誓約書を破棄させるのは、レインにとってかなり重要なことだ。
このめちゃくちゃな誓約のせいで、レインは何度も苦行を味わってきた。
正直、喉から手が出るほど魅力的な要求である。
──ただし、相手にするのが暗黒将でなければの話にはなるのだが。
悪魔は実力差があっても、
というより、
どんなに消し炭にしようと、悪魔同士の戦闘では核が残ってしまう。
死神や天使が悪魔にとって天敵たり得るのは、神性力があるからだ。
神々が支配する宇宙で自然発生した魔界──及び悪魔にとって、神性力は相反する力だった。
そして、
しかし、そんな魔界にも例外はいる。
魔王だ。
魔王は、全ての悪魔の核を破壊する権利を持っていた。
悪魔とは利己主義で、力こそ全ての存在。
魔王の側近は全部で六席あり、この座を手にした悪魔は、魔王に対して下剋上を行うことができた。
成功すれば魔王になれるとあって、挑戦する悪魔は後を経たない。
しかし、失敗した悪魔は核を砕かれ、存在を完全に消されてしまうのだ。
ここで話を戻そう。
レインに護衛を依頼しているのは、暗黒将から恨みを買った死神である。
暗黒将とはつまり、次代の魔王になるかもしれない悪魔たちだ。
もし、目の前の死神を魔王の元に送り届けることが出来たとして、それからどうなるのか。
万が一インヴィーが魔王にでもなった暁には、間違いなく今回のことを理由に、レインは核を砕かれてしまうだろう。
そうすれば、誓約書云々など言ってられなくなる。
最初から断る一択しかないのだ。
──そう、断るしか……。
レインの目に、プーパたちの姿が映る。
心配そうに主を見守る部下たちの顔は、同じ悪魔とは思えないみっともなさをしていた。
「……ああくそっ!」
突然大声を上げて席を立ったレインを、プーパたちが焦った様子で宥めている。
「おいそこの死神! 本当に魔王の元まで送り届ければ、誓約書を破棄するんだな!?」
「約束します」
損だ。
レインにとっては損にしかならない。
それでも──利己的な悪魔には珍しく、レインは部下を大切に思っていた。
「魔王と会った後にお前がどうなろうと、僕には関係ない。送り届けた時点で、誓約書は必ず破棄しろ。いいな?」
「はい」
表情一つ崩さない睦月を見て、レインの口から唸り声が漏れていく。
「クソほど気に食わない。気に食わないが……」
ぐしゃりと髪をかき上げると、レインはプーパたちの方を向いた。
「プーパ、ビベレ。準備しろ。魔王のところへ向かうぞ」
「はいごしゅじん!」
「すぐに支度して参ります!」
慌ただしく去っていくプーパたちに、レインの眉間の皺が薄れる。
付いてくるよう合図をしたレインは、睦月を城の別室へと連れて行った。
◆ ◆ ◇ ◇
部屋中に、色々な物が飾ってある。
どれも何らかの効果が込められているようで、周囲には異様な空気が漂っていた。
「これも
「あんなのが幾つもあってたまるか」
嫌そうに吐き出したレインは、楽譜スタンドに似た作りの物に近寄っていく。
「魔界から出る時は、魔王の許可が必要だと言っただろ。悪魔は位が高いほど自由に魔界から出られる。それは戻る時も変わらない。だが、悪魔以外なら話は別だ」
スタンドに置いてある楽譜を手にすると、レインは何かを書き始めた。
「
「たしか、貴族しか持ってないんだよね」
「そうだ。僕たち力のある悪魔は、爵位を得ると同時に魔王から
楽譜を書き終えたレインが、睦月に確認するよう手渡してくる。
魔王の元に着いた時点で誓約書を破棄すること。
道中で負った怪我は、致命的なもの以外違反に当たらないこと。
相手から攻撃された場合を除き、レインの配下には決して手を出さないこと。
読み終えた睦月は、名前を記入すると、楽譜をレインに返している。
「だから私を狙ってたんだね」
「ハッ、当たり前だろ。言っとくけどな、あれは死神なんかじゃない。化物だ。近くにちょうどいい死神がいるのに、あんなの狙うわけがないだろ」
「そもそも連れ込めるほどの力もないしね」
「お前……割と毒吐くな」
手元から楽譜状の契約書を消すと、レインは心底憂鬱そうなため息を吐いた。
そして、城下で待つプーパたちの元へ足を進める。
契約した以上は、最後までやるしかない。
自分の性格に嫌気が差しながらも、レインは部下たちを思い、もう一度深いため息を吐いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「さっきから思ってたんだけど」
「なんだよ」
「話し方、そっちの方が合ってると思うよ」
「僕は今、お前と契約したことを最高に後悔してる」