目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ep.15 色欲の悪魔


「……スーリアはむし使いだ。まぐわうってのをそのままの意味にとるなよ。はらわた食われて遊ばれたあげく、体内を巣にされるぞ」


「そうおっしゃらずに。私の蟲は優秀ですよ。媚薬の他に、痛覚遮断効果のあるものまで色々と揃えていますから。苦しみを感じず、最高の快楽を楽しむことができます」


 なるほど、想像にもモザイク処理が必要な光景だ。

 おそらくレインは、実際の惨状を見たことがあるのだろう。

 同じ悪魔が吐き気をもよおすレベルの色事とくれば、選択肢なんてあってないようなものである。


「死神は体温がないですから、きっと新しい蟲の育成にも役立つでしょうね」


「相変わらず悪趣味だな」


「なんとまあ。悪趣味だなんて。レインの方が、よほど悪魔らしくない嗜好しこうを持っているではないですか」


 嫌悪感を露わに吐き捨てたレインへ、スーリアは不思議そうな表情を浮かべている。


「能力よりも見た目の可愛いさを取るなんて、悪魔らしからぬ性質ですよ。それに比べ、私の蟲は能力に適した姿をしています。実に合理的な形ではないでしょうか」


 レインが可愛いもの好きだなんて驚き──でもないな。

 プーパやビベレだけでなく、レインの城にはファンシーな姿の悪魔が多かった。

 むしろ、納得する気持ちの方が大きいかもしれない。


「死神のお嬢さん。もし私の姿が気に入らないなら、性別を変えましょうか? 死神や天使は、好んだ相手と反対の性別を選ぶ傾向にあるようですから」


「反対の性別……?」


「なんとまあ。ご存知ないのですか。宝月が男ばかりなのは、以前の王が女神だったからですよ。反対に、太陽跡は女しかいません」


 死神が生前の記憶に基づき、性別を選ぶことは知っていた。

 しかし、高位になるほど人間味は薄れていくため、性別へのこだわりも無くなっていく。


 思えば、出会った月は全員男性の姿をしていた。

 太陽跡はどちらも女性。

 死界で会った王の側近も、全員女性の姿をしている。


 いくら高位の神が性別に拘らないとしても、こんなに揃うことはないはずだ。

 そう考えると、スーリアの話は辻褄が合っている。


「申し出はありがたいけど、好みじゃないのでお断りします」


 スーリアは綺麗だ。

 肉体的な色気というより、内側から滲み出るような魅力がある。

 ──でも、好みではない。


 別に男女どちらの姿であろうと、好みは好みだ。

 変わることはない。

 つまり、逆もまた然りという訳で──。


「僕は今、お前のことを少しだけ見直した」


 レインが賞賛の込もった視線を向けてくる中、スーリアは大して気にした様子もなく、「そうですか」と口にした。


「適当に人間でも誘惑してきます。気が変わった際は、いつでも声をかけてください」


「絶対にないから早く行け」


「なんとまあ。強情ですね」


 かけていた眼鏡を下にずらすと、スーリアはレインを見て微笑んだ。


「それではまた」


 戦いよりも色事に興味があると聞いていた通り、スーリアが何かを仕掛けてくることはなかった。

 スーリアのいた場所を睨みながら、レインは「またなんてない」と溢している。


「はあ、とりあえず進むぞ」


 げんなりした様子のレインが、プーパを腕に抱えた。

 そのまま乱雑に撫で回すも、プーパは嬉しそうな顔で受け入れている。


「思ってたよりも優しかったね」


「……お前の感性、どうなってるんだ?」


 隣から不可解な物を見るような視線が突き刺さる中、魔王のいる城へと再び足を進める。


 私が優しいと言ったのは、何も態度についてではない。

 スーリアが私に向ける目は、欲こそあれど無機質だった。

 けれど、レインの時は違う。

 はっきりと色が灯っていたのだ。


 もしかすると、大人しく去ったのもレインがいたからでは──?


 そんな事を考えているとは露知らず、レインはプーパの頬を何度も横に引っ張っていた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?