私が死界に戻ったことで、霜月の状態もかなり落ち着いたようだ。
しばらくは二個一の如く傍にいたが、そろそろ仕事を任せても問題ないと判断したのだろう。
上司の呼び出しで霜月が連れて行かれたため、今は久しぶりの単独行動をしている。
「あら貴女」
休息所にでも向かおうかと考えていると、不意に声をかけられた。
「たしか、情報管理課の」
「レーテよ。覚えていてくれて嬉しいわ」
壮年の見た目をした女性は、後ろで纏められた団子の髪と、片方だけの眼鏡を着けている。
以前リーネアと対面した際、場を収めていた情報管理課の死神だ。
リーネアからは、「課長」と呼ばれていた。
「今日は一人なのね」
「霜月は上司の手伝いがあるので」
「あらそうなの。ところで貴女、少し時間はあるかしら」
唐突な誘いに逡巡する。
私を見て微笑んだレーテは、「お茶でもどうかしら」と続けてきた。
こんな機会は中々ない。
それならと頷く私を連れ、レーテは情報管理課内の空間へと転移した。
位の高い死神だけあって、執務室の他にも幾つか空間を有しているようだ。
案内された部屋に入ると、レトロな調度品に加え、色々な種類の眼鏡が飾ってあるのが見えた。
「どうぞ座って」
勧められるまま腰掛ける。
紅茶から漂う香辛料の匂いが、現世のチャイを彷彿とさせた。
「お口に合うかしら」
「はい。美味しいです」
満足げに笑んだレーテは、片眼鏡を指で直している。
「ちょうどお茶の相手を探していたの。貴女が応じてくれて良かったわ」
情報管理課の課長。
つまりレーテは、ミントよりも上の立場の死神だ。
果たして、今回の遭遇を偶然などと言えるのだろうか。
まだ湯気の立っているカップを、ソーサーに置く。
「私に聞きたい事があるんですよね」
「どうしてそう思うのかしら?」
表情も声色も変わらない。
落ち着いた様子で聞き返してくるレーテの視線を、正面から受け止めた。
「わざわざ一人の時を選ばれたようなので」
「……気づいているなら、率直に聞かせてもらおうかしら」
一瞬、静寂が流れる。
余裕を崩さないレーテの唇が、何かの形を模っていく──直後のことだった。
「睦月さんは、常闇とどんな関係なの!?」
勢いよく飛び出た言葉に、虚を衝かれる。
前のめりで見つめてくるレーテの目は、興味でキラキラと輝いていた。
「えっと、どんな関係……とは」
「私の手に入れた情報によると、睦月さんは常闇と二人で何処かに行くことが度々あるそうね。あの常闇と! 二人でよ! 信じられる!?」
早口で捲し立てられ、思わず口を噤む。
先ほどまでのレーテと現在のレーテでは、まるで別人のように差がある。
「仕事でも緊張するのに、二人で過ごそうだなんて考えられないわ……! そもそも、特別な関係でもない限り、常闇が応じるとも思えないのよ。──で、どうなの?」
お茶目を超えて、もはや探究心の塊だ。
好奇心を隠そうともせず、うら若い乙女のようにはしゃいでいる。
「どうと言われても、上司と部下ですよ」
たぶん。
レーテの考えるような関係ではないが、特別扱いはされているため、否定し切れないのが難しいところだ。
「ただの上司と部下が、あんな距離感で接するかしら。それに、睦月さんってばパートナーの死神とも良い感じよね? まさか、三角関係……!?」
すごい。
一人で大暴走している。
「常闇はさておき、パートナーの死神も異様なほど綺麗な部類よね。もしかして、顔が好みだったり?」
「それはまあ、そうですね」
「やっぱり!」
これに関しては、否定の仕様がない。
昔から綺麗なものには目がないのだ。
正直、霜月も上司も容姿はとても好みである。
「それでそれで? 睦月さんの本命は、いったいどちらなのかしら?」
情報管理課の窓口にも、同じような話題で盛り上がっていた死神たちがいた。
初めは正反対ほど違って見えたが、やはり上司と部下は似てくるものなのかもしれない。
「まさか、他にも気になる死神が……!?」
何も答えない私に、レーテは衝撃から口元を手で覆っている。
レーテの想像とは異なるが、霜月や上司が私にとって特別なのは紛れもない事実。
多少の勘違いは、誤差の範囲ということにしておこう。
「秘密です。ここから先は高く付きますよ」
人差し指を唇に当てる。
驚いた様子のレーテは、次いで小さく笑みを溢した。
ずれた片眼鏡に触れ、元の位置に戻す。
それと同時に、レーテの雰囲気は会った際と同じ、落ち着いたものへと戻っていた。
「情報に値が張るのは納得できるわ。残念だけど、そろそろお開きにしましょうか」
「お茶、美味しかったです」
飲み終えたカップをソーサーに置く。
立ち上がったレーテは、元の場所まで送ってくれるつもりのようだ。
「気に入ったなら良かったわ。この紅茶には、色々なスパイスをブレンドしてあるの。今日のお礼に、プレゼントしてもいいかしら?」
「いただけるなら、ぜひ」
包装された茶葉を受け取る。
「睦月さんさえ良ければ、また話し相手になってちょうだい。それなりのお返しも出来ると思うわ」
中立の姿勢を保っているが、少なくともレーテは
情報管理課の課長ともなれば、色々な事を知っているはず。
信用に足るかは別としても、交流を持つこと自体に損はないだろう。
布越しに漂う香りの中には、ナツメグの匂いも混じっている。
茶葉から感じるレーテの意図に、自然と笑みが浮かんだ。