謁見を終えたレインは、上階で待っていたアヴァリーを見て眉を顰めた。
「暗黒将入り、おめでとさん」
「ハッ。白々しいな」
棘のある返しを、アヴァリーは素知らぬ顔で流している。
「聞いたぜ。グォーラに部下の魔力を渡しちまったんだって?」
「どうせまた溜まる。それに、プーパも望んだことだ」
小さくて弱々しい姿だが、プーパはむしろその姿でいることを選んでいるようだった。
魔力を使い切り、ぼろぼろのプーパを拾ってからしばらく経つが、いっこうに変化する気配はなく。
レインに抱えられ平和ボケした様は、悪魔にとってあるまじき醜態だった。
しかし、可愛さに魅力を感じるレインからしてみれば、好みを反映した忠実な部下なのである。
「ま、同じ将になったんだ。グォーラもこれ以上引きずることはねぇだろ」
悪魔は強者を尊重する。
加えて、魔王という共通の
「にしても、お前と嬢ちゃんって少し似てるよな。自分のケツは自分で拭ってくんだからよ」
「……何のことだ」
レインとグォーラの話に、なぜ睦月が出てくるのか。
怪訝な眼差しを向けるレインだったが、アヴァリーの話を耳にして驚いた表情を浮かべた。
「インヴィーとの試合で、使い魔を生きたまま捕えてただろ? あれ全部、グォーラへ渡したんだとよ。インヴィーの使い魔は質が高いからな。かなりの量だし、グォーラも満足してたらしいぜ」
「はあ? あいつ、僕が何のために……」
何のために、過剰な対価を支払ったと──。
ぐしゃりと髪をかき上げたレインは、己の思考に気づき深くため息を吐いた。
大罪を使いこなすためには、相当な精神力が必要になる。
あんな死神のことを、いちいち気にしてはいられないのだ。
早くも大罪の洗礼を受けているレインを見て、アヴァリーは鼻歌でも奏でそうな雰囲気をしている。
プーパといいビベレといい、レインの部下には変異種が多い。
偶然か、はたまたレインの特異な性質ゆえか。
どちらにせよ、アヴァリーにとっては最高の娯楽だった。
レインといれば、これからも飽きの来ない時間を過ごせるだろう。
──暗黒将には、どうやったらなれるの?
地底湖で、睦月はアヴァリーにそう問いかけてきた。
だからアヴァリーは答えた。
大罪をかけた試合に、勝てばいいのだと。
「もし勝利した者が辞退した場合は?」
「他の将に推薦された悪魔が引き継ぐことになる。本来なら過半数だが、辞退するやつの票も入れれば、残りは三つってところだな」
「なら問題ないね」
意図が分からず眉を上げるアヴァリーの目を、睦月は正面から見返した。
「私がレインを推薦するから、アヴァリーは残りの票が手に入るよう根回ししてほしい。多分、スーリアも協力してくれると思うから、あと一つをどうするかかな」
とんでもない言葉の連続に、思わず口を噤む。
目の前の死神は本気だ。
本気で、インヴィーに勝つつもりでいる。
沸々と湧いてくる感情が、アヴァリーを高揚させていく。
「おい嬢ちゃん! ここは魔界だぞ? いくら何でもそりゃ……面白すぎるだろ!」
ゲラゲラと笑うアヴァリーに対し、睦月の表情は一切変わらない。
「可能性があるのはグォーラだな。あいつは良くも悪くも暴食に呑まれてる。グォーラを納得させるほどの食糧を渡せりゃ、協力は惜しまないはずだ」
「分かった。そこは私が何とかする」
クラーケンの触手が、一つ残らず切り落とされる。
胴体から黒い体液が噴き上がり、辺りに降り注いだ。
アヴァリーを納得させる答えなんてないと思っていた。
インヴィーを宥め、グォーラへの埋め合わせとして
そうする事が、最適解だと考えていたのに──。
レインが暗黒将になれば、グォーラやインヴィーを危惧する必要はなくなる。
さらに、以前よりも頻繁にレインと会えるはずだ。
のた打ち回ることしか出来ない魔獣に近寄る──死の化身。
是非を問うため向けられた視線を受け止め、アヴァリーは迷うことなく答えを口にした。
アヴァリーの筋書き通り。
インヴィーもレインもそう考えていたようだが、実際のところ、アヴァリーは手を貸しただけに過ぎない。
本当は全て例の死神が考えたことだと伝えたら、レインはいったいどんな顔を見せるのだろうか。
「ごしゅじんー!」
謁見を終えたレインの元に、プーパたちが駆けてくる。
勢いよく飛びついたプーパを、レインは危なげなく抱き止めた。
ちっぽけで脆弱な部下の姿に、先ほどまでの気持ちは何処へやら。
頭を撫でるレインの表情は、満足感に溢れていた。
脳内で輝く絶対的な真理。
やはり、可愛いは最強である。
◆ ◆ ◇ ◇
空間を通り抜け、地面に降り立つ。
久しぶりの死界だが、睦月には驚くほど馴染んでいる。
ふと死局に視線を向けた睦月は、慌ただしく駆け回る死神たちの中に、よく知る姿を見つけた。
「あ、睦月さんだ」
「特別警備課が、死局の外にいるなんて珍しいね」
軍服を彷彿とさせる装いは、特別警備課の死神を表している。
睦月と目が合い近づいてきたヴォルクだが、だんだんと不思議そうな顔に変わっていく。
「睦月さんが消えたって聞いて、探してたんすよねー」
「そうなんだ」
「でも、睦月さんここにいるんすよねー」
「そうだね」
ゆったりと会話を交わす睦月たちの背後で、「あー!」という叫び声が響いた。
「睦月さん!? 隊長! 睦月さんいました!」
風のように駆けてきた威吹は、睦月の手を取ると急いで引いてくる。
「詳しい話は後でするんで、とりあえず付いてきてください!」
連行されるがままの睦月だが、時折「氷漬け」「燃やされる」「大荒れ」などの言葉が耳に入り、辺りを見渡す。
早く行けと手を振る隊員たちの中には、泣きそうになっている死神もいた。
数秒ほど思案する。
結果的に、睦月は考えることを放棄した。