目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
レインの書~巡り合い・1~

「ソフィーナ!」


 ん? 教会の方からアタシの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 後ろを振りかえると、教会の入り口付近に誰か立っている。


「ちょっと話があるんだけど」


 蝋燭を持っていないから月明かりでしかわからないけど、あの動作的に手招きをしている感じね。

 まぁアタシの偽名で呼んでいるし、声からしてもジョシュアだと思うんだけど……何であんなドスのきいた声を出しているんだろう。

 よくわからないけど、これは戻った方が良さそうね。


「すみません。仲間が呼んでいるので、ここで失礼しますね」


 アタシは蝋燭を持ってその場から立ち上がった。


「では、お休みなさいませ」


 アタシはプレートアーマーを着た旅人? に挨拶と軽く会釈をして、ジョシュアの元へと向かった。

 それにしても、ジョシュアってあんな声を出せたのね。

 長い付き合いだけど初めて聞いたわ。


「どうしたの? ジョン」


 ジョシュアの近くに行くと、なにやら頬を膨らませている。

 その顔を見ると昨日、ポイズンフロッグに毒霧をぶっかけられた時の事を思い出すからやめてほしい。

 はあ……まさか、あんな目に合うとは思いもしなかったな……。




 ◇◆アース歴9年 6月13日◇◆


 盗賊退治も無事に終わり、アタシ達は森林をぬけずっと歩いた。

 途中で馬車が通れば、それに乗せてもらおうと思っていたけど……甘かった。

 馬車なんて全然通らないから、歩き続けるしかない。


「はあ~……」


 ファルベイン討伐の旅も基本は歩いていたけど、あの時はファルベインの元へ! と討伐に意気込んでいたからそこまで苦痛じゃなかった。

 無論、デュラハン退治にも気合は入れている……入れてはいるんだけど、今まで馬車を使って楽をし過ぎた。

 やっぱり、人間楽な方に慣れちゃうと駄目ね。

 こういう時に心底実感するわ。

 そう思いダラダラと足元を見づに歩いていると……。


「――きゃっ!」


 アタシは何か柔らかくてヌルっとした物を踏んづけて、盛大に滑って後ろに転んでしまった。


「つあ~……」


 打ったお尻が非常に痛い。

 とっさの事で受け身も取れなかったわ。


「レイン! 大丈夫!?」


 後ろを歩いていたジョシュアが駆け寄って来る。

 どうせならもっと近くに居て、アタシを受け止めてほしかった。

 いや、先行して歩いていたアタシが悪いか。

 にしても……。


「もう、何なのよ!」


 アタシは踏んづけた物を睨みつけた。

 全身紫色で大人の拳くらいの大きな物と目が合う……これはカエルだった。

 どうやらアタシはこのカエルを踏んづけて転んでしまったらしい。

 何でこんなとこにカエルが居るのよ、まったく。

 ……にしても、この全身紫色のカエルってどこかで見た事がある気がする。


「どうしたの、どこか怪我でも……ん? そいつは! レイン! 逃げ――」


 目と目が合っていた全身紫色のカエルがプクっと喉を膨らませた。

 …………そうだ! こいつはポイズンフロッグだ!

 だとすると、この状況はまずい!!


「――っ!」


 立ち上がろうとした瞬間、アタシの顔に向かってポイズンフロッグの口から霧状の物が吐き出だされた。

 これはポイズンフロッグの体内で作り出される毒だ。


「わぶっ! ――げほっ! げほっ!」


 とっさに顔の前に右手を出して直撃を防いだけど、霧状だから一部を吸い込んでしまった。

 その瞬間、喉に激痛が走った。


「げほっ! げほっ! ぜぇ~ぜぇ~! げほっ! げほっ!」


 咳が止まらない。

 息もしにくい。

 やばい、これは非常にやばい。


「レイン! っ早くこの水でうがいを!」


 ジョシュアが持っていた水筒をアタシに渡してくれた。

 アタシは急いで水筒の水を口の中に流し込んだ。


「んぐっ――ガラガラッペッ――んぐっ――ガラガラッペッ……ぜぇ~ぜぇ~……げほっ! げほっ!」


 駄目だ、ちょっとマシにはなったけど喉の激痛も咳も止まらない。


「呼吸が荒い、これはまずいな……ポイズンフロッグの毒に効く薬なんて持ってない。だからと言って、アルガムに戻ろうにもこんな道端で置いていけないし、野営をするにも今からだと時間が……あっいい所に小屋がある! レイン、ちゃんとしがみついてね! よっと!」


 ジョシュアがアタシを背負い、道端から少し離れた小屋に駆け出した。




 近くまで行くとその小屋はボロボロで、お世辞にも綺麗とは言えない状態だった。

 ジョシュアが扉を開け中を覗くと、小屋の中には農具や何かが入った袋といった物が置いてあった。

 だからこんなにも荒れていたのか。


「……ここは農家さんの物置小屋だったのか。まぁ道端よりはいい、ちょっと間借りさせてもらおう。レイン、降ろすね」


 ジョシュアはマントを床に敷き、その上にアタシを降ろした。


「げほっ! げほっ! ぜぇ~はぁ~ぜぇ~はぁ~」


 話には聞いた事があるけど、まさかポイズンフロッグの毒がこれほど辛いとは。

 もし右手で顔を守らなかったらもっとやばい状況になっていたかもしれない。


「……レイン、ボクは急いで薬を買いにアルガムまで戻るよ。その間、効くかどうかわからないけどこの喉飴を舐めてて。じゃあ行ってくる!」


 そう言ってジョシュアは自分の作った特製喉飴を置いて小屋から出て行った。

 迷惑かけてごめんね……ジョシュア。



 小屋の窓から赤い日が入って来ている。

 日が落ちて来たんだ。


「げほっ! げほっ!」


 相変わらず喉の痛みと咳が出るが、喉飴が効いているのか大分ましにはなった。

 夜までにはジョシュア戻って来てくれるかな。

 うう……心細いよ。


「げほっ! げほっ! ……?」


 馬車のような音が小屋に近づいて来た。

 そして、小屋の前でピタリと音が止まる。


「……」


 アタシは必死に口を押え咳の音が外に漏れないようにした。

 何とも言えない恐怖を感じている中、小屋の扉が開き……。


「レ……じゃなくて、ソフィーナ! 大丈夫だった!?」


 ジョシュアが小屋に中へ飛び込んで来た。


「ブホオッ! ゲホゲホッ!」


 驚きと安心が同時に襲い掛かって来て、変な空気が口から洩れてしまった。

 もう~入る前に声を掛けてほしかった!


「無理してしゃべらなくていいから! さっこれを飲んで」


 ジョシュアが右手に持っていた、折られた紙を開けた。

 その紙の中には虹色の粉が入っていた。

 ……これって薬だよね? 変な奴じゃないよね?


「そんな疑いの目で見なくても大丈夫だよ。ちゃんとした薬だから! ほら早く」


 ……そうよね。

 せっかくジョシュアが買ってきてくれたんだから信じないと。

 アタシは虹色の粉を口の中に入れ、水で流し込んだ。


「戻る途中で薬を取り扱っている行商人に出会ったんだよ。で薬を売ってくれた上に、馬車でここまで送ってくれたんだ」


 そうなんだ。

 だとすれば、その行商人にお礼を言わなくちゃね。


「おお、その方が毒を吸い込んでしまった人デースか。安心してクーダさい、その薬は即効性がありよく効きマース! すぐに治りマースよ!」


 小屋の中に変な口調の小太りの男が入って来た。

 その男は黒い服に黒いターバンを巻き、ツリ目で口髭は油か蝋で固めてあるのか、左右が上へ跳ねあがっている。


「薬も飲んだし、これで安心だね」


「……」


 本当に安心なの? アタシが飲んだ物は本当の本当に毒に効く薬なのよね!?

 そんな疑問を口に出す前に薬? の効果からなのか、アタシは強烈な睡魔に襲われ……そこで意識が途絶えたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?