さっそくアタシ達は、宿屋の主人にアルガムの町長さんのお宅へと案内してもらう事になった。
町長さんのお宅は宿屋から少し離れた所にあるらしいから案内してもらえるのは実に助かる。
「それにしても、デュラハンが盗賊になっているとは思わなかったね」
アタシの後ろを歩いていたジョシュアが小声で話しかけて来た。
流石にこの事に関しては宿屋の主人に知られちゃ駄目だしね。
町長さんにもデュラハンの事は隠して、表向きは盗賊退治として話を進めないと。
「そうね、アタシも予想外だったわ」
「で、帝国が絡んでいけどどうするの? 状況的にこうなっちゃったのは仕方ないとはいえ帝国側がはいそうですかってならないと思うけど……」
ジョシュアが不安そうな顔をしている。
まぁそんな顔になるのもわかる。
「大丈夫よ。アタシに良い考えがあるから」
アタシだって馬鹿じゃない、ちゃ~んと考えがあるんだから。
ジョシュアを安心させるために笑顔でウィンクをした。
「……」
いや! なんでさっきより不安そうな顔をしているのよ!?
その反応は絶対におかしいでしょ!!
「ちょっ――」
「着きました。ここが町長の家です」
ジョシュアに文句を言おうとした矢先、町長さんの家に着いたらしい。
なんてタイミング……今あるアタシのこの気持ちはどこにぶつければいいんだろうか。
※
幸いにも町長さんは在宅で、すぐに会ってもらえる事になった。
家の中に入れてもらい、応接間でアタシとジョシュア、そして宿屋の主人の3人で町長さんが来るのを待つ。
にしても、大きな家ね……部屋もいっぱいあったし、この家の中で迷子になりそうで怖いわ。
「いやーお待たせしました!」
応接間の扉が勢いよく開き、オーウェンに負けず劣らずのガタイのいい初老の男性が中に入って来た。
「私がアルガムの町長、ジムです」
ジムさんは笑顔でアタシの前に右手を出して来た。
どうやら握手を求めて来てたらしい。
「あ、はい。よろしくお願いします」
アタシはジムさんと握手をして、このガタイのよさは見掛け倒しじゃないと確信した。
手のひらにはオーウェンと同じような剣を握って出て来たと思われるタコがあったからだ。
恐らくこの人も元戦士か何かしらの武芸に関わっていたのだろう。
「よろしくお願い致します。どうぞ、お座りください。……この度は盗賊の討伐を引き受けて頂き、誠にありがとうございます。いやはや、私が足を負傷していなければ盗賊なんて叩きのめしたのですが……」
ジムさんがズボンの裾を上げると、傷跡が残るふくらはぎが見えた。
応接間に入って来た時に足を引き摺っている感じがしたけど、負傷により現役を引退したわけか。
嘘じゃなく、怪我をしていなかったら本当に盗賊を討伐する為に自信が先陣を切っていたに違いない。
でも今回ばかりは先陣を切ってもらってなくてよかった。
相手はデュラハン……町長に何かあれば一大事だもの。
「あの、引き受ける条件として町長さんにあるお願いがあるんです」
アタシは交渉なんて出来ないから、ここは率直に行こう。
駄目なら駄目で他の手を考えるだけだ。
「ふむ……わかりました。私達に出来る事なら何でもしましょう。それで、そのお願いとは何ですか?」
「この件が無事解決できましたら、それはアタシ達ではなくたまたまこの町に来ていた旅の剣士達が勝手にやった事にしてほしいんです。そして、アルガムに戻らずそのまま先に向かう事を許可してほしいんです」
これなら組合に対してもアルガムに対しても、帝国は文句を言えない。
なにせ、もういないどこの誰かわからない奴が勝手にやった事なんだから。
「レインの考えってそういう事か……あの、ボクもそれでお願いします」
ジョシュアもアタシの考えを理解してくれて、ジムさんに頭を下げた。
「どっどうか頭をあげて下さい! ……なるほど、何やら事情があるようですな」
ジムさんが知らないのも無理はない、何せ帝国兵ですら知らない事だし。
皇帝はアタシ達との間に亀裂があった事を国民に知られるのを危機と感じたのか、その辺りの問題が広まらない様に必死に動いたらしい。
アタシ達もこれ以上関わりたくないから、この手の話はしない様にしている。
まぁそのせいで、知らない帝国兵からグチグチ言われるからこういう手段をとる羽目になっちゃったんだけどね。
「……わかりました。それでお願い致します」
良かった。
後は、アタシ達だとバレないように変装をすればいいわね。
「ガンシュもそれでいいか?」
ジムさんの目線の先には宿屋の主人。
今更だけどガンシュさんっていうんだ。
「はい、俺はそれで構いません。妻にも言っておきますし、宿帳からもジョシュア様のお名前を消させていただきますね」
「あ、助かります」
元はといえばジョシュアが宿帳に名前を書いた事から始まったのよね。
ん~……この先の事を考えると、また同じような事になりかねないわよね。
何かいい方法はないかしら。
「…………そうだ! すみません、いらない白紙とペンを貸していただけませんか?」
「紙とペンですか? えーと……これでよろしいですか?」
ジムさんが机の引き出しから白紙だし、机の上にあった羽ペンをアタシの目の前に置いてくれた。
「ありがとうございます」
よし、この白紙を10枚になる様に破いて……。
「レイン、一体何をしているの?」
ジョシュアがアタシの行動に首を傾げ質問をして来た。
「ジョシュアって、アタシの名前を知ってたっけ?」
「名前? 何を言っているのさ、レイン・ニコラスじゃないか」
ジョシュアがますます意味がわからないという感じで、眉間にしわを寄せた。
「そっか、言ってなかったっけ。アタシの本名はレイン・リア・メイティー・クリス・ソフィーナ・アリシア・ヴェロニカ・コレット・タニア・エリン・ラナ・ニコラスよ」
そう、これがアタシの本名。
名前を言うだけで舌を噛みそうだわ。
「ながっ!」
「だからレイン・ニコラスだけを名乗っていたのよ」
「……レイン・リア・メイティー・クリス……神話に出て来る【10人の女神】達の名前ですか」
勝利の女神リア。
恋愛の女神メイティー。
知恵の女神クリス。
闘争の女神ソフィーナ。
恩愛の女神アリシア。
豊穣の女神ヴェロニカ。
希望の女神コレット。
正義の女神タニア。
自由の女神エリン。
調和の女神ラナ。
この10人の女神は最高神と共に魔王と戦い勝利した。
という神話が残っている。
「そうです。どういう訳か、家の風習で【10人の女神】付けられるんですよ」
だから父、兄、妹にも同じ名前がついていた。
そし、てアタシと同じように長いのでみんな略していたけどね。
「……よし、書けた」
破いた紙1枚につき1人の女神の名前を書いた後、裏返しにして机の上で混ぜる。
後は……ジョシュアでいっか。
「ジョシュア。この10枚から好きなのを1枚選んで」
「選ぶ? じゃあ……これ」
アタシはジョシュアの選んだ紙を手に取り、表を向けた。
そこにはソフィーナの名前が書かれていた。
「決まりました! 今日からアタシは旅の剣士ソフィーナです!」
これから偽名を使えば問題なしよ!
アタシってば頭いい~!