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ep.35 多種多様


 レーテに貰った紅茶を飲みながら、美火が添えてくれたお菓子を満喫する。

 やはり、美火の手作りは最高だ。

 いくらでも食べれてしまう。


 感動した様子で味わうアルスの隣には、お菓子を口に運ぶミントの姿がある。

 アルスを連れて報告に来たはいいものの、上司が戻るまでもう少し時間がかかるらしい。


 せっかくなので、こちらでもお茶会を開くことにした──という訳だ。


「そう言えば、課長と会ったらしいじゃん」


 不意に話しかけられ、ミントの方を向く。


「どうだった?」


「意外とお茶目だったよ」


「会って早々、課長をお茶目なんて言ったの睦月さんくらいだよ」


 顔を引き攣らせたミントは、驚き半分、呆れ半分といった雰囲気をしている。


「前に話したことあるじゃん? 幼い死神は、オンオフを上手く使い分けられないって」


 死神の言う「幼い」とは、年齢の若さを表しているのではない。

 高位になるほど人間性とは乖離していく死神だが、下位にはまだ生前の感情に引っ張られやすい者も多く。


 切り替えの出来ない未熟者ものたちのことを、ミントは幼いと喩えているのだ。


「逆に、課長レベルになるとオンオフは完璧でさ。仕事の時とか、一ミリもそんな素振りを見せないわけよ。だから、課内で事情を知ってるのも、あたしを除けば他に数人ってところかな」


 神性が強まれば、神としての面も強くなる。

 しかし、人間味が薄れたからといって、感情自体が無くなる訳ではない。


「眼鏡の収集癖があって、情報の中でも実は色恋沙汰が好きでしょ。あとは、テンションの差が天と地ほど違ったり」


 指を立てながら例を挙げていくミントは、「まあともかく」と呟きながら顔を上げた。


「睦月さんが見てる世界と、他の死神が見てる世界じゃ、かなり差があるってこと。睦月さんには優しく接してても、他の死神の前じゃ正反対──なんてこともざらだろうからさ」


 霜月や美火を指しながら、こんな感じだと目で訴えてくるミントに、なるほどと思い頷き返す。


「むしろ、睦月さん以外といる時の方が普段通りと言うか……。別に、猫を被ってるわけじゃないんだよ? 睦月さんって、自然と惹かれる何かがあるんだよね」


 腕を組むミントの隣で、アルスが大きく首を振っている。

 自分ではよく分からないが、特定の存在を惹きつける物質でも出ているのだろうか。


 一緒になって考え込んでいると、美火が皿に乗せられたクッキーを運んできた。

 そのまま隣に座った美火は、嬉々とした表情でクッキーを見つめている。


「食べてもいいですか?」


「もちろん」


 美火の喜びように、ミントも興味が湧いたらしい。

 霜月が進んで食べていることからも、大体の事情を把握したようだ。


「このクッキー、睦月さんが作ったの?」


「すす、すごいです! なっ、何でも出来るんですね……!」


 手を叩くアルスが、尊敬の眼差しを向けてくる。

 美火との約束があったため、クッキー程度ならいけるかと思い作ってみたのだが。


 どうやら、今回も霜月の口には合ったらしい。

 まるで花でも浮かんでいるかの如く、周囲には幸せそうな空気が漂っている。


 美火が無言なのは気になるところだが、かといって律たちのような反応を示すわけでもなく。

 ミントとアルスにも勧めてみると、迷うことなく手に取っていた。


「いっ、いただきます……!」


 また同じような惨状が起こるのではと心配していたが、杞憂だったかもしれない。

 クッキーを噛み締めるアルスの姿に内心で安堵していると、「……うっ」という呻き声と共に、アルスが卒倒した。


「あー、何ていうか……刺激的な味だね」


 一瞬で意識を失ったアルスの隣では、ミントが眉間に皺を寄せている。


「美火は大丈夫なの?」


「問題ありません。睦月さんの手作りというだけで満点です」


 顔には出さないが、美火もミントと同じように感じているのだろう。

 気遣いから、言葉を選んでくれている。


 以前の惨状といい、今回の反応といい、死神によって食後の状態が異なる点には疑問が残るものの。

 とにもかくにも、私の作る料理が万人受けしないというのは紛れもない事実のようだ。


 微動だにしないアルスの頬を、ミントが指でつついている。

 対照的な光景を眺めながら、残りは霜月に渡そうかと考えていると、背後から伸びた手がクッキーを摘んでいくのが見えた。


「上司もいりますか?」


 余りそうなため、小分けにしていたところだ。

 霜月用に包んでいた袋を持ち上げると、深い黒と視線が合った。


「そうですね。いただきましょうか」


「後で苦情はなしですからね。無理だと思ったら捨ててください」


「おや、誰がそんなことを?」


 ゆるりと細められた目に、はてと首を傾げる。

 てっきり完璧に装っているだけで、評価自体は美火たちと変わらないと思っていた。


 私と霜月の味覚が特殊──ということで結論付けていたが、どうやら上司もこちら側だったらしい。

 謎は深まったものの、口に合うならと袋を差し出す。


 結果的に、上司と霜月、絶対に持ち帰ると譲らなかった美火に渡ったことで。

 クッキーが手元に残ることはなかった。



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