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ep.14 魔王領


 魔王の住む城には、暗黒将も滞在している。

 爵位を持つ悪魔は広大な領地を有しているが、側近でもある暗黒将は、魔王の傍にいることが多いようだった。


「いいかお前ら。ここから先は、勝手に僕の近くを離れるなよ」


「はいごしゅじん!」


「もちろんですレイン様!」


 威勢の良い返事が聞こえるも、レインは何とも言えない顔でプーパたちを見ている。


「話を整理するぞ。暗黒将の中で一番なのはディアだ。あいつは気力がない上、面倒くさがりだから、こっちから仕掛けない限り何かしてくる可能性は低い」


 レインが言っているのは、力の強さではなく、あくまで遭遇しても問題になりにくい悪魔の話だ。

 真剣な表情で耳を傾けるプーパたちを横目に、見えてきた城の外観を眺める。


「次にましなのはスーリアだな。あいつは戦いよりも、色事に興味がある。気色悪いが、他に比べればましな方だ。アヴァリーも……まあましか」


「アヴァリーって、魔王の命令で私を連れにきた悪魔だよね」


「そういえば、お前あいつと会ってたな」


 現世で顔を合わせた時は、割と好戦的なイメージだった。

 転幽に交代した後も、本気で戦いたいからという理由で、魔界に誘われていたくらいだ。


「あいつはああ見えて自制が効いてる。魔王の思惑が絡んでる以上、出会って速攻仕掛けてくる、なんてことにはならないはずだ」


「ごしゅじんは、こうしゃくさまとおさななじみなんですよ!」


 えへんと胸を張るプーパは、自分のことのように誇らしげだ。

 隣で何度も頷くビベレを見ても、レインが部下から慕われているのは明らかだった。


「生まれたタイミングが同じだっただけだ」


 苦虫を噛み潰したような顔で呟いたレインは、話の続きを語っていく。


「とにかく、避けた方がいいのはイーラとグォーラだな。イーラは沸点が低すぎるし、グォーラに至っては何でも取り込もうとしてくる」


「つまり、会ったら戦闘になる可能性が高いってことだね」


「そうだ。だから、見かけた時点ですぐに退避しろ。あいつらに話し合いは不可能だからな」


 既にげんなりした様子のレインは、眉間の辺りを指で揉んでいる。

 ここまでで挙がった名前は五つ。

 残る一つは、私もよく知る悪魔のものだ。


「インヴィーはどうするの?」


「あいつは退避しようが、地の果てまで追ってくるから無駄だ」


 どうやら、レインが最も会いたくない存在はインヴィーらしい。

 徐々に大きくなる魔王城に対し、レインの気分は急降下しているようだ。


「なにかあれば、ぷーぱたちがごしゅじんをおまもりします!」


「そうですレイン様! わたくしたちが付いております!」


 レインを元気づけるプーパたちだが、これから遭遇する可能性があるのは、魔王に次ぐ実力の悪魔である。

 他の配下に城を任せると、レインはプーパとビベレだけを連れて領地から出た。


 見た目だけで言うなら、黒い羊のぬいぐるみと蛇だ。

 どう見ても強そうには思えない容姿だが、外見と中身が一致しないのは、何も死神だけの話ではない。


「言っとくが、戦闘になったらお前も手伝えよ。暗黒将相手に守られてるだけなんて、アンコウの提灯しか見えていない魚ほど愚かだからな」


「分かってる。心配しなくても、私も戦うつもりだよ」


 レインに護衛を頼んだおかげで、魔王の領地まで迷うことなく辿り着けた。

 爵位持ちの悪魔というのは、かなり優遇されているらしい。


 道すがら他の悪魔を見かけることはあったものの、隣にレインがいるため、近づいてくることはなかった。

 魔王領の手前までは、レインが用意した魔獣の馬車に乗ってきたが、ここから先は魔王の領地だ。


 暗黒将と遭遇しないよう、目立つ行動は控える必要がある。

 そういった理由もあり、今は馬車で話したことを整理しながら歩いているのだが──。


 正直、ここまでは驚くほど順調だった。

 そう、ここまでは。


「なんとまあ。レインではありませんか」


「……スーリア」


 スーリアとは、レインがディアの次にましだと言っていた暗黒将の名だ。

 すらりとした体躯の女性は眼鏡をかけており、口元にほくろがある。


 内側から溢れた色気が、こちらまで漂ってくるような悪魔だった。


「ようやく私とまぐわう気になってくれたんですか」


「断じて違う」


 鳥肌が立ちそうな様子のレインは、スーリアの言葉に被せる勢いで否定を口にした。

 がっかりした雰囲気のスーリアが、私の方に視線を移してくる。


「なんとまあ。死神ではないですか。私、一度死神ともまぐわってみたかったんですよ」


「……おえ」


「大丈夫?」


 誘われている私ではなく、何故かレインの方が打撃を受けていた。

 吐き気を催すレインの背中を、プーパが一生懸命撫でている。



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