日もすっかり落ちて辺りは真っ暗。
アルガムといった町とは違い、夜になるとすごい静かだ。
「ス~ス~……」
「スピ~……スピ~……」
聞こえるのはベッドの上で寝ているラティアとエイラの寝息と虫の鳴き声位。
疲れていたのか2人は夜になるとすぐに寝てしまった。
そんな2人に対して、俺は窓際で椅子に座り教会の外をぼーっと見ている。
この体は睡眠を必要としないからか全く眠くない。
だから夜はいつも暇だ。
『今日は満月か……』
星も綺麗だ。
そういえば、最近色々ありすぎて夜空をゆっくりと眺めていなかったな。
今は夜だし人通りもない。
別にこの姿で外に出ても問題は無いだろう。
『えーと……蝋燭は……まぁいいか』
満月の光で十分辺りが見えるしな。
俺は立ち上がり、2人を起こさない様ゆっくりと静かに部屋から教会の外へと出た。
『……おー綺麗だなー』
見上げると一面の星空。
旅をしていた時も、こうやって夜風にあたりながら星を見ていた。
まぁ今の体だと夜風を全く感じられないけども……。
「こんばんは」
『……え?』
俺の後からかすれた女性の声が聞こえた。
おかしい、全然人の気配なんて感じなかったぞ。
まさか……幽霊? モンスター? 振り向きたくないがそうもいかない。
恐る恐る振り返ると――。
『おわっ!』
そこにはフードを被り顔の上半分を覆ったアイマスク状の白い仮面をつけた人物が蝋燭を持って立っていた。
俺は驚きのあまり裏声をだし後ろに仰け反ってしまった。
「あ~……驚かせちゃったみたいですみません。わけあってこんな姿をしているんです」
なんだ人間か……驚かせないでくれよ。
声から察するに恐らく女性なんだろうが……その姿だとよくわからない。
どうしてそんな格好をしているんだ? 仮面舞踏会にでも出るのか?
いや、姿に関したら人の事は言えないか。
なにせ俺の場合は鎧だしな。
『えと、こんばん……』
って、俺の声が聞こえないから返事をしても意味がないじゃないか。
とはいっても、無言のままなのも駄目だしな……どうやって伝えるべきか。
あ、そうだ。
『……』
「……?」
俺は座り込んで、人差し指を土の地面に押し付けた。
よし、この位の柔らかさなら十分に文字をかけるな。
『えーと……【ポイズンフロッグの】……ん?』
手元が明るくなった。
女性も俺のやりたい事を察してくれたのか、座り込んで俺が書きやすい様に蝋燭を地面に置いてくれた。
これはありがたい。
『【毒で喉を傷めてしまいまして、すみませんが今は声が出せません】……っと』
我ながら見事な誤魔化し方だな。
この辺はポイズンフロッグが生息しているし、声が出ない理由にもってこいだ。
「それよくわかります。アタシもポイズンフロッグの毒で喉を傷めたんですよ。今はやっとここまで声が出せるようになったんです」
なんと、この人は本当にポイズンフロッグで喉を傷めていたのか。
それでそんなかすれた声になっちゃっていたのか。
なんかポイズンフロッグの被害者じゃないのに嘘をついたのが申しわけなくなってきた。
けど、この嘘はつき通さなければいけない。
【それはお互い不運でしたね】
という事にしておこう。
「いやはや、本当ですね……あの、良かったらこの薬をどうぞ。よく効きますよ」
女性はそう言って、腰に下げていた袋から小袋を取り出した。
いやいや! 今の俺には色んな意味でまったく必要としていない物だし!
そもそも、嘘をついた奴が本当に被害のあった人から薬を貰う訳にもいかん!
【そんなの悪いですよ! 気にしないでください!】
「そう言わないでください。困ったときはお互い様ですから」
そう言って女性は笑顔で俺の手に小袋を渡して来た。
うーん……ここまでされると、これ以上は断るのも失礼だよな。
仕方ない、ありがたく受け取るとしよう。
もしかしたら今後役に立つかもしれないしな。
【わかりました。ありがとうございます】
「いえいえ」
「ソフィーナ!」
『ん?』
教会の方から男性の声が聞こえた。
見てみると教会の入り口で誰か立っている。
教会の中から出てきた感じだが……あーそうか、この人たちは俺達の後に入って来た2人組か。
「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
俺みたいに蝋燭を持っていないから暗くてよくわからないが、手招きをしている感じだ。
それにしてもドスのきいた声だな……怒っている様な感じもす……あっまずい!
状況的に何やら勘違いされているのかもしれん!
ど、どうしよう、説明しようにも俺は声を出せないし……。
「すみません。仲間が呼んでいるので、ここで失礼しますね」
女性は俺とは違い、動揺した様子もなく蝋燭を持って立ち上がった。
「では、お休みなさいませ」
女性が軽く会釈をしたので、俺も軽く会釈を返した。
そして女性は男性の方に向かって歩いていき、何やら話しつつ2人で教会の中へと入って行った。
……何も言ってこないという事は誤解は解けたのかな。
それならそれでいいんだが……念の為、明日はあの2人の動向を確認して鉢合わせしない様にしよう。
『そういえば、あの女性はソフィーナって呼ばれていたが……もしかして、盗賊退治をした剣士かな?』
だとすれば、ちゃんと礼を言いたかったな。
ちょっと悔いが残りつつも、俺は自分の部屋へと戻るとした。
◇◆アース歴9年 6月15日◇◆
朝、耳を澄ませているとソフィーナさんとその仲間は教会を出て行った。
それと同じくらいにラティアが起き、エイラも起こそうとしたがまったく起きず。
仕方がないので先にラティアが朝食等をすまし、出発の準備を整え再びエイラを起こしたがこれまた全く起きず。
いつ起きるかわからないので、仕方なくマント着せ俺が背負って村長さんの家へと向かう羽目になってしまった。
「ああ、娘から話は聞いております。昨日は足を運んでいただいたのにすみませんでした」
村長さんの家に伺うと、出て来たのは中年の男性。
この人が村長さんみたいだな。
それに娘さんが俺達の事を話していてくれたのもありがたい。
「……あれ?」
娘さんが不思議そうな顔をしている。
どうしたんだろう。
「どうかしたのか? 昨日来たのはこの人たちなんだろ?」
「うん……けど、来たのは鎧の人と背中にいる女の子の2人だったんだけどな……」
しまった! 昨日はラティアが俺の中に居る状態だった!
ラティアもその言葉に焦っているし!、何とか誤魔化さねば!
「え~ト、それはですネ……兄……そウ! 鎧を着ているのは私の兄でス! 昨日、兄がトイレに行っている間に妹と2人ここに伺ったんですヨ!」
こんな早口なラティアは初めて見た。
「確かに声はそうですけど……どうして鎧を……」
「順番でス! 私達の家には旅に出る場合、この鎧を兄妹で順番に着ないといけない決まりがあるのでス!」
なんだその変な決まり。
「は、はあ……」
娘さんが怪しげな目で俺達を見ている。
流石にこの変な決まりは無理がありすぎたか。
「こら、人様の家の事なんだからそんな目で見るもんじゃない。娘がすみません」
「い、いエ……」
村長さんのおかげで助かった。
あー心臓が無いのにドキドキしている感覚がある。
「オリバー様の事でしたね。この村には来られたことが無いのですが、砂の街【マレス】で魔術研究の施設に居るという話を行商人から聞いた事があります」
なんと!
「それは本当ですカ!」
「はい。ですが聞いたのは5年ほど前なので、まだ居られるかどうか……」
「それで構いませン! 情報をありがとうございまス!」
俺とラティアは村長さんに頭を下げ、次の目的地へと歩き出した。
砂の街【マレス】へと。