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アースの書~病気・3~

 あーどうしたものか。

 頭でも動ける様に出来ないのかな。

 例えば頭に手足を付けるとか…………それじゃあ完全にモンスターじゃないか。


 ――キィ


 店の扉が開く音がした。

 もしかして、エイラが戻ってきたか。


「ふぅ……疲れた」


 なんだ、入ってきたのはこの店の店員か。


「婆ちゃんが店番をしてくれていたのか」


 店員はカウンターの後ろへと歩いて行った。


「婆ちゃん、婆ちゃん」


「んがっ…………おお、戻って来たか」


「店番ありがとうな」


「これくらい構わんよ。それで、倒れたお嬢ちゃんはどうじゃった?」


「サソリノミに刺されたらしい。今は薬が効いて眠っているよ」


「なるほど、そうじゃったのか……わたしも刺されると同じ様になってしまうから、気を付けないといけないね」


「そうだ、ソフィーナさんから婆ちゃんへ言付けを頼まれていたんだった。今日はこのまま付き添いをするから、明日家に戻るってさ」


「そうか、わかった」


 なんか盗み聞きしているようで嫌だな。

 かといってこの場から移動も出来なければ耳も塞げないし、どうしようもないけど。


「ん? そこにあるアーメットって……」


「あの倒れたお嬢ちゃんのじゃ。床に落ちていたから拾っておいた」


「そっか。仕方ない、明日にでも時間が空いたら病院に持って行くか」


 おお、それはありがたい!

 直接お礼を言えないのが実に歯がゆい。


「そうしてやってくれ。おっと、そうじゃった……この結晶を加工してほしいんじゃ」


「これって……婆ちゃん、また水晶を割っちゃったのかよ」


「またとはなんじゃ。まだ3回目じゃぞ?」


 まだって、3回は十分多いと思う。

 このお婆さんはそそっかしい人なのかな。


「はいはい……出来たら婆ちゃんの家に持って行けばいいのか?」


「ああ、それで頼む。じゃあ後はよろしくな」


 黒いお婆さんが店から出て行った。

 外も暗いから一瞬で姿が消えたな。

 なんか、闇夜に紛れて襲ってきた漆黒の騎士を思い出したわ。


「まったく、こいつの加工は大変なんだがな……まぁこれが仕事だから仕方ないけど……」


 背後でなんかボヤいているよ。

 なんと言うか、ご苦労様です……。




 ◇◆アース歴9年 7月9日◇◆


 翌日、店員は朝の作業を終えると俺の頭を持って病院まで来た。

 病院内へ入ると迷うことなく1つの個室の前まで行き、ノックをして返事があったので中へと入った。


「こんにちは、アイリスさん」


 個室へ入ると、そこにはベッドの上で横になっているラティアの姿があった。

 ソフィーナさんは席を外しているのか姿は無く、俺の体は床に置かれていた。


「あ……コンニ~チハ。昨日ハアリガトウゴザイマ~ス、色々ト手続キヲシテイタダイ~テ」


 ラティアはまだ熱がある感じはしているけど、昨日みたいに顔が真っ赤じゃないな。

 大丈夫だと聞いてはいても、やっぱり直接見た方が安心する。


「いえいえ、気にしないで下さい。あれ? ソフィーナさんは?」


「私ノ具合ガ落チ着イ~タノデ、ソフィーナサンノ荷物ト私ノ荷物ヲ取リニ行ッテマ~ス」


 それで姿が見えなかったのか。


「そうか。はい、君のアーメットを持って来たよ」


「あッ! アリガトウゴザイス!!」


 俺を見たとたんラティアが上半身を起こした。

 おいおい、ちゃんと寝ていないと駄目だろう。


「そんなに動くと体に障るよ。えーと……じゃあここに置いておきますね」


 床に横たわっている俺の体に頭を乗せてくれた。

 現状で自分の体を動かせるかやってみるか。

 死角になっている左手の指を少し動かしてみて……よし、動かせた。

 これならいざという時に行動が出来るな。


「これでよし。それじゃあ、俺は店があるから戻るね。お大事に」


「ア、ハイ。本当ニアリガトウゴザイマス」


 店員が個室から出て行った。

 本当に何から何までありがとうございます。


「…………すみませン」


 店員がいなくなると同時に泣きそうな声でラティアが謝って来た。

 別に謝る事なんて1つも無いのに。


『ラティアが謝る事じゃないだろ』


「そうそう~悪いのはノミなんだからさ、ラティは気にしないの」


「でモ、せっかくオリバー様の情報を掴んだのニ……予定が遅れて本当にすみませン……」


 うーん、これは精神的にも相当弱っちゃっているな。


『オリバーに合う前に俺の頭を修理したいと思っていたから、どの道出発が遅れる事になった。だから、ラティアが気に病む必要なんて全くない。今はラティアは病気を治して体を休めて、俺はその間に頭を直す事にしよう』


「……はイ。わかりましタ」


 本当にわかってくれたのだろうか。


「アイリスさん、話し声が聞こえたけど誰か来て……あれ、誰もいない」


 重そうな荷物を両手に持ったソフィーナさんが個室に入って来た。

 ラティアを運んだ時も思ったけど、この人って力あるなー。


「エッ……ソッソレハオカシイデスネー。アッモシカシタラ寝言ヲ言ッテシマッテイタノカモシレマセーン」


 そういえばこの口調、そして偽名のアイリス。

 その辺りはちゃんと使い分けてくれていたんだな。

 どうやら心配のし過ぎだったようだ。


「寝言って……アイリスさんは思いっきり起きているじゃない……また熱が上がったんじゃないですか? ほら、ちゃんと横にならないと駄目ですよ」


 ソフィーナさんは荷物を下ろして、ラティアの体を支えるながら横へと向け掛け布団をかぶせた。


「スミマセーン」


 んー俺がいたらラティアは色々と気を張ってゆっくりと休めない気がするな。

 だったらここは……。


『ラティア、ソフィーナさんに頼み事をしてほしいんだが』



「え~と……鍛冶屋、鍛冶屋……」


 ソフィーナさんは俺の頭を脇に抱え、鍛冶屋を探していた。

 頼み事は俺の頭を修理に出す事。

 その間、ラティアもゆっくりと出来るだろう。

 まぁ1日で終わってしまうとあんまり意味が無いんだが……。


「それにしても見事な凹みね。一体どんな奴に叩かれたのかしら?」


 メイスを振り回す聖職者と人型になったサソリです。

 しかも、どちらも一撃で凹まされました。


「お、ここでいっか。――こんにちは~」


 ソフィーナさんが年季の入った鍛冶屋の中に入った。


「……らっしゃい」


 中に居た職人も年季が入った感じの親父が1人で作業していた。

 風貌的に頑固職人って感じがするな。


「あの、このアーメットの凹みを直してほしいのですが出来ますか?」


「……どれ、見せてみな」


 俺の頭が職人に手渡され、職人はクルクルと回し全体を見始めた。

 やめて……そんなに回さないで……気持ち悪く……うぷっ……。


「……凹み……汚れ……錆……かなり使い込んでいるな」


 手を止めた職人が俺の頭の状態を話し出した。

 え、俺ってそんなにひどいの?


「……こんな状態だと防具として役に立たん。新しくした方がいいぞ」


 それはごもっとも、でも無理なんです。

 この頭が俺という存在なんです。

 だからソフィーナさん、そうしますとか言わないでくれよ。


「あ~それは知人からの修理で頼まれた物なんですよ。だから、修理の方でお願いしたいんですが……」


「……わかった。それならその依頼を引き受けよう」


 ふぅー良かった。

 何とか修理の方向になった。


「ありがとうございます! あの、修理が終わるまでどれくらいですか?」


「……5日後だな」


『5日後!?』


 5日も動けない状態でいろってか!?

 1日で終わるのも困るが5日も困る!

 ラティアの為とは思ったが、それはそれで辛すぎるぞ!


「5日後か……」


 ソフィーナさんが考えている。


「……他にも依頼があるから順番だ。それが嫌なら別の所へ頼むんだな」


 なら、別の店に行きましょう。

 俺的に2~3日で終わるようなところが理想です。


「いえ、わかりました。それで大丈夫です」


『全然大丈夫じゃないよ!! 問題大ありだ!!』


「……わかった。5日後にまた来な」


「はい、よろしくお願いしますね」


 軽く頭を下げソフィーナさんが鍛冶屋から出て行ってしまった。


『待ってくれ! お願いだ! 俺を置いて行かないでくれ! おおおおおおおおおおおい!!』


 俺の叫び声が聞こえないのはわかっている。

 わかってはいるが、俺は叫びざるを得なかった。

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