魔王の住む城には、暗黒将も滞在している。
爵位を持つ悪魔は広大な領地を有しているが、側近でもある暗黒将は、魔王の傍にいることが多いようだった。
「いいかお前ら。ここから先は、勝手に僕の近くを離れるなよ」
「はいごしゅじん!」
「もちろんですレイン様!」
威勢の良い返事が聞こえるも、レインは何とも言えない顔でプーパたちを見ている。
「話を整理するぞ。暗黒将の中で一番
レインが言っているのは、力の強さではなく、あくまで遭遇しても問題になりにくい悪魔の話だ。
真剣な表情で耳を傾けるプーパたちを横目に、見えてきた城の外観を眺める。
「次にましなのはスーリアだな。あいつは戦いよりも、色事に興味がある。気色悪いが、他に比べればましな方だ。アヴァリーも……まあましか」
「アヴァリーって、魔王の命令で私を連れにきた悪魔だよね」
「そういえば、お前あいつと会ってたな」
現世で顔を合わせた時は、割と好戦的なイメージだった。
転幽に交代した後も、本気で戦いたいからという理由で、魔界に誘われていたくらいだ。
「あいつはああ見えて自制が効いてる。魔王の思惑が絡んでる以上、出会って速攻仕掛けてくる、なんてことにはならないはずだ」
「ごしゅじんは、こうしゃくさまとおさななじみなんですよ!」
えへんと胸を張るプーパは、自分のことのように誇らしげだ。
隣で何度も頷くビベレを見ても、レインが部下から慕われているのは明らかだった。
「生まれたタイミングが同じだっただけだ」
苦虫を噛み潰したような顔で呟いたレインは、話の続きを語っていく。
「とにかく、避けた方がいいのはイーラとグォーラだな。イーラは沸点が低すぎるし、グォーラに至っては何でも取り込もうとしてくる」
「つまり、会ったら戦闘になる可能性が高いってことだね」
「そうだ。だから、見かけた時点ですぐに退避しろ。あいつらに話し合いは不可能だからな」
既にげんなりした様子のレインは、眉間の辺りを指で揉んでいる。
ここまでで挙がった名前は五つ。
残る一つは、私もよく知る悪魔のものだ。
「インヴィーはどうするの?」
「あいつは退避しようが、地の果てまで追ってくるから無駄だ」
どうやら、レインが最も会いたくない存在はインヴィーらしい。
徐々に大きくなる魔王城に対し、レインの気分は急降下しているようだ。
「なにかあれば、ぷーぱたちがごしゅじんをおまもりします!」
「そうですレイン様! わたくしたちが付いております!」
レインを元気づけるプーパたちだが、これから遭遇する可能性があるのは、魔王に次ぐ実力の悪魔である。
他の配下に城を任せると、レインはプーパとビベレだけを連れて領地から出た。
見た目だけで言うなら、黒い羊のぬいぐるみと蛇だ。
どう見ても強そうには思えない容姿だが、外見と中身が一致しないのは、何も死神だけの話ではない。
「言っとくが、戦闘になったらお前も手伝えよ。暗黒将相手に守られてるだけなんて、アンコウの提灯しか見えていない魚ほど愚かだからな」
「分かってる。心配しなくても、私も戦うつもりだよ」
レインに護衛を頼んだおかげで、魔王の領地まで迷うことなく辿り着けた。
爵位持ちの悪魔というのは、かなり優遇されているらしい。
道すがら他の悪魔を見かけることはあったものの、隣にレインがいるため、近づいてくることはなかった。
魔王領の手前までは、レインが用意した魔獣の馬車に乗ってきたが、ここから先は魔王の領地だ。
暗黒将と遭遇しないよう、目立つ行動は控える必要がある。
そういった理由もあり、今は馬車で話したことを整理しながら歩いているのだが──。
正直、ここまでは驚くほど順調だった。
そう、ここまでは。
「なんとまあ。レインではありませんか」
「……スーリア」
スーリアとは、レインがディアの次にましだと言っていた暗黒将の名だ。
すらりとした体躯の女性は眼鏡をかけており、口元にほくろがある。
内側から溢れた色気が、こちらまで漂ってくるような悪魔だった。
「ようやく私とまぐわう気になってくれたんですか」
「断じて違う」
鳥肌が立ちそうな様子のレインは、スーリアの言葉に被せる勢いで否定を口にした。
がっかりした雰囲気のスーリアが、私の方に視線を移してくる。
「なんとまあ。死神ではないですか。私、一度死神ともまぐわってみたかったんですよ」
「……おえ」
「大丈夫?」
誘われている私ではなく、何故かレインの方が打撃を受けていた。
吐き気を催すレインの背中を、プーパが一生懸命撫でている。