラハト将軍も――


「待たせたな。タカーシと吾輩は装飾品を愛する仲間。助けに来てやったぞ」


 いや、遅ぇって。

 でもいいや。みんな無事だからいいや。


「ふーう」


 俺が力尽きて倒れると、その周囲にいたフライブ君たちも倒れる。

 生首を6つほど抱えている気持ち悪い姿の妖精コンビも姿を見せ、全員仲良く倒れ込んだ。


「あはは! みんな生き残ったね!」

「う、うん。け、結構ギ……ギリギリだった」

「でも手柄はたんまり。出世間違いないですわ!」

「うぇへっへっへ。給金が楽しみです。ねぇ、タカーシ様?」


 みんないつものような子供の雰囲気。でも俺はそんな急に緊張感を解くことができん。


「太陽が熱い……」


「きゃ! タカーシが燃えていますわ!」

「ちょ、大変だ! ガルト君? その生首の血ぃ飲ませてあげて!」

「は、はい! でもこの頭に血が残っているかどうか……」

「ちょ、ちょっとでもい……いいから……飲ませ、て……あげないと……あっ、そ、そそ、そうだ! そこにゆ、勇者の体がぁ!」

「それですわ! ガルト!? そこの体の地をタカーシに!」


 このころには味方の第2陣、第3陣が一斉に動き出し、敵軍は崩壊し始める。

 俺は魔力の枯渇と強力な砂漠の太陽光のせいで危うく死にそうになっていたが、ガルト君が持ってきてくれた勇者の上半身から滴る血をなんとか補充し、しかしながら体の疲労でそのまま気を失ってしまった。


「まったく……何があったか知らんが、ヨール家の跡継ぎともあろう者が無理しおって」

「そういうてやるな。タカーシも頑張ったのじゃ。父上にもしっかり報告しておいてやるから、目が覚めてもタカーシを怒るでないぞ?」

「はっ、王子がそう仰せならば……」


 気を失う直前、俺の耳に入ってきた会話がこれだ。






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