不適な笑みを浮かべるアヴァリーは、正解とも不正解とも口にしない。
けれど、答えなんて聞かなくても一目瞭然だった。
「俺様とレインは同じ時期に生まれてな。悪魔ってのは、ある日魔界のどっかに湧いて、一人きりで育つ。面倒をみるやつはおろか、匿ってくれるやつもいねぇ。大抵の悪魔は、生まれたそばから魔獣の餌になってくのがおちだ」
地底湖の側を進みながら、アヴァリーの話に耳を傾ける。
「
赤子同然の悪魔は、生まれては死んでを繰り返す。
何度もやり直した結果、運良く成体になれた悪魔だけが、魔界を自由に歩くことができるのだろう。
「俺様も赤子の頃はちっぽけでよぉ。しょっちゅう食われかけながら、ようやく幼体になることができた。だが、これで一安心だと油断した俺様は、まんまと魔獣に腹を食い千切られちまった」
道案内として前を行くアヴァリーが、どんな顔をしているのか知ることはできない。
ただ、過去の記憶を語るアヴァリーの声は、少しだけ穏やかに聞こえた。
「またやり直しかと寝転がる俺様の近くを、同じ幼体の悪魔が通りがかった。そいつは何を思ったのか、隠れ家まで俺様を連れ帰り、傷の治療を始めたんだ」
アヴァリーを拾った悪魔は、魔獣を引き連れていたらしい。
魔獣にアヴァリーを運ばせると、負傷したアヴァリーを匿い治療までしてくれた。
他者を助けない悪魔にとって、その悪魔の行動はとても珍しく映ったことだろう。
「そいつが命令すれば、魔獣は素直に言うことをきいた。面白れぇ能力だったから興味が湧いてよぉ。しばらく一緒にいることにしたんだわ」
幼体から成体になるまで共に育った悪魔のことを、アヴァリーは特別に思っている。
「暗黒将は同僚みたいなもんだ。馴れ合うこともねぇが、他の悪魔よりも寛容に対応する。だから、俺様がグォーラの使い魔をつい消しちまった時も、グォーラが報復してくることはなかった」
地底湖が沸々とわいていく。
中にいた小型の魔獣が水面に浮かんでくるのをよそに、アヴァリーは驚くほど凪いだ声で話しかけてきた。
「なあ、嬢ちゃん。俺様にとってレインは、ちっとばかし異例でな。あいつを巻き込むのは勝手だが、今回は訳が違う。嬢ちゃんのせいで、あいつはインヴィーどころか、グォーラまで怒らせやがった」
立ち止まったアヴァリーが、こちらを振り返る。
「このまま魔王に会わせれば、割を食うのはレインだけだ。かと言って、インヴィーに差し出せば、魔王の意に反してでも嬢ちゃんを消そうとするだろうな」
「だったらどうするの?」
「片方だけなら俺様が何とかしてやれる。この場合、魔王の不興を買いそうなインヴィーを抑える方が、被害も少なくて済むって訳だ」
アヴァリーがインヴィーと出会わないよう協力していたのは、双方にとってメリットがあったからだ。
「俺様も、将二人を相手にするのは面倒だからよぉ。グォーラの方は──嬢ちゃんで何とかしてくれや」
地底湖の奥深くから、何かが急速に浮かび上がってきた。
青紫色の触手が水面を突き破り、辺りをぐねぐねと動き回る。
アヴァリーが水を煮えたぎらせたことで、棲家から追い出されたのだろう。
クラーケンを彷彿とさせる魔獣は、不機嫌そうな様子で壁や地面を叩いている。
「つまりアヴァリーは、私が魔王と会った後も、レインが無事でいられる方法を探してるってことね」
「随分と冷静だな。でもま、そういうこった」
アヴァリーはこう言いたいのだ。
自分を納得させる答えを寄越せと。
そうでなければ、このままグォーラの使い魔に身を捧げ、自らで怒りを収めろ──と。
「聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
問いかけの内容に、アヴァリーが探るような目を向けてくる。
意図が分からないまま答えを口にしたアヴァリーだったが、私の返した言葉を耳にするなり、笑い声を上げはじめた。
「おい嬢ちゃん! ここは魔界だぞ? いくら何でもそりゃ……面白すぎるだろ!」
正気かと笑うアヴァリーの後ろで、轟音が鳴り響く。
魔獣の触手が、一つ残らず切り落とされていた。
胴体から離れた後も、触手はびちびちと地面の上で跳ねている。
「あー、こんな笑ったのは久しぶりだぜ」
蔦の時に分かっていた。
空間能力は、魔界でも使えると。
湖の表面に姿を現した胴体から、黒い液体が噴き上がる。
血は通っていなくとも、墨は詰まっていたのだろう。
のた打ち回ることしか出来ない魔獣の胴体に近寄り、
消してしまえば後戻りはできない。
是非を問うため向けた視線の先で、アヴァリーのそれとかち合う。
アヴァリーが答えを口にした直後、振り下ろした