次々と襲ってくる使い魔を、睦月は
夜空色の刃が、目にも留まらぬ速さで魔獣をただの肉塊に変えた。
そんな睦月の姿を見て、観覧席では驚きの声が上がっていた。
「すげぇな嬢ちゃん。能力頼りかと思いきや、物理もいけんのか」
感心した様子のアヴァリーに対し、レインは沈黙を貫いている。
睦月たちから片時も目を離さないレインを見て、アヴァリーはひっそりと笑みを浮かべた。
魔界にも関わらず、睦月の動きはそこらの悪魔を凌駕している。
本来の力を発揮できるインヴィーに対し、睦月は弱体化された状態だ。
インヴィーもまだ本気を出していないとは言え、明らかに異質な光景だった。
切断した魔獣の首を、睦月は
勢いよく放たれた頭部は、他の使い魔を円盤の外へと吹き飛ばした。
飛行手段を持たない魔獣は、落下していくしかない。
しかし、インヴィーからすれば、役立たずが居なくなったところで問題はないのだろう。
むしろ、邪魔者が減ったと言わんばかりの顔をしている。
大量に召喚された使い魔は減ることなく、インヴィーを直接叩こうにも、先に使い魔を何とかしなければならない状況だ。
召喚陣は現世の時よりも強力で、召喚されるスピードも桁違いになっている。
「プーパ、振り落とされないように捕まってて」
使い魔を牽制するため炎を吐いていたプーパは、睦月の言葉に口を閉じると、肩にしがみついた。
突如、足元に大きな亀裂が入った。
広々とした円盤が分裂し、床が盛り上がっていく。
崩れていく足場に気づいた使い魔たちは、互いに蹴落とし合いを始めた。
しかし、円盤が完全に無くなったことで、一匹残らず城下へと落ちていく。
「まさか足場を壊すなんて。なかなか大胆じゃない」
余裕の表情で口を開いたインヴィーは、睦月を見て笑みを深めている。
宙に浮かぶ睦月たちの足元に、壊れた円盤の欠片が集まりだした。
「これは自動修復なのよ。とは言え、召喚する度に落とされるのは面倒ね」
上空に、巨大な陣が現れた。
最初に見えたのは鉤爪だ。
鋭く尖った爪と、円盤の半分ほどもある体。
最後に現れた翼を広げると、睦月たちが立っている場所を覆い尽くしてしまいそうだった。
甲高い鳴き声を上げた魔獣は、睦月に向けて急降下してくる。
咄嗟に口元の魔法陣へ火を吹いたプーパは、炎で魔獣の翼に穴を空けた。
覆い被さるように落ちてくる巨体を避け、翼の穴からするりと抜け出た睦月は、落下していく魔獣の背を蹴り上空へ身を踊らせた。
「ありがとうプーパ」
「ふん! ゆだんはきんもつですよ!」
素直じゃないプーパの態度に、睦月の表情が僅かに緩む。
ふわりと髪を靡かせ、睦月は空中で姿勢を立て直した。
円盤に立つインヴィーと視線が合うも、見下される形が不快だったのだろう。
機嫌が急降下していくインヴィーの前で、使い魔は再び翼を広げた。
同じ手を使うほど、インヴィーは安直ではない。
睦月が空間能力を持っていることも、既に知っているはずだ。
それなら何故──。
違和感を覚える睦月の目に、使い魔が嘴を開くのが映った。
睦月が警告を口にするよりも早く、耳をつんざくような音が辺りに響き渡る。
超音波のように広がっていく音に反応し、毒の玉が破裂しだした。
観覧席にいたレインが不快そうに耳を抑え、ビベレがその場にひっくり返る。
降り注いでくる毒液を亜空間に仕舞い込む睦月の肩から、何かが滑り落ちる気配がした。
目を回したプーパが、地面に向けて落下していく。
手を伸ばした睦月の眼前に、毒でできた剣が振り下ろされた。
咄嗟に
剣を受け止めた際に飛び散った毒が、睦月の頬をじゅわりと焼いている。
落ちていくプーパを、インヴィーの使い魔が鉤爪で引っ掛けるのが見えた。
「レインの使い魔が気になる?」
艶やかに微笑んだインヴィーが、剣を押す力を強めてくる。
剣から流れ出した毒が、
煙を発しながら焼けていく腕を見て、インヴィーは恍惚とした表情を浮かべた。
「綺麗な手が
哀れむような声とは反対に、インヴィーは優越感に浸っている。
燃え盛っていた嫉妬の炎が、少しずつ鎮まっていくのを感じていた。
「もし負けを認めれば、レインの使い魔は助けてあげる。タイムリミットは……そうねぇ。ひよこちゃんの腕が腐り落ちるまで──とかどうかしら?」