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ep.26 大罪と嫉妬


 敗北を認めれば、プーパだけは助けてやる。

 そう話すインヴィーに、睦月は毒が侵食する腕を見下ろした。


「無理ですね。嘘が吐けないので」


「……この状況で、よくそんな事が言えたものね」


 負けを認めることは、嘘を禁じた王への違反行為だ。

 言葉通り受け取れば、死界の王を尊重しているようにも聞こえるが、実際に込められているのは大層な皮肉である。


 魔界に印の影響は届かない。

 つまり、自戒も起こらない代わりに、神の権能は一切借りられず、加護も得られないということだ。


 いくら特異な死神とはいえ、平然と断りを口にできるほど、余裕のある状況とは思えなかった。

 訝しむインヴィーの足元で、魔力が急速に膨れ上がっていく。


 小さな塊を引き裂いて現れた何かは、漆黒の翼を広げ、辺りを震わすほどの咆哮を上げている。

 口から放たれた光線が、インヴィーの使い魔を一瞬で焼き払った。


 予想外の事態に驚くインヴィーの目に、使い魔のコアが映り込む。

 肉片すら残らないゼロが意味するのは、修復ではなく生まれ直しだ。


 貴重な使い魔との契約が切れたことで、インヴィーが忌々しげに顔を歪める。

 見た目は魔獣に違いが、実際は悪魔でも魔獣でもない。


 翼を持つを睨むインヴィーだったが、その僅かな隙は致命的だった。

 目にも止まらぬ速さで回転した刃が、インヴィーの腕を切り落としていく。


 空を舞う剣と、握りしめたままの手。

 咄嗟に使い魔を召喚し盾にするも、刃の先端が胸元をかすめた。


 真っ二つに分かれ、落下していく使い魔には目もくれず。

 インヴィーは、睦月に対する私怨の炎が、再び燃え盛っていくのを感じていた。


「やってくれるじゃない」


 腐りかけた腕で、武器など振るえる訳がない。

 そう高を括っていたのだ。

 インヴィーの毒は、一度ひとたび浴びれば身体の隅々まで侵食していく。


 いずれ全身が腐るまで、毒が止まることはない──はずだった。


 毒の散った頬は滑らかで、焼け爛れた腕は元の白さを取り戻しつつある。

 死神之大鎌デスサイズを軽々と扱う睦月の姿を見て、インヴィーの思考が急速に冷えていく。


 試合を望むインヴィーに、魔王は「いいのか?」とだけ聞いてきた。

 その言葉はむしろ、インヴィーの方が聞きたいものであった。


 欲しがっていた死神を、めちゃくちゃにされてもいいのかと。

 しかし、魔王は予想に反してすんなり許可を与えると、右目の眼帯を指先で叩いている。


 興味を失った様子の魔王を見て、件の死神も所詮は気まぐれの玩具に過ぎなかったのだと思った。

 けれどあの時、真に見放されたのはどちらだったのか。

 今更ながらに、答えが脳裏をちらついていく。


 羽ばたきの音と共に、漆黒の翼が影を作った。

 睦月の傍に降りてきた巨体は、可愛さとは程遠い姿をしている。


「随分大きくなったね、プーパ」


 手を当てた睦月に視線を向けたプーパだが、嫌がる素振りは見られない。


「いったい……何だっていうの」


 がらりと変わった戦況に、インヴィーが濁った声を溢す。


 まるで、台風の目のような存在だ。

 いっそ穏やかささえ感じられる死神の周りでは、全てを破壊する突風が渦巻いている。


 神性力も魔力も、高ければ高いほど治癒が早まっていく。

 異なるのは、神性力は魔力による治癒を阻害できるという点だ。


 元通りになった睦月の腕と違い、インヴィーは未だ腕の修復が終わっていない。

 その事実が意味する答えは、一つしかなかった。


「だから嫉妬は嫌なのよ」


 インヴィーには、手に入れたい悪魔がいた。

 追いかけて暗黒将にまでなったはいいものの、引き継いだ大罪は嫉妬で──。


 大罪を受け継いだ悪魔は、性質に大きな影響が生じる。

 色欲は色に、暴食は食に走りやすくなるように。

 欲求は原動となり、悪魔に強大な力を与えてくれるのだ。


 しかし代わりに、大罪の持つ欲に対して、過剰なまでに反応を示すようになっていく。


 初めは軽い感情だった。

 アヴァリーを撤退させた死神への関心。

 それと、アヴァリーが興味を示した数少ない存在への嫉妬。


 だが実際に対面したことで、インヴィーの嫉妬は歯止めが効かなくなっていった。

 試合の時も、アヴァリーの視線は常に睦月の方を向いていた。


 ──同じ将に昇ってもなお、自分を見てはくれないのか。


 魔王の座を奪うことはおろか、目の前の死神に勝つことさえ出来ない不甲斐なさ。

 燃え盛る嫉妬は、全て元凶の睦月へと集中していく。


「……いいわ。だったら終わりにしましょう」


 睦月たちを消してしまえば、アヴァリーもインヴィーを見るしかなくなるはず。

 初めから、手加減など要らなかったのだ。


 勝者には全てを、敗者には無を。

 位をかけた以上、後ろに道などない。


 悪魔とは、二兎を得る存在で無ければならないのだから──。




 ◆ ◇ ◆ ◇




 【 おまけ(プロットメモより抜粋)】


 嫉妬を振り翳した者の末路。

 ターニングポイントは、踏み止まれるか否か。



 リーネア → 嫉妬に呑まれ、帰って来れず。


 インヴィー → 嫉妬に呑まれるも、◾️◾️◾️◾️。



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