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ep.16 運の導き


「お前、魔王に会ったらどんな話をするつもりだ?」


「魔界から出たいって話だけど」


「何の見返りもなしに、出してくれるわけないだろ。今のお前は、魔王からすれば鴨が葱を背負ってやって来るようなものだぞ」


「たとえ方が可愛いね」


 さすが可愛いもの好き。

 私の返事に顔を歪めたレインは、聞いて損したと言うように視線を逸らしている。


「真面目な話をするなら、見返りはあるよ。ただ、魔王が乗ってくるかは五分五分ってところかな」


「半分は賭けの域だろ。まあ、僕はお前がどうなろうと誓約書さえ破棄できればいいけどな」


 鼻で笑うレインの後ろで、プーパが地面から生えた芽を突ついている。


「そういえば、何で僕の領地にいたんだ? お前をここに送ったのは、インヴィーの魔玩具アーティファクトだろ」


「理由は私も知らない。持ち主によって、送られる場所も変わる仕組みなの?」


魔玩具アーティファクトで繋げたゲートの先は、所有者の近くに繋がるようになってる。お前のように別の場所に落ちることもあるから、絶対ではないけどな」


 魔界は荒廃した土地ばかりかと思っていたが、そうでもないらしい。

 徐々に増える植物を、観察しながら進んでいく。


魔玩具アーティファクトは、所有する悪魔の力が強いほど効力も強くなる。引き込む対象が人間なら問題ないが、精霊なんかだとそれなりに力が必要だ。死神や天使なら尚更な」


「精霊も連れて来られることがあるんだ」


「実験用やら鑑賞用やら、あとは食用とかか……? 感覚的には、貴族の娯楽に近いのかもな」


 時間も富も有り余った結果だと話すレインは、私を見て何やら訝しげな顔をした。


「だから、死神が魔界に来るのは相当珍しい。お前がインヴィーを拒絶した結果、力が反発して別の場所に落ちたと考えるのが自然なんだろうが……。疑問なのは、何故僕の領地に落ちてきたかだ」


「偶然じゃないってこと?」


「いや、所有者の元を外れた場合、落ちる位置はランダムになる。それこそ運だな」


 運で場所が変わるのなら、レインのところに落ちたのも偶然だと思うのだが──。

 どうやらレインには、他にも気にかかる要素があるらしい。


「とは言え、僕の領地と魔王城にはかなりの距離がある。インヴィーの領地ともな。たとえ運だとしても、所有者と遠くなるほど確率は下がる仕組みなんだよ」


「つまり私は、SSRを引いたってことか」


「数値で言えばURだな」


 幼い頃、陽向がスマホゲームと呼ばれる類で遊んでいるのを見たことがある。

 試しに引いてみてと差し出された画面に指を当てると、虹色に発光したカードがずらりと並んでいく。


 唖然とした表情から一変、陽向は満面の笑みで抱きついてきた。

 その時の私は、どうして陽向がこんなにも喜んでいるのか分からず、ただ首を傾げていたものだ。


「とにかく、お前にも理由が分からないとすれば、相当運が良かったんだろうな」


 レインはそれ以上考えるのを止めたらしい。

 近づく魔王城を前に、憂鬱そうな顔をしている。

 ──運が良かった、か。


 自分でも運は良い方だと思う。

 おみくじでは大吉しか出たことがないし、くじ引きをすれば、一等か欲しい物ばかりが当たっていた。

 燕や時雨と出かけた時も、運の良さに驚かれたくらいだ。


 だとしても──本当に運だけで、ここまで都合よく進むものだろうか。

 晴れない思考のまま歩く私の背後で、突然プーパの悲鳴が上がった。


「びゃー! ごしゅじんー!」


「だから勝手に離れるなと言っただろ……!」


「プーパさまあああ!」


 周囲の植物が一斉に育ち始め、地面に亀裂が入っていく。

 蔦に巻き取られたプーパが宙吊りで暴れる中、レインは額に手を当て唸っていた。


 地面の下からウツボカズラのような植物が姿を現し、プーパを食べようとしているのが見える。


「ビベレ! 辺りの蔦を何とかしろ!」


「承知しましたレイン様!」


 ビベレの体が巨大化していく。

 大蛇となったビベレは取り囲む蔦を食い千切り、体内にある亜空間へと呑み込んでいる。


『石化しろ』


 レインの声に反応し、ウツボカズラの動きが止まった。

 鮮やかな色を無くしていくウツボカズラは、やがて灰色の石に姿を変えた。


「ごしゅじんー!」


 蔦が砕けたことで、拘束を逃れたプーパがレインにしがみつく。


「……グォーラの植物だ。近くにある物を無差別に取り込み、栄養に変えていく。まさかこんな所にまで生やしてるとはな」


 除去しても切りがない。

 次から次へと伸びてくる蔦は、岩陰にいた魔獣を突き刺すと、そのままウツボカズラの中に放り込んでいる。


 まるでジャングルかと疑うほど、気づけば辺りは蔦だらけになっていた。


「武器はあるのか」


「大丈夫。それより、どう対処すればいい?」


 印が使えない以上、死神之大鎌デスサイズを呼び出すことは不可能だ。

 けれど私には、扉の空間他の手段がある。


 昇格試験のため、練習を積んだ場所。

 転幽があれもこれもと詰め込んだ空間の他にも、武器のある扉は存在していた。


 夜空色のやいばが空を切る。


 黒と銀の縁取りが、流れ星のように光を放った。

 形は死神之大鎌デスサイズでありながら、普段のものとは一線を置く見た目。


 取り出した大鎌サイズを握り、私は目の前の植物を見上げた。



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