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ep.30 盤上の支配者


 謁見を終えたレインは、上階で待っていたアヴァリーを見て眉を顰めた。


「暗黒将入り、おめでとさん」


「ハッ。白々しいな」


 棘のある返しを、アヴァリーは素知らぬ顔で流している。


「聞いたぜ。グォーラに部下の魔力を渡しちまったんだって?」


「どうせまた溜まる。それに、プーパも望んだことだ」


 小さくて弱々しい姿だが、プーパはむしろその姿でいることを選んでいるようだった。

 魔力を使い切り、ぼろぼろのプーパを拾ってからしばらく経つが、いっこうに変化する気配はなく。


 レインに抱えられ平和ボケした様は、悪魔にとってあるまじき醜態だった。

 しかし、可愛さに魅力を感じるレインからしてみれば、好みを反映した忠実な部下なのである。


「ま、同じ将になったんだ。グォーラもこれ以上引きずることはねぇだろ」


 悪魔は強者を尊重する。

 加えて、魔王という共通の目標てきがいることもあり、将同士は他の悪魔よりも互いへの寛容さを持ち合わせていた。


「にしても、お前と嬢ちゃんって少し似てるよな。自分のケツは自分で拭ってくんだからよ」


「……何のことだ」


 レインとグォーラの話に、なぜ睦月が出てくるのか。

 怪訝な眼差しを向けるレインだったが、アヴァリーの話を耳にして驚いた表情を浮かべた。


「インヴィーとの試合で、使い魔を生きたまま捕えてただろ? あれ全部、グォーラへ渡したんだとよ。インヴィーの使い魔は質が高いからな。かなりの量だし、グォーラも満足してたらしいぜ」


「はあ? あいつ、僕が何のために……」


 何のために、過剰な対価を支払ったと──。


 ぐしゃりと髪をかき上げたレインは、己の思考に気づき深くため息を吐いた。

 大罪を使いこなすためには、相当な精神力が必要になる。


 あんな死神のことを、いちいち気にしてはいられないのだ。


 早くも大罪の洗礼を受けているレインを見て、アヴァリーは鼻歌でも奏でそうな雰囲気をしている。

 プーパといいビベレといい、レインの部下には変異種が多い。


 偶然か、はたまたレインの特異な性質ゆえか。

 どちらにせよ、アヴァリーにとっては最高の娯楽だった。

 レインといれば、これからも飽きの来ない時間を過ごせるだろう。



 ──暗黒将には、どうやったらなれるの?


 地底湖で、睦月はアヴァリーにそう問いかけてきた。

 だからアヴァリーは答えた。

 大罪をかけた試合に、勝てばいいのだと。


「もし勝利した者が辞退した場合は?」


「他の将に推薦された悪魔が引き継ぐことになる。本来なら過半数だが、辞退するやつの票も入れれば、残りは三つってところだな」


「なら問題ないね」


 意図が分からず眉を上げるアヴァリーの目を、睦月は正面から見返した。


「私がレインを推薦するから、アヴァリーは残りの票が手に入るよう根回ししてほしい。多分、スーリアも協力してくれると思うから、あと一つをどうするかかな」


 とんでもない言葉の連続に、思わず口を噤む。

 目の前の死神は本気だ。

 本気で、インヴィーに勝つつもりでいる。


 沸々と湧いてくる感情が、アヴァリーを高揚させていく。


「おい嬢ちゃん! ここは魔界だぞ? いくら何でもそりゃ……面白すぎるだろ!」


 ゲラゲラと笑うアヴァリーに対し、睦月の表情は一切変わらない。


「可能性があるのはグォーラだな。あいつは良くも悪くも暴食に呑まれてる。グォーラを納得させるほどの食糧を渡せりゃ、協力は惜しまないはずだ」


「分かった。そこは私が何とかする」


 クラーケンの触手が、一つ残らず切り落とされる。

 胴体から黒い体液が噴き上がり、辺りに降り注いだ。


 アヴァリーを納得させる答えなんてないと思っていた。

 インヴィーを宥め、グォーラへの埋め合わせとして生贄睦月を差し出す。

 そうする事が、最適解だと考えていたのに──。


 レインが暗黒将になれば、グォーラやインヴィーを危惧する必要はなくなる。

 さらに、以前よりも頻繁にレインと会えるはずだ。


 のた打ち回ることしか出来ない魔獣に近寄る──死の化身。

 是非を問うため向けられた視線を受け止め、アヴァリーは迷うことなく答えを口にした。



 アヴァリーの筋書き通り。


 インヴィーもレインもそう考えていたようだが、実際のところ、アヴァリーは手を貸しただけに過ぎない。

 本当は全て例の死神が考えたことだと伝えたら、レインはいったいどんな顔を見せるのだろうか。


「ごしゅじんー!」


 謁見を終えたレインの元に、プーパたちが駆けてくる。

 勢いよく飛びついたプーパを、レインは危なげなく抱き止めた。


 ちっぽけで脆弱な部下の姿に、先ほどまでの気持ちは何処へやら。

 頭を撫でるレインの表情は、満足感に溢れていた。

 脳内で輝く絶対的な真理。


 やはり、可愛いは最強である。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 空間を通り抜け、地面に降り立つ。


 久しぶりの死界だが、睦月には驚くほど馴染んでいる。

 ふと死局に視線を向けた睦月は、慌ただしく駆け回る死神たちの中に、よく知る姿を見つけた。


「あ、睦月さんだ」


「特別警備課が、死局の外にいるなんて珍しいね」


 軍服を彷彿とさせる装いは、特別警備課の死神を表している。

 睦月と目が合い近づいてきたヴォルクだが、だんだんと不思議そうな顔に変わっていく。


「睦月さんが消えたって聞いて、探してたんすよねー」


「そうなんだ」


「でも、睦月さんここにいるんすよねー」


「そうだね」


 ゆったりと会話を交わす睦月たちの背後で、「あー!」という叫び声が響いた。


「睦月さん!? 隊長! 睦月さんいました!」


 風のように駆けてきた威吹は、睦月の手を取ると急いで引いてくる。


「詳しい話は後でするんで、とりあえず付いてきてください!」


 連行されるがままの睦月だが、時折「氷漬け」「燃やされる」「大荒れ」などの言葉が耳に入り、辺りを見渡す。

 早く行けと手を振る隊員たちの中には、泣きそうになっている死神もいた。


 数秒ほど思案する。


 結果的に、睦月は考えることを放棄した。



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