大きな力には、大きな代償が必要になる。
神が与えてくれる
どれだけ食べても尽きない食欲。
色に溺れようと切りはなく、溢れ続ける怒りと、湧き上がってくる嫉妬心。
欲に忠実な悪魔にとって、本能を理性で押さえ込むのは容易ではない。
決して満たされない欲望に負け、呑まれてしまう悪魔も多かった。
そんな代償を完膚なきまでに制御してみせたのが、今代の魔王である。
大罪を使いこなした魔王は、元来の強さも相まって、歴代の中でも最強と謳われるほどの存在になった。
そして、側近である暗黒将もまた、自然と欲に強いものが集うようになっていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「プーパ、使い魔の方は任せてもいい?」
続々と召喚される魔獣を見ながら、睦月はプーパに声をかけた。
空で羽ばたく使い魔たちは、インヴィーの激情に感化され、荒んだ鳴き声を上げている。
プーパは何も言わなかった。
けれど、翼を広げた気配に了承の意思を感じ、睦月が僅かに微笑む。
インヴィーから流れる膨大な魔力が、城の外壁にひびを入れていく。
くるりと回した
周囲に発生した大量の陣からは、毒々しい鎖が伸びており、まるで映画に出てくる赤外線センサーのようだ。
いくら治癒が早くとも、量で押し切れば間に合わないと踏んだのだろう。
鎖を
刃に絡みついた鎖を解くため、反対に回転をかけながら、その勢いを利用して鎖の囲いを抜けた。
インヴィーを守るように迫ってきた使い魔の上に立つと、睦月は
睦月にとって、インヴィーの嫉妬は不思議な感覚だった。
リーネアの時のように、嫉妬とはもっと仄暗いものだと思っていたからだ。
しかし、インヴィーの嫉妬は燃え盛る炎のようで、燃料の尽きない激情に近い。
それでいて、鎖の動きは繊細で、理性を失っているとは思えないほど正確だ。
少しだけ興味が湧いた。
インヴィーが睦月に向ける感情の根幹には、いったい何が埋まっているのかと。
睦月とインヴィーが激突する近くでは、召喚陣を握り潰したプーパが、翼で使い魔を払っている。
煩わしげに口から放った光線が、残った使い魔を一掃していく。
──もう充分だろう。
十分に、
何かを察知したことで、睦月の纏う空気ががらりと変化する。
距離を詰めると同時に、鎖を召喚していた陣が一斉に破壊された。
振り下ろされた
何が起こったか分からないインヴィーの首元に、ぴたりと刃が当てられた。
「切らないの?」
背後に立つ睦月に、インヴィーが問いかける。
「切られたいんですか?」
「言ったでしょ。勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失うと。決着はついたわ」
溢れた声は、思いの外明るかった。
インヴィーに抵抗する様子は見られない。
大人しく首を差し出すインヴィーに、睦月が
「ちっと待ってくれや嬢ちゃん」
「……アヴァリー」
静止の声が聞こえ、睦月が視線を上げる。
驚くインヴィーをよそに、円盤に降りたアヴァリーは無表情で口を開いた。
「降参しろ、インヴィー」
「気でも狂ったの? まさかあなたから、そんな言葉を聞くことになるなんて」
インヴィーが嘲りの込もった笑みを浮かべる。
そんなインヴィーを見下ろしながら、アヴァリーは淡々と言葉を続けた。
「魔王への下剋上とは違う。わざわざ消滅を選ぶ必要もねぇだろ。これでも同じ将だったんだ。目の前で消えちまうのは、寝覚めが悪ぃからな」
「同じ将
あらかじめ、魔王に試合を申請するよう助言してきたのも。
スーリアに声をかけて、承認を促したのも。
全部インヴィーのためではなく、睦月の──ひいてはアヴァリー自身の目的のために、必要なことだったからだ。
「埋め合わせなんて要らないわ。どのみち、私にはもう何も残っていないもの」
「埋め合わせ、なぁ。インヴィー。お前、俺様の大罪が何だったか忘れちまったのか?」
「何って、そんなの……」
はっとした様子のインヴィーに、アヴァリーが目を細める。
「どっちにしろ、既に決着はついてる。選択できるのは、俺様でもお前でもねぇ。──そうだろ? 魔王様」