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ep.20 罠


 最も会いたくない悪魔の名前が出たことで、レインの雰囲気が尖っていく。


「……どういうつもりだアヴァリー。まさか、罠じゃないだろうな」


「ひでぇなぁレイン。旧友のために、わざわざ駆けつけてやったってのによ」


 疑いの眼差しを向けるレインに、アヴァリーは肩をすくめている。

 アヴァリーにとっては、同じ暗黒将であるインヴィーよりも、レインの方が大切なのだろうか。


 二人の様子を観察していると、アヴァリーはとある通路の前で立ち止まった。

 それぞれの通路には石像が飾られており、ここには蛇の像が置かれている。


「このへび、すこしびべれににていますね。ですが、びべれのほうがすごいです!」


「プーパ様……!」


 石像を見てそう話すプーパに、ビベレは感動で打ち震えている。


「何でこの道にしたんだ」


「そりゃ楽だからだろ」


 ちらりとビベレを見たアヴァリーは、そのまま通路を進んでいく。


 壁にべったりと魔力の痕跡が付着している。

 奥に進むほど濃くなっていく様は、通路というより、何かの通り道みたいだ。


「魔王城の地下は、迷路のように入り組んでる。それぞれの通路が、魔獣の棲家になってるんだ」


「もしかして、石像がヒントになってたりする?」


「察しがいいな、嬢ちゃん」


 各通路の前に置かれた石像は、動物のような形をしていた。

 キメラと言った方が近いのかもしれない。


「ここら一帯は、蛇型の魔獣の生息地でな。悪魔だろうと構わず呑み込む大喰らいばっかだぜ」


「貴族でも呑まれることがあるの?」


 魔王の城だけあり、地下には力のある魔獣が棲みついているのだろう。

 しかし、力のある悪魔しか訪れない場所で、そんな事故が起こり得るのだろうか。


「従者が呑まれたことはあるが、流石に貴族が呑まれたことは……数回くらいしかないな」


 あるんだ。


「貴族なら、この程度は問題にならねぇと思ってるんだよ。言わば、魔王様からの信頼の証ってやつだな」


 つまり、万が一にも何とかできないような悪魔は、貴族として相応しくないと言いたいのだろう。

 強さに重きを置く、悪魔ならではの選別方法だ。


「ま、今回はそいつが居るし、飢餓状態でもなけりゃ近づくことすらねぇだろうけどな」


 アヴァリーがこの道を選んだ理由が分かった。

 蛇の魔獣たちは、ビベレを恐れているのだ。

 同じ蛇型の悪魔でありながら、格上のビベレのことを。


「とりあえず、ここを抜けりゃ上まで転移できる。手間も省けて一石二鳥ってな」


 鼻歌でも奏でそうなアヴァリーの後ろを、レインは渋々といった様子で歩いている。

 不意に、アヴァリーが足を止めた。


「ああ、でも悪りぃ。一匹いたみてぇだわ」


 壁を突き破り、巨大な頭部が姿を現した。

 通路の幅ぎりぎりまで成長した大蛇は、口を開けたまま私たちを呑み込もうと迫ってくる。


「うるせぇんだよ。あいつにバレんだろうが」


 アヴァリーの手が、蛇の牙を掴む。

 体格の違いをものともせず、アヴァリーは掴んだ牙ごと蛇の頭を壁にめり込ませた。


 ぐしゃり──と、潰れるような音が鳴る。

 壊れた壁がばらばらと落ちる中、大蛇は一瞬で行動を停止させられた。


「頭を潰しときゃ、再生まで時間がかかんだろ。ったく、こいつのせいでインヴィーに気づかれちまったかもな」


 面倒くさそうに呟くアヴァリーだったが、突然ぐらりと揺れた地面に口を閉じる。

 四方にひびの入る音と共に、通路の天井が崩壊し始めた。


 私とレインを遮るように、大量の岩が降ってくる。

 互いに背後へ退避するも、今度は地面が崩れていく。

 足元に空いた穴から地下へと落ちていく中、瓦礫を隔てた先で、レインが何かを叫んでいるのが見えた。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 着地した場所には、地底湖が広がっていた。

 落ちてきた箇所を見上げるも、遥か先の穴は既に土や岩によって塞がれている。


 魔界では身体の自由が効きにくい。

 咄嗟にけたはいいものの、感覚の違いで穴までけることは出来なかった。


 水の垂れる音を聞きながら、鍾乳石の伸びる地底湖を散策する。

 まずはレインと合流する必要があるが、あいにく魔王城には詳しくない。


 しばらく道に迷う可能性もあったが、どうやらその心配は要らなくなったようだ。


「レインと居なくていいの?」


「やっぱ気づいてたみてぇだな」


 避けた空間から現れたアヴァリーは、何食わぬ顔でこちらを見ている。


「俺様がいねぇと困るかと思ってな。早いところ合流しねぇと、あいつが来るかもしんねぇし。そうなったら面倒だろ」


「アヴァリーは、同じ暗黒将よりレインを優先するんだね」


「何が言いてぇんだ?」


 初めはレインごと罠にはめる気かと疑いもしたが、アヴァリーはむしろ、レインとの距離を取りながら歩いていた。

 それでいて、常に私が視界に収まる位置を選んでいた。


「私と二人きりの状況を作るために、あえてレインを引き離したんでしょ?」



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