……。
この状況が理解できない。
どうしてレインがここに居るんだ?
オーウェンに呼ばれて帰ったんじゃないのか?
駄目だ、頭が混乱してきた。
「ん?」
レインが机の上に寝ているラティアに気が付いた。
……あ、これってすごくまずいパターンになるんじゃ……。
「デュラハン! ラティアちゃんを儀式の生贄にしようとしているわね! そんな事はさせないわよ!!」
だよなー!
やっぱ、そうなっちゃうよな!
『違う! 俺はそんな事を……って、言っても通じないんだ! あーもー! こんなの不便で仕方ない!』
紙とペンで文字を書いても読んでくれないだろうな。
……いや、その前に書いている時に攻撃されるのがオチだ。
レインの奴は完全に戦闘態勢だし。
「ねぇ~? あの小娘って帰ったんじゃなかったの?」
エイラが首をかしげている。
そうなんだよ、そのはずだったんだよ……。
「こっ小娘ですって!?」
エイラの小娘発言にレインが怒っている。
それはそうだ、見た目で言えばエイラは少女だものな。
でも、年齢的に言えばレインの十倍はいっているんだよな……。
「レイン、落ち着いて! 深呼吸だよ、深呼吸!」
ジョシュアがレインを落ち着かせるように声を掛けている。
あいつも一緒にいたのか。
「そっそうね……す~は~す~は~……」
レインが深呼吸をしている。
その間に逃げたいが……部屋の入り口にはジョシュアが居るから出れない。
どうしたものか。
「す~は~す~は~……よしっ!」
深呼吸を終えたレインが鋭い目で俺を睨みつけた。
――来る!
「はあああああああああああああああああ!!」
レインが雄叫びをあげ、俺に向かって走って来た。
仲間と戦う事はしたくない……したくはないが、この状況だとそれは避けられない。
覚悟を決めるしかない!
「――っ危ない!!」
そう思い、剣でレインの攻撃を受けようとした瞬間、ジョシュアが大きな声をあげて叫んだ。
「『えっ?』」
その言葉に俺は一瞬動きを止めた。
と同時に、上から俺とレインの間に何かが落ちて来た。
「シャーーーーーー!」
こいつは人型サソリ!
しまった、今の騒ぎで気付かれてしまったか。
「シャアアアアアアアアアアアアア!!」
人型サソリは大きな叫び声をあげ、両手のハサミで床を殴った。
すると床にヒビが入り、レインの立っている場所が崩れ落ちてしまった。
「えっ――! きゃああああああああああああああああああ!」
レインが崩れ落ちた床の下へと落ちていってしまった。
恐らく人型サソリが急に出てきたせいで、反応が鈍ってしまっていたのだろう。
『レイン! くそっ!』
レインの安否が気になるが、こっちの床もいつ崩れ落ちるかわからない。
だとすると下手に動けない。
「レイン!!」
ジョシュアがレインが落ちて行った穴へ飛び込んだ。
ならレインの事は任せて、俺は人型サソリの方を何とかしよう。
となると人型サソリの注意を引きつつ、この部屋から脱出する事だな。
落ちてしまった2人を追いかけられても困るし、これ以上ここに居るのも危ない。
『エイラ、合図をしたらラティアを連れて部屋から――』
「せいっ!」
背後からバゴーンという盛大な音が鳴ると同時に、部屋の中が一気に明るくなった。
何が起こったのかと慌てて後ろを振りかえると、部屋の壁には大きな穴が空いていてそこから外の砂漠が見えていた。
状況的にエイラが物理か魔法で空けたっぽい。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
『――!』
悲鳴が聞こえ前を向くと、人型サソリが苦しみ出して藻掻いている。
いきなりどうしたんだ?
よく見ると、人型サソリの体の一部がサラサラと砂の様に崩れてきている。
……そうか! こいつは日の光に弱いんだ!
だからこの施設の窓を全て塞いだのか。
「グギギイイイイイイイ!」
人型サソリが俺達に背を向け、部屋の入口へと走り出そうとした。
こいつ、日の当たらない施設の奥に逃げようとしているな。
そんな事はさせるか!
『エイラ! なんでもいいから、あのサソリの動きを止めるんだ!』
「え? りょっ了解!
人型サソリが竜巻に包まれた。
あれはレインの動きを封じた魔法だな。
これならもはや逃げられまい。
「ギッ!? ギギッ!!」
しかし人型サソリも必死な為か、竜巻の中を突っ切って逃げようとしている。
崩れかけたもろい体を強い風に押し付ける行為……それはすなわち……。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
……体の崩壊を早めるだけだ。
人型サソリが風の中に右腕のハサミを入れた瞬間、右腕のハサミは粉々に吹き飛んだ。
もはやなすすべ無しと悟ったのか、人型サソリはその場から動かなくなってしまった。
『……すまないな。エイラ、止めを……』
恨みはないが、この狂暴なモンスターを見過ごすことは出来ない。
「うん、わかった」
竜巻の範囲が狭くなり、瞬く間に人型サソリは砂塵と化した。
そして人型サソリが居たところに、こぶし大の魔石が1つ転がった。
どうやら、あの魔石が人型サソリの核だったらしい。
「……倒したの?」
『ああ……』
竜巻が収まり、先ほどの騒ぎが嘘のように今は静かに……。
「デュラハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!! よくもやってくれたわねぇ!!」
……ならなかった。
床に空いた穴からレインの叫び声が聞こえる。
この感じだと怪我とかの心配はしなくてもよさそうだな。
というか、よくもやってくれたって……落ちたのは俺のせいって事か?
おいおい、濡れ衣もいいところじゃねぇか。
とはいえ説明なんてしても現状は無駄……なら、さっさとここから逃げるとしよう。
じゃないとまた追いかけて来るだけだ。
『エイラ、そこの穴から逃げるぞ。あと、悪いがラティアを背負ってほしい。俺が背負うとラティアがこんがりと焼かれてしまうからな……』
「いいよ~よいしょっと」
エイラがラティアを背負い、壁の穴から外に出た。
『それにしても、よくあいつの弱点が日の光だと気付いたな』
どうせならもっと早く気付いてほしかったが、まぁ結果よければ全てよしってな。
「え、あいつの弱点って日の光だったの?」
何を言っているんだ、こいつは。
『弱点だと気付いて壁に穴を空けたんだろ?』
「違うよ。部屋の入り口が1つしかないから、壁に穴を空けてそこから逃げようと思ったの。そしたら、外だったってわけ」
『……マジかよ』
狙ったわけじゃなくて偶然だったとは。
というか、今更だが最初から壁に穴を空けて外に逃げる方法もあったし、通路で戦うにしてもエイラが居るんだから余裕で人型サソリを倒せたよな。
俺って案外馬鹿なのかもしれない。
「で、これからどうするの? 町に帰るの?」
おっと、しょげている場合じゃないな。
『いや、マレスには戻らず山の町【ヴァルガ】へと向かう』
さっき見たベリオーブの資料。
そこには鉱石の加工技術として山の町【ヴァルガ】の名前があった。
無論、資料に書かれていただけだから、オリバーの情報があるかどうかなんてわからない。
でも……何故か俺はヴァルガに対して妙に引っかかったのだった。