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ep.13 敵の敵は


 誓約書を破棄させるのは、レインにとってかなり重要なことだ。

 このめちゃくちゃな誓約のせいで、レインは何度も苦行を味わってきた。


 正直、喉から手が出るほど魅力的な要求である。

 ──ただし、相手にするのが暗黒将でなければの話にはなるのだが。


 悪魔は実力差があっても、コアを壊すことまではしない。

 というより、のだ。


 どんなに消し炭にしようと、悪魔同士の戦闘では核が残ってしまう。

 死神や天使が悪魔にとって天敵たり得るのは、神性力があるからだ。


 神々が支配する宇宙で自然発生した魔界──及び悪魔にとって、神性力は相反する力だった。

 そして、いとうものでもある。


 しかし、そんな魔界にも例外はいる。

 魔王だ。

 魔王は、全ての悪魔の核を破壊する権利を持っていた。


 悪魔とは利己主義で、力こそ全ての存在。

 魔王の側近は全部で六席あり、この座を手にした悪魔は、魔王に対して下剋上を行うことができた。


 成功すれば魔王になれるとあって、挑戦する悪魔は後を経たない。

 しかし、失敗した悪魔は核を砕かれ、存在を完全に消されてしまうのだ。


 ここで話を戻そう。

 レインに護衛を依頼しているのは、暗黒将から恨みを買った死神である。


 暗黒将とはつまり、次代の魔王になるかもしれない悪魔たちだ。

 もし、目の前の死神を魔王の元に送り届けることが出来たとして、それからどうなるのか。


 万が一インヴィーが魔王にでもなった暁には、間違いなく今回のことを理由に、レインは核を砕かれてしまうだろう。

 そうすれば、誓約書云々など言ってられなくなる。

 最初から断る一択しかないのだ。


 ──そう、断るしか……。


 レインの目に、プーパたちの姿が映る。

 心配そうに主を見守る部下たちの顔は、同じ悪魔とは思えないみっともなさをしていた。


「……ああくそっ!」


 突然大声を上げて席を立ったレインを、プーパたちが焦った様子で宥めている。


「おいそこの死神! 本当に魔王の元まで送り届ければ、誓約書を破棄するんだな!?」


「約束します」


 損だ。

 レインにとっては損にしかならない。

 それでも──利己的な悪魔には珍しく、レインは部下を大切に思っていた。


「魔王と会った後にお前がどうなろうと、僕には関係ない。送り届けた時点で、誓約書は必ず破棄しろ。いいな?」


「はい」


 表情一つ崩さない睦月を見て、レインの口から唸り声が漏れていく。


「クソほど気に食わない。気に食わないが……」


 ぐしゃりと髪をかき上げると、レインはプーパたちの方を向いた。


「プーパ、ビベレ。準備しろ。魔王のところへ向かうぞ」


「はいごしゅじん!」


「すぐに支度して参ります!」


 慌ただしく去っていくプーパたちに、レインの眉間の皺が薄れる。

 付いてくるよう合図をしたレインは、睦月を城の別室へと連れて行った。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 部屋中に、色々な物が飾ってある。

 どれも何らかの効果が込められているようで、周囲には異様な空気が漂っていた。


「これも魔玩具アーティファクト?」


「あんなのが幾つもあってたまるか」


 嫌そうに吐き出したレインは、楽譜スタンドに似た作りの物に近寄っていく。


「魔界から出る時は、魔王の許可が必要だと言っただろ。悪魔は位が高いほど自由に魔界から出られる。それは戻る時も変わらない。だが、悪魔以外なら話は別だ」


 スタンドに置いてある楽譜を手にすると、レインは何かを書き始めた。


魔玩具アーティファクトは、悪魔以外も通れるゲートを開くことができる。魔王の許可を必要とせず、魔界に直接繋ぐことが可能な代物だ。言い換えれば、魔玩具アーティファクト自体が許可証みたいなものなんだよ」


「たしか、貴族しか持ってないんだよね」


「そうだ。僕たち力のある悪魔は、爵位を得ると同時に魔王から魔玩具アーティファクトを贈られる。そこに自分の力を上乗せすることで、威力は変わったりもするけどな」


 楽譜を書き終えたレインが、睦月に確認するよう手渡してくる。


 魔王の元に着いた時点で誓約書を破棄すること。

 道中で負った怪我は、致命的なもの以外違反に当たらないこと。

 相手から攻撃された場合を除き、レインの配下には決して手を出さないこと。


 読み終えた睦月は、名前を記入すると、楽譜をレインに返している。


「だから私を狙ってたんだね」


「ハッ、当たり前だろ。言っとくけどな、あれは死神なんかじゃない。化物だ。近くにちょうどいい死神がいるのに、あんなの狙うわけがないだろ」


「そもそも連れ込めるほどの力もないしね」


「お前……割と毒吐くな」


 手元から楽譜状の契約書を消すと、レインは心底憂鬱そうなため息を吐いた。

 そして、城下で待つプーパたちの元へ足を進める。


 契約した以上は、最後までやるしかない。

 自分の性格に嫌気が差しながらも、レインは部下たちを思い、もう一度深いため息を吐いた。




 ◆ ◇ ◆ ◇




「さっきから思ってたんだけど」


「なんだよ」


「話し方、そっちの方が合ってると思うよ」


「僕は今、お前と契約したことを最高に後悔してる」



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