何着か予備を持っていたらしい。
服を着替えたレインは、落ち込むプーパを肩に乗せたまま、
「ここが入口?」
巨大な城を取り囲むように、城壁が建っていた。
平たい壁に扉などは設置されておらず、一見すると行き止まりのようだ。
レインが目の前の城壁に近づく。
不意に、重たい物が移動していく音が聞こえた。
城壁が左右にずれ、地下に続く階段が姿を現す。
「貴族専用の入口だ。離れると押し潰されるぞ」
「こんな場所まであるんだね」
「魔界は貴族主義だからな」
淡々と事実を語るレインも、そんな貴族の一員である。
強者が優遇される魔界において、貴族とは強者そのものを表す言葉だ。
そう考えると、レインが上司に負けたのは、本当に運が悪かったとしか言いようがないだろう。
「レインは、魔王になりたいとは思わないの?」
「……はぁ!?」
声を上げるレインに、何かおかしな事でも言ったかと首を傾げる。
「魔王になるってことは、下剋上を行うってことだぞ。昔は少しだけ考えたこともあったが……今は全く思わないな」
「どうして?」
「歴代の魔王の中で、今代の魔王は最強だからだ。現に、数十年から数百年ごとに変化していた魔王が、今の魔王に変わってからは三千年ほど経つ」
レインと共に階段を下りていく。
背後で通路が閉じていく気配を感じながら、レインの方に視線を向けた。
「強すぎるんだよ。それこそ、暗黒将でさえ下剋上をしなくなるくらいにはな。お前のところの上司と同じだ。あの悪魔はもう、化け物の域にいる。もしかしたら魔界にも、唯一の王が誕生するかもしれないな」
「そんなに強いんだ」
頻繁に行われていた下剋上が、今代の魔王になってからは止んでいる。
暗黒将は今でも、魔王の座を手にしたいはずだ。
しかし、そんな悪魔たちが揃って挑戦することもできないほど、今の魔王とやらは規格外なのだろう。
「そもそも、魔王になるためには、先に暗黒将へ上がる必要がある。将でもない僕が、考えることでもないんだよ」
「じゃあ、その暗黒将になりたいとは思わないの?」
階段を下りた先には開けた空間があった。
大広間と呼べる場所には、色々な石像が飾ってある。
いつになく
「それは──」
「よおレイン。随分と面白そうな話をしてるじゃねぇか」
目の前で空間が裂けていく。
褐色の肌とくすんだ白髪。
中から現れたアヴァリーは、三白眼を楽しげに歪めている。
「俺様にも教えてくれよ。昔からの仲だろ?」
「はっ。よく言うよ。暗黒将になって長いお前には、関係ない話だろ」
どうやら、アヴァリーは暗黒将の中でも長い方の悪魔に当たるらしい。
つれないなと言わんばかりの様子で眉を上げたアヴァリーは、私を見るなりにやりと笑みを浮かべてきた。
「グォーラの植物を破壊したのは嬢ちゃんだろ? 地面ごと割るなんて、派手にやったじゃねぇか」
「あまり時間がなかったので」
プーパが吐いたことを思い出したのだろう。
レインの顔が苦々しげに
「てっきり入れ替わってるのかと思ったが、気配は嬢ちゃんのままだな。──けどよ、俺様の勘がやけに警笛を鳴らしてくるんだわ。こいつは危険だ、ってな」
重さの増した空気に、警戒も強まっていく。
肩に乗っていたプーパが、レインに抱きつくのが見えた。
「……だったら、どうするつもりだ」
レインの言葉に、アヴァリーは「そうだなぁ」と呟いている。
「お前ら、魔王のところに行くんだろ? 俺様もついて行こうかと思ってな」
「は?」
思わぬ答えに、レインが硬まった。
いきなりの展開だが、アヴァリーの中では既に決定事項らしい。
こちらを向くと、「よろしくなー嬢ちゃん」と声をかけてくる。
「そんじゃ、早く行こうぜ。俺様はのろまが嫌いなんだ」
「あのなぁ……。というか、そっちは遠回りだぞ」
矛盾した行動を取るアヴァリーに、レインがため息をついた。
「ああ、そっちは止めた方がいいぜ。インヴィーが待ち伏せてるからな」