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ep.27 選択者


 大きな力には、大きな代償が必要になる。

 神が与えてくれる恩恵ギフトとは違い、悪魔の大罪は奪い取ることで手に入る力だ。


 どれだけ食べても尽きない食欲。

 色に溺れようと切りはなく、溢れ続ける怒りと、湧き上がってくる嫉妬心。


 欲に忠実な悪魔にとって、本能を理性で押さえ込むのは容易ではない。

 決して満たされない欲望に負け、呑まれてしまう悪魔も多かった。


 そんな代償を完膚なきまでに制御してみせたのが、今代の魔王である。

 大罪を使いこなした魔王は、元来の強さも相まって、歴代の中でも最強と謳われるほどの存在になった。


 そして、側近である暗黒将もまた、自然と欲に強いものが集うようになっていった。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「プーパ、使い魔の方は任せてもいい?」


 続々と召喚される魔獣を見ながら、睦月はプーパに声をかけた。

 空で羽ばたく使い魔たちは、インヴィーの激情に感化され、荒んだ鳴き声を上げている。


 プーパは何も言わなかった。

 けれど、翼を広げた気配に了承の意思を感じ、睦月が僅かに微笑む。


 インヴィーから流れる膨大な魔力が、城の外壁にひびを入れていく。

 くるりと回した死神之大鎌デスサイズを持ち替え、睦月は目の前のインヴィーに集中した。


 周囲に発生した大量の陣からは、毒々しい鎖が伸びており、まるで映画に出てくる赤外線センサーのようだ。

 いくら治癒が早くとも、量で押し切れば間に合わないと踏んだのだろう。


 鎖を大鎌サイズで弾き、足場にしつつ間隙かんげきを縫う。

 刃に絡みついた鎖を解くため、反対に回転をかけながら、その勢いを利用して鎖の囲いを抜けた。


 インヴィーを守るように迫ってきた使い魔の上に立つと、睦月は魔獣から再び足場を移していく。


 睦月にとって、インヴィーの嫉妬は不思議な感覚だった。

 リーネアの時のように、嫉妬とはもっと仄暗いものだと思っていたからだ。


 しかし、インヴィーの嫉妬は燃え盛る炎のようで、燃料の尽きない激情に近い。

 それでいて、鎖の動きは繊細で、理性を失っているとは思えないほど正確だ。


 少しだけ興味が湧いた。

 インヴィーが睦月に向ける感情の根幹には、いったい何が埋まっているのかと。


 睦月とインヴィーが激突する近くでは、召喚陣を握り潰したプーパが、翼で使い魔を払っている。

 煩わしげに口から放った光線が、残った使い魔を一掃していく。


 ──もう充分だろう。

 十分に、


 何かを察知したことで、睦月の纏う空気ががらりと変化する。

 距離を詰めると同時に、鎖を召喚していた陣が一斉に破壊された。


 振り下ろされた死神之大鎌デスサイズによって、インヴィーの身体が円盤に叩きつけられる。

 何が起こったか分からないインヴィーの首元に、ぴたりと刃が当てられた。


「切らないの?」


 背後に立つ睦月に、インヴィーが問いかける。


「切られたいんですか?」


「言ったでしょ。勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失うと。決着はついたわ」


 溢れた声は、思いの外明るかった。

 インヴィーに抵抗する様子は見られない。

 大人しく首を差し出すインヴィーに、睦月が死神之大鎌デスサイズを構え直した時だった。


「ちっと待ってくれや嬢ちゃん」


「……アヴァリー」


 静止の声が聞こえ、睦月が視線を上げる。

 驚くインヴィーをよそに、円盤に降りたアヴァリーは無表情で口を開いた。


「降参しろ、インヴィー」


「気でも狂ったの? まさかあなたから、そんな言葉を聞くことになるなんて」


 インヴィーが嘲りの込もった笑みを浮かべる。

 そんなインヴィーを見下ろしながら、アヴァリーは淡々と言葉を続けた。


「魔王への下剋上とは違う。わざわざ消滅を選ぶ必要もねぇだろ。これでも同じ将だったんだ。目の前で消えちまうのは、寝覚めが悪ぃからな」


「同じ将……ね。情けでもかけてるつもり? 違うわよね。この結末は、あなたの筋書き通りだもの。こうなるって分かってたから、私に声をかけたんでしょう?」


 あらかじめ、魔王に試合を申請するよう助言してきたのも。

 スーリアに声をかけて、承認を促したのも。

 全部インヴィーのためではなく、睦月の──ひいてはアヴァリー自身の目的のために、必要なことだったからだ。


「埋め合わせなんて要らないわ。どのみち、私にはもう何も残っていないもの」


「埋め合わせ、なぁ。インヴィー。お前、俺様の大罪が何だったか忘れちまったのか?」


「何って、そんなの……」


 はっとした様子のインヴィーに、アヴァリーが目を細める。


「どっちにしろ、既に決着はついてる。選択できるのは、俺様でもお前でもねぇ。──そうだろ? 魔王様」



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