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ep.34 レーテ


 私が死界に戻ったことで、霜月の状態もかなり落ち着いたようだ。

 しばらくは二個一の如く傍にいたが、そろそろ仕事を任せても問題ないと判断したのだろう。


 上司の呼び出しで霜月が連れて行かれたため、今は久しぶりの単独行動をしている。


「あら貴女」


 休息所にでも向かおうかと考えていると、不意に声をかけられた。


「たしか、情報管理課の」


「レーテよ。覚えていてくれて嬉しいわ」


 壮年の見た目をした女性は、後ろで纏められた団子の髪と、片方だけの眼鏡を着けている。

 以前リーネアと対面した際、場を収めていた情報管理課の死神だ。


 リーネアからは、「課長」と呼ばれていた。


「今日は一人なのね」


「霜月は上司の手伝いがあるので」


「あらそうなの。ところで貴女、少し時間はあるかしら」


 唐突な誘いに逡巡する。

 私を見て微笑んだレーテは、「お茶でもどうかしら」と続けてきた。


 こんな機会は中々ない。

 それならと頷く私を連れ、レーテは情報管理課内の空間へと転移した。


 位の高い死神だけあって、執務室の他にも幾つか空間を有しているようだ。

 案内された部屋に入ると、レトロな調度品に加え、色々な種類の眼鏡が飾ってあるのが見えた。


「どうぞ座って」


 勧められるまま腰掛ける。

 紅茶から漂う香辛料の匂いが、現世のチャイを彷彿とさせた。


「お口に合うかしら」


「はい。美味しいです」


 満足げに笑んだレーテは、片眼鏡を指で直している。


「ちょうどお茶の相手を探していたの。貴女が応じてくれて良かったわ」


 情報管理課の課長。

 つまりレーテは、ミントよりも上の立場の死神だ。

 果たして、今回の遭遇を偶然などと言えるのだろうか。


 まだ湯気の立っているカップを、ソーサーに置く。


「私に聞きたい事があるんですよね」


「どうしてそう思うのかしら?」


 表情も声色も変わらない。

 落ち着いた様子で聞き返してくるレーテの視線を、正面から受け止めた。


「わざわざ一人の時を選ばれたようなので」


「……気づいているなら、率直に聞かせてもらおうかしら」


 一瞬、静寂が流れる。

 余裕を崩さないレーテの唇が、何かの形を模っていく──直後のことだった。


「睦月さんは、常闇とどんな関係なの!?」


 勢いよく飛び出た言葉に、虚を衝かれる。

 前のめりで見つめてくるレーテの目は、興味でキラキラと輝いていた。


「えっと、どんな関係……とは」


「私の手に入れた情報によると、睦月さんは常闇と二人で何処かに行くことが度々あるそうね。あの常闇と! 二人でよ! 信じられる!?」


 早口で捲し立てられ、思わず口を噤む。

 先ほどまでのレーテと現在のレーテでは、まるで別人のように差がある。


「仕事でも緊張するのに、二人で過ごそうだなんて考えられないわ……! そもそも、特別な関係でもない限り、常闇が応じるとも思えないのよ。──で、どうなの?」


 お茶目を超えて、もはや探究心の塊だ。

 好奇心を隠そうともせず、うら若い乙女のようにはしゃいでいる。


「どうと言われても、上司と部下ですよ」


 たぶん。

 レーテの考えるような関係ではないが、特別扱いはされているため、否定し切れないのが難しいところだ。


「ただの上司と部下が、あんな距離感で接するかしら。それに、睦月さんってばパートナーの死神とも良い感じよね? まさか、三角関係……!?」


 すごい。

 一人で大暴走している。


「常闇はさておき、パートナーの死神も異様なほど綺麗な部類よね。もしかして、顔が好みだったり?」


「それはまあ、そうですね」


「やっぱり!」


 これに関しては、否定の仕様がない。

 昔から綺麗なものには目がないのだ。

 正直、霜月も上司も容姿はとても好みである。


「それでそれで? 睦月さんの本命は、いったいどちらなのかしら?」


 情報管理課の窓口にも、同じような話題で盛り上がっていた死神たちがいた。

 初めは正反対ほど違って見えたが、やはり上司と部下は似てくるものなのかもしれない。


「まさか、他にも気になる死神が……!?」


 何も答えない私に、レーテは衝撃から口元を手で覆っている。

 レーテの想像とは異なるが、霜月や上司が私にとって特別なのは紛れもない事実。


 多少の勘違いは、誤差の範囲ということにしておこう。


「秘密です。ここから先は高く付きますよ」


 人差し指を唇に当てる。


 驚いた様子のレーテは、次いで小さく笑みを溢した。

 ずれた片眼鏡に触れ、元の位置に戻す。

 それと同時に、レーテの雰囲気は会った際と同じ、落ち着いたものへと戻っていた。


「情報に値が張るのは納得できるわ。残念だけど、そろそろお開きにしましょうか」


「お茶、美味しかったです」


 飲み終えたカップをソーサーに置く。

 立ち上がったレーテは、元の場所まで送ってくれるつもりのようだ。


「気に入ったなら良かったわ。この紅茶には、色々なスパイスをブレンドしてあるの。今日のお礼に、プレゼントしてもいいかしら?」


「いただけるなら、ぜひ」


 包装された茶葉を受け取る。


「睦月さんさえ良ければ、また話し相手になってちょうだい。それなりのお返しも出来ると思うわ」


 中立の姿勢を保っているが、少なくともレーテはではないと示したいらしい。

 情報管理課の課長ともなれば、色々な事を知っているはず。


 信用に足るかは別としても、交流を持つこと自体に損はないだろう。

 布越しに漂う香りの中には、ナツメグの匂いも混じっている。


 茶葉から感じるレーテの意図に、自然と笑みが浮かんだ。



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