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転生先でヴァンパイア始めました。
転生先でヴァンパイア始めました。
実は犬です。
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年12月24日
公開日
48.5万字
完結済
 せめて――転生するなら、せめて人間に生まれ変わりたかった。

 勇者じゃなくてもいい。王族とか貴族じゃなくても全然構わない。
 まさか魔族の国に住むヴァンパイアって。

 毎月人間の生き血を補充しないといけないし、街に出れば他の魔族が人間を食らうおぞましい光景も頻繁に目に入ってくるし。
 俺の価値観は東京に住んでいたサラリーマンのままだから、流石にきつすぎるわ。

 でも、俺が新たに生まれ変わった国は人間の多くが奴隷だから、そういう食文化も公然と存在しているんだ。
 と思ったら、隣の国では立場が逆になり、人間が支配者で魔族が奴隷らしい。

 どういうこっちゃ?

 もうさぁ……逃げろ逃げろ。
 人間は全部隣の国に逃げちゃえよ。あと、隣の国にいる魔族もこっち逃げて来いよ。
 それでなんとか解決できるんじゃねぇの?

 だけど問題はなかなか複雑らしい。
 隣国から我が国に渡り、自発的に奴隷になろうとする人間。その逆を行おうとする魔族。
 奴隷っていっても富豪の執事とかになって優雅な暮らしの恩恵を受けている奴とか、有力大臣の秘書になったりした奴もいるらしい。
 つまり、貧困から抜け出ようとするやつらが他国に渡り、一発逆転を狙えるのが『奴隷』だ。
 奴隷っていうか、一種の『職業』だな。

 挙句はヴァンパイアに血を吸われながらあの世に旅立ちたいという人間たち。
 俺の住む屋敷にもそういう人間たちが定期的に補充されているけど、本人たち曰く、そういう死に方をすると天国に行けるんだと……。
 宗教概念って怖ぇな。

 とはいえ、俺の体は人間の血を欲するヴァンパイアだから、月一で行われるこの儀式だけは決して避けられねぇんだよなぁ。

 うーん。ここは覚悟を決めるか……?

 でも、そんなことに悩んでいる間に、その隣国と戦争だとさ。

 ……って、俺も行くの?
 まだ生まれて数週間だし、体も小学生ぐらいまでしか成長してないのに、俺行くの?

プロローグ

突然だが、死にそうだ。


 今、東京都内のとある路地裏で不思議な雰囲気を匂わす集団に捕まっている。

 相手は5~6人。そのうちの1人が俺の首に噛みついているんだ。

 ただでさえ風邪を引いた影響で意識が朦朧としていたのに、首から多量の血を流しているから本当に意識を失いそうだ。


 いや、“血を流している”というよりは、“血を吸われている”といった方が正しいような気もする。

 この状況じゃどっちでもいいような気もするんだけど、この男、明らかに俺の首をちゅーちゅー吸ってやがるんだ。

 相手は俺と同じく20代後半ぐらいの男。

 男に首を吸われるなんて、屈辱以外のなにものでもねぇわ。



 でも必死に抵抗しても無駄だ。

 こいつの体ありとあらゆる部分が鉄のように硬くて、引っ掻いても殴っても――あと、髪を引っ張っても目潰ししようとしても、傷一つつけられない。

 皮膚や目の角膜までめちゃくちゃ硬いんだわ。

 筋肉隆々な体のことを“鋼の肉体”と表現することがあるけれど、こいつの場合全身くまなく鋼って感じだ。


 さっきまで俺の体を片腕だけで持ち上げていたし、薄暗い路地裏なのに瞳がかすかに赤く光ってるし。

 加えて噛みつかれる瞬間にちらりと見えたけど、犬のような立派な牙が口に生えていた。



 これさ……ヴァンパイアじゃね……?



 うーん。

 これ、どうすればいいんだろうな。

 事件というか事故というか。

 どう表現すればいいのかわからないけど、とんでもない事態が起きていることは確かだ。


 しかもこんな事態に巻き込まれたのは俺1人じゃない。

 俺はほんの十数分前まで東京の表参道を歩いていたんだけど、あっちではもっと凄惨な光景が広がっていた。

 俺曰くこの道は“東京で1番おしゃれな街”で、季節柄クリスマスの彩りが街を飾り、歩道を行き交う人々もみんな幸せそうな笑顔を浮かべていた。この時期ともなればこれみよがしにいちゃついている男女がほとんどだから、なおさら幸せそうだった。


 全員、別れればいいのにな……。


 ――じゃなくて。

 そんな幸せが満ちたお洒落な街に、あの怪物どもは襲いかかってきたんだ。


 冬の夕方5時過ぎ。日も暮れて街のイルミネーションが本格的に輝き始めた時間帯。

 にもかかわわず、街が突然日中のように明るくなった。

 俺自身今日は風邪気味で具合が悪く、風邪薬のせいで足取りもふらふらしていたから、最初はその光を新手のイルミネーションと間違った。

 上司に頼んで仕事を早くあがらせてもらったぐらい体調悪かったから、正常な判断など出来なかったんだ。


 んで俺は空中に突如現れた光の球をぼーっと眺めていた。

 正確にはわからないけど、距離はここから200~300メートルぐらい離れた所。高さは地上から100メートルぐらい。

 そんな光の球が徐々に大きくなり始め、打ち上げ花火ぐらいの大きさになったところで、中から様々な化け物が姿を現したんだ。


 ドラゴンとか、なんか棍棒みたいなのを持ったでかい怪物とか。

 あと今俺に噛みついているヴァンパイアとか、あとドラゴンとか。

 他にもドラゴンとか、爬虫類みたいな生き物とか……。


 いや……ドラゴン多いな。

 まぁいいか。俺そういうファンタジーな生き物に詳しくないからさ。

 とにかくそういう色んな種類の化け物が光の中から出てきたんだ。


 それで、そういうことが起きると道行く人々の反応ってあれだな。

 映画とかアニメで見たことのあるようなベッタベタの集団行動を順番にしっかりこなすもんなんだな。


 まず通行人のほぼ全員が光の球をスマートフォンなどで撮影し始める。

 光の球から化け物が現われて、それでもはしゃぎながら撮影を続ける。

 次に道路に着地したドラゴンのような怪物に1人目が喰われた瞬間、近くにいた人間が悲鳴を上げる。

 そんでその悲鳴が伝言ゲームのように広がり、最後に全員が逃げ始める。


 ふむふむ、と。


 判断力が鈍っていた俺は人々のこの模範的なパニック具合になぜか満足してしまったんだけど、ここで俺の身にちょっとした奇跡が起きた。

 表参道を逃げる人々の群れ。

 これさ――化け物に見つかりやすい大きな通りを直進するなんて、いいカモになるんじゃね……? と。

 あえて脇道に潜めば助かるんじゃね……? と。


 正常な判断力があれば目の前の状況を受け入れられずに、逆にパニックになるだろう。

 でもあの時の俺は意識朦朧としていたから、冷静な判断を出来たんだと思う。

 まぁ、結局それでも細い路地裏に逃げ込んだところを捕まってしまい、こうやって殺されそうになっているんだけどさ。

 少なくとも見上げるような怪物に噛みつかれ、体が真っ二つになりながら死ぬよりはましだと思う。


 俺もこんな状況だけど、あっちじゃさらに悲惨な殺戮が今も続いているはず。

 あの光景、まさに“人類滅亡の序章”って感じだった。

 俺はもうすぐ死ぬだろうから人類の行く末は見れそうにないけど、この街にはそういう事態が起きている。


 そんで、そんな事態に巻き込まれた俺も今現在絶賛絶命中だ。


「うぅ……ぐっ……」


 血を吸われ、風邪で熱を帯びていた体が徐々に冷たくなっていく。

 視界も暗くなり、意識も徐々に薄れていると、俺に噛みついている奴とは別のヴァンパイアが声を出した。


「●△■▼○●。△■▼○……?」


 言葉はわからないけど、多分「Aさん。美味しいか?」みたいな意味だと思う。

 もちろん“Aさん”は俺に噛みついているやつな。

 そして俺に噛みついている“Aさん”が、噛みつきながらわずかに首を縦に振った。


 そうだろうそうだろう。

 こちとら生き血を捧げてやってるんだ。

 今の俺、風邪引いてる最中だし、風邪薬も飲んでいるから血中には風邪薬の成分とか風邪のウィルスとかもたんまり含まれているはず。

 だけどせいぜい美味しく召し上がれ。

 これでどぶ川の水を飲んだ時みたいな反応されたら、こっちも浮かばれねぇからな。


 唯一こいつが首を縦に振った時に俺の首の痛みが増したので、お食事中はぜひとも大人しく吸ってほしい。

 それだけ相手に伝えたいけど、こんなこと考えている時点で俺やっぱり風邪でおかしくなっているんだろうな。

 でもそろそろ本当に意識を失いそうだ。

 さっき抵抗した時にこいつの持っていた首飾りが俺の手に引っかかっているけど、これは貰っておこう。

 緑の小さな宝石がはめ込まれたちょっと高そうな首飾り。

 三途の川の渡し賃代わりだ。

 こっちは命を捧げているんだから、これぐらいは貰ってもいいはずだ。



 ところが次の瞬間“Aさん”が突如俺の体を引き離し、近くの建物の壁に投げつけた。


「ぐっ」


 おい、投げつけんなや!

 最後になってそれか!?

 そんな扱いするか、普通……?


 と思っていたら、その“Aさん”がげーげーと吐き始めた。

 どしたどした?

 俺の血、まずかったか? お体に合わなかったのか?


 ……


 ……


 うーん。

 俺の血に入っていたであろう風邪薬。または風邪のウィルスとか……?

 もしかしてマジでヴァンパイアの体には悪かったのか?

 それならそうともっと早く気付けよな。

 俺の血がダメだと分かった時点で、見逃してもらえたかもしれないだろ。


 でも……俺の体、もうほとんど血ぃ残ってないから、どの道ダメだ。



「……」



 最後、右手に握っていた首飾りの宝石から暖かい感触を感じつつ、俺は死んだ。



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