「野郎ども! 今日こそこいつを討ち取るぞ!」
《おおおおおおおおおお!!》
船長の叫びに乗組員たちも雄叫びをあげる。
そうだ、今は船長とクラーケンの因縁を考えている場合じゃない。
この場を何とかしなければ、歴代の俺様の船の様になってしまう。
微力ながら助太刀をしよう。
俺は鞘から剣を抜き構えた。
後、海に落ちないように気を付けないよな……この体だと、浮かぶ事も出来ず只々沈んでしまうだけだ。
あっ待てよ。もしそうなったら、海底を歩いていける行けばいいだけか。
そんな事を考えていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ! アイリスさん!」
『へっ?』
振り返ってみると、そこにはソフィーナさんの姿があった。
彼女もこの船に乗っていたのか。
しっかし、この人とはやたらと出会うな……まるで追いかけられているかのようだ。
「――っ! 危ない!」
『っ!』
ソフィーナさんの言葉に後ろへ飛び退く。
直後、俺のいた場所へ触手が叩きつけられた。
危なかった……ソフィーナさんが叫んでくれなかったら俺はバラバラになっていたかもしれん。
「大丈夫ですか!」
『大丈夫! ありがとう!』
「……アイリスさん?」
ああ、そうだった。
今は中身がいないから声を出すだけ無駄だ。
仕方なく、俺は片手を上げて大丈夫だよとアピールをした。
「……?」
そんな俺の行動にソフィーナさんが不審がっている様子。
だよなーそうなっちゃうよなー。
どうしよう……部屋に戻ってラティアを回収してくるか?
いや、今部屋に戻る方が明らかに不自然か。
何とかして誤魔化しを――。
『っ! 危ない!』
ソフィーナさんの背後から触手が現れ、彼女に襲い掛かろうとして来た。
俺はソフィーナさんを押しのけ剣で触手を斬りつけた。
ダメージを与えられたのか、触手は海の中へと逃げて行く。
触手を引いたとはいえクラーケンからすれば指先を切った程度、すぐに触手が這い上がって来るのは時間の問題だろう。
押しのけた時に体勢を崩して転んでしまったソフィーナさんに右手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます」
ソフィーナさんはその手を取り起き上がる。
「……んん?」
そして何か違和感を感じたのか、にぎにぎと俺の右手を何回も握り出した。
やばいやばいやばい! 中身が空洞なのがバレちゃう!
「――っ! 船長!! 船首です!! 船首にクラーケンの頭が見えます!!」
マストの上の見張り台にいた乗組員が叫んだ。
その声を聴いた瞬間、ソフィーナさんは俺から手を離して船首の方へ目線を向けた。
船首を見ると、クラーケンの丸い頭が見えていた。
「なんだと! ……あの野郎、自分から顔を出すとは……」
これはまたとないチャンスだ。
船底に張り付かれているとどうしようもなかったが、海から顔を出しているのなら話は別。
ソフィーナさんも同じ事を考えていた様でメイスを握りしめ戦闘態勢に入った。
「舐めやって……いいだろう!! その喧嘩、買っ――」
「ここは私達に任せて下さい!」
俺とソフィーナさんは船首へ向かって走り出した。
「え? あっ! ちょっと!? そいつの相手は俺様が……」
ソフィーナさんの足が速い、しかも軽やかだ。
鎧の体じゃなかったとしてもついて行くのがやっとだろう。
「――っ!」
クラーケンが走って来る俺達に気が付いた。
2本の触手を先に走っていたソフィーナさんに向けて振り下ろす。
ソフィーナさんは後ろでも左右に避けるでもなく、前へと踏み込んで回避をした。
俺はそんな攻めた行動にも驚かず、触手にソフィーナさんの背後を取られない様に立ち回った。
ソフィーナさんも俺の動きを瞬時に理解してくれたようで、触手を避けたりメイスで殴り飛ばしてクラーケンへと突撃していく。
軽やかに戦う姿はまるで踊っているかのように見えた。
……まるでレインと一緒に戦っている様だ。
船首にたどり着いたソフィーナさんはクラーケンの右側に向かって跳躍した。
それを見た俺は左側に跳躍する。
クラーケンは左右に別れた俺達に一瞬動揺したのか動きが固まる。
その隙を見逃さない。
俺はクラーケンの左目に剣を突き立て、ソフィーナさんは右目にメイスを叩きこんだ。
「――っ!!」
流石のクラーケンも両目を同時に攻撃されてはたまったものじゃない。
痛みから、その場で暴れ狂い出した。
俺とソフィーナさんは巻き込まれない様にクラーケンから距離を取った。
今の俺達の装備ではクラーケンを倒すことは出来ない。
だから、このまま海へ逃げかえってく……。
「よおおおおおおおおおおおおし! 後は俺様に任せろ!! 止めを刺してくれるわあああああああ!」
船長が銛を両手に持ち、叫びながら暴れ狂うクラーケンへと突進していった。
『はあ!? この状況で突っ込むなよ!!』
俺は慌てて船長の後を追った……次の瞬間。
「――うぼあっ!」
案の定、船長は触手の1本に叩かれて俺の目の前にすっ飛んで来た。
うまく船長を受け止められたものの勢いは止めることは出来ず、一緒に転がりマストにぶつかった。
「船長!! お客さん! 大丈夫ですかい!?」
副船長や乗組員たちが駆け寄って来る。
良かった、見たところ船長に大きな怪我は無く気絶をしているだけみたいだな。
船長を乗組員達に任せ船首の方を見ると、クラーケンはまだ暴れていてソフィーナさんもメイスを構えてクラーケンから目を離さずにいる。
……これはラティアを中に入れてくるチャンスなのでは?
戦闘が終わると会話しないといけない流れに絶対になるから、その方が良いよな。
「え? お客さん?」
俺は気絶した船長を副船長に押し付け、すぐさま部屋へと戻った。
『ラティア!』
「…………」
「…………」
部屋に戻るとさらにひどい状況になっていた。
クラーケンとの戦闘で船がますます揺れたせいだろう、ラティアとエイラはベッドではなく床の上に倒れていた。
『すまない! 今は時間が無いんだ!』
俺は急いで自分の体を分解し、ぐったりしているラティアへ装着していった。
そして、全部つけ終わった後に甲板に出た。
そこにはもうクラーケンの姿は無く、乗組員達が後片付けをしている。
どうやらクラーケンはあのまま海へと逃げて行ったようだな……よかった。
「あっアイリスさん!」
俺達の姿を見つけたソフィーナさんが近づいて来た。
「どこに来いっていたんですか、急に姿が見えな……」
急にソフィーナさんの言葉が止まり、俺のある部分を凝視している。
察した俺はある部分……つまり、頭を撫でてみた。
『……』
レインに殴られて凹んだ部分。
サソリに殴られて凹んだ部分。
そして……。
『…………なんで、またここなんだよ!!』
恐らく船長を受け止めてマストにぶつかった時だろう。
三度、同じところが凹んでいるのであった。