改めて10年の月日というのを痛感したな。
もし俺が生きていたらオーウェンの協会に入っていたのだろうか。
正直、すぐ潰れそうだと入っていない気もする。
「ではアース様、体の方を着させていただきますネ」
『ああ』
これでようやく体を動かせる。
頭だけっていうのは本当に不便でしかないな。
「あのさ、一つ思ったんだけど」
ラティアが椅子に座らせてある俺の体に手を伸ばした時にエイラの声がした。
「何、エイラ?」
ラティアが誰もいないのに右の方に顔を向ける。
エイラの魔力をラティアに流しているので、姿は見えないがそこにエイラが居るという感覚がラティアにはあるらしい。
だからと言って、誰もいない方向に顔を向ける光景はやっぱり不気味だ。
「もうあの人間は追ってこないんでしょ? だったらこの先ラティが変装する意味も無いぢゃない。そうなると、別にアースの中に入らなくてもいいと思うんだけど」
『「あッ」』
確かにエイラの言う通りだ。
レインが追ってこない以上、ラティアが変装をして素顔を出す事も俺の中に入る事もしなくてもいいか。
よくわからんが昨日は素顔を出すのに問題は無いと言っていたけど……トラウマになっている物がそう簡単に治るとは思えない。
『ラティアはどうする? 俺はどっちでも構わないぞ』
ここは俺の意見ではなく、ラティアの気持ちを尊重しよう。
その方が絶対に良いからな。
「そうですネ……(アース様に包まれている状況を捨てるのはやっぱり勿体なイ……けど、体が悲鳴をあげているのも事実なのよネ……想いを取るか体を取るカ……う~ン……難しい問題ダ……)」
小声でラティアがブツブツと言って悩んでいる。
こういうのはゆっくり考えてほしいとは思うが、馬車がいつ出るかわからない以上早く決めてほしいな。
「……そうダ! 1日おきにアース様の中に入るというのはどうでしょうカ」
『へっ?』
なんでそんな面倒くさい事を?
全然意味が分からない。
まぁラティアの気持ちを尊重すると決めたから、本人がそうしたいというならそうしようか。
『わかった。ラティアがそれでいいというのなら……』
「やっタ! ありがとうございまス!」
ラティアがすごい喜んでいる様子。
うーむ、俺にはラティアの考えがさっぱりわからんな。
「はぁ~いいな~、あ~しも姿を出したいよ……。姿を消しているのに、存在が見つからないようにしなくちゃいけないとか意味わかんないし」
エイラの苦痛の声が聞こえる。
でも、確かにその通りだよな。
しかも宿屋の中ですら姿を消しているし、流石に辛そうだ。
どうにか出来ないものかな、例えばラティアみたいに俺の中に入るとか……は無理か。
エイラが小柄すぎるから、俺を着る事なんて出来ない。
うーん……俺の体がある程度伸縮性があればなー……あっ。
『そうだよ。何で今までそれを思いつかなかったんだ』
すごく単純な事じゃないか。
答えは俺の目の前にあった。
「? 何を思いついたのですカ?」
『ラティアのローブだよ。それをエイラが着ればいいだけじゃないか』
「あ~私の……ヲッ!?」
ラティアのローブは大きいめの物だ。
これなら全身を隠せるからエイラの鱗は見えないし、羽根や尻尾も目立たずに収まるはずだ。
「ああ、なるほど!」
さっそくとばかりにエイラが姿を現した。
やっぱりラティアの見ていた方向に居たのか。
「アースってば頭いいじゃん。それぢゃあラティ、ローブを貸し……って、どうしたの?」
「……」
ラティアが青ざめた顔をして固まっている。
一体どうしたというのだろうか。
※
「……」
鍛冶屋の店主が俺……というか、俺を着たラティアをジト目で見て来る。
それはそうだ、今俺達は修理を頼んだ鍛冶屋に来ているのだから。
「……俺がそのアーメットを届けた意味ねぇな」
ごもっとも。
店主からそう言われても仕方がない……でも、こちらも引くに引けない事情があるんだ。
何せラティアのローブは今着ている1着しかないのだから。
今日までその1着のみで我慢させていたのは本当に申し訳が無い。
「あはははハ……すみませン……」
ローブを吟味しながらラティアが苦笑いをしている。
ラティア、謝る必要なんてないぞ。
これは俺がもっと早く気付くべき事だったんだからな。
そりゃそうだよ、この旅は急遽決まった事だから別の服なんて持っているはずがない。
こんな当たり前の事に気が回らないなんて、本当に自分が情けない。
「まぁ仕方ないか。丈夫なの物になると俺のとこしかねぇからな」
そう最初は服屋に行ったのだが、売っていた物は旅に向かない日常で使うような薄い生地のローブや普段着。
旅で使える丈夫な物は、この鍛冶屋でと服屋のおばあさんから言われたのだ。
『ラティア、旅に必要な物を収納する袋とナイフを2本くらいここで買って行こう』
「わかりましタ。……この皮の袋なんてどうでしょうカ?」
ふむ、この皮は一体なんだろう。
初めて見るが……サイズもいい感じの大きさだし伸縮性もある、耐久性も十分ありそうだな。
『いいじゃないか、これにしよう』
「はイ。あとはこれとこれト……以上で、お会計をお願いしまス」
ラティアがローブを4着、ナイフを2本選び、袋と一緒にカウンターに置いた。
「あいよ。えーと、しめてミノタウロスの革袋が45000ゴールドに――」
『ミノ!? 4万!?』
ちょっと待て! 何でミノタウロスの皮がこんな所で売られているんだよ!
しかも4万ってものすごい高い値段じゃないか!
「ローブ4着、ナイフが2本……しめて57000ゴールドだ」
ミノタウロスのせいで5万超えの買い物になってしまった!
流石にこれは高すぎる、ラティアに安い物に変える様に早く言――。
「はイ、代金でス」
ラティアが躊躇いなくカウンターにお金を置いちゃったよ!
「……ひいふうみい……確かに。まいどあり」
いや、まだ間に合う!
安いのに交換してもらおう!
『ラティア! その革袋は止めて、別の安い皮袋に交換してもらおう!』
(え? ああ、お金なら大丈夫ですヨ。今は約100万ゴールド持っていますかラ)
『ひゃっ!?』
マジかよ。
手持ちの金額がそこまであるなんて聞いていないぞ。
(それに旅をするなら頑丈なのがいいじゃないですカ)
確かにそれはそうなんだけど……どうしよう、衝撃的な事が連続で起こりすぎて頭がついていかない。
いいのか? 本当にこれで良かったのか?
「ありがとうございましタ~」
「おう。旅、気を付けてなー」
ラティアが鍛冶屋を後にし、エイラの待つ宿屋へと向かう。
その道中、俺はある決意をした。
金の入った袋は何があろうと死守しなければいけないと……。