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ep.12 魔界と誓約


「ま、まさかわたくしたちを追ってここまで……!?」


「ぷーぱたちをどうするきだ! このあくまめ!」


 目の前で叫ぶプーパたちを無視して、周囲の探索を続ける。

 背後で何やら騒いでいたが、誓約書があるため危害を加えられる心配はないだろう──と、思っていたのだが。


 突然の落雷に足を止める。

 ぷすぷすと煙を上げながら硬直するプーパの隣には、同じく煙を上げて転がるビベレがいた。


「こりないね」


「せいやくしょをたてにするとは! ひれつなやつめ!」


「……プーパ様、戻りましょう。レイン様がお怒りかもしれません」


 蛇に顔色があるなら、きっと真っ青だっただろう。

 主の名を耳にして、プーパも焦った様子を見せ始める。


「くっ! おまえのせいでごしゅじんまでひどいめに!」


 見た目がぬいぐるみのせいか、悪魔としての迫力が全く感じられない。

 不服ながらも引き返そうとするプーパたちを、私の方から呼び止めた。


「前に君たちが現世にいたのは、私を魔界へ連れていくためだったんだよね?」


「何故おまえのような死神に、そんなことを教えなければならないのです」


「そうだそうだ! もっといってやるのですびべれ!」


 そっぽを向き悪態をつくビベレを、プーパが応援している。


「私いま、魔界にいるんだけど」


「……はっ!」


 衝撃でぽかんと口を開けたプーパは、ビベレと顔を見合わせ、こそこそ相談を始めた。


 これはチャンスだとか、レイン様がお喜びに、とかなんとか聞こえてくるが、誓約書という言葉が出たことでぴたりと話が止む。


「わなをしかけるなんてひれつな! ぷーぱたちはだまされないぞ!」


「その通りです。わたくしたちが油断したところで、さっくりやってしまう計画なのでしょう!」


「私が魔界を出るまで、お互いに手は出さない。そっちから危害を加えない限り、誓約書による罰を受けることもない。これならどう?」


 睦月わたしが許可した場合のみ、その範囲の誓約は無効化される。


 この誓約書を結ぶ際、上司が誓約者あくまに対して追加した条件だ。

 出現させた誓約書を手に、条件の緩和を提案する私を見て、プーパたちは戸惑っているようだった。


「悪いようにはしないから、君たちの主の元に案内してくれる?」




 ◆ ◆ ◇ ◇




 魔界の一角。

 悪魔伯爵レインの住む城では、ざわめきが起こっていた。


 魔界に死神がいるだけでなく、わざわざレインを訪ねてきたとあっては、騒ぎになるのも仕方ないだろう。

 プーパが捉えたとの噂も出回っていたが、実際に死神の姿を見た悪魔は、一様に首を振っていた。


「僕に何の用かな」


 紳士の皮を張り付けた悪魔が、柔らかな物腰で話しかけてくる。

 城の一室に案内された睦月は、長方形のテーブルに腰掛け、対面した悪魔の顔を真っ直ぐ見返していた。


「君が魔界にいるなんて驚いたよ」


「私も驚きました」


「ハハ、全くそうは見えないけどな」


 微笑みを絶やさず会話するレインだが、所々に棘が感じられる。

 内側では憎悪の燃えるレインに対し、睦月の表情からは何も読み取ることができない。


魔玩具アーティファクトについて聞いてみたくて。魔界から出る手段としても使えるのかどうか」


「僕が答えてやるとでも思っているのかい?」


 視線を交わす睦月とレインの間で、プーパたちが硬まっている。

 レインの近くに座ったプーパとビベレだったが、周囲を取り巻く異様な空気を感じ、沈黙を貫くことに決めたらしい。


「答えますよ。あなたにとって、私が魔界ここに残ることは不利にしかならないですから」


「はっ、知らないのか? 誓約書は一方が消えれば白紙になる。聞くところによると、君はインヴィーを怒らせたようじゃないか。ここは魔界だ。現世とは訳が違う。つまり僕は、君が暗黒将に消されるまで、高みの見物で待っていればいいってことさ」


 嘲笑するレインを、睦月はただ静観している。


「私が消される可能性は限りなく0です」


「どうしてそんな事が言えるんだ?」


 自信過剰だとため息を吐くレインに向けて、睦月は爆弾にも等しい言葉を口にした。


「私が魔界に送られた原因に、魔王も絡んでいるからです」


「……その話をどこから聞いた」


「情報通の死神がいるんですよ」


 真っ白な死神を思い、睦月の口元に仄かな笑みが浮かぶ。

 動揺から化けの皮が剥がれつつあるレインは、目の前の存在に違和感を抱き始めた。


「死界の王は、私を始末することなく厄介払いしたいみたいです。でも、死界に置き続けるにはリスクが大きい。そんな時、魔王が私を欲しがっていることを知った」


 緊張を誤魔化すように固唾を呑む。

 ──なにもかも。そうだ、何もかもが違う。

 目の前の死神が以前とはだと、レインはもう気づいてしまった。


「王からしてみれば、私が存在さえしていればいいんです。利害が一致したんですよ。手元に置きたがっている魔王と、私を追い出したがっている死神王。だからインヴィーは、魔王との仲介役として魔界に戻ることができた」


 一言も発することができない。

 レインの既視感が、徐々に強まっていく。


「もし私が魔界に残れば、誓約書の効果も残り続けます。そして魔界には、現世とは比べ物にならないほどの悪魔がいる。その中には、あなたの部下も数多くいるはずですよね」


 似ている。

 レインを完膚なきまでに叩きのめした──に。


「そうなれば何が起こるかなんて、言わなくても分かるのでは?」


「……魔界から出る際に、魔玩具アーティファクトは使えない。魔界は、魔王の力によって支配された世界だ。許可がなければ出られない」


 屈辱か恐怖か。

 レイン自身、湧き上がった感情が何なのか分からないでいた。


「つまり、魔界から出るためには、どのみち魔王と会う必要があるんですね」


 睦月の視線が突き刺さる。

 嫌な予感がして、レインは口早に言葉を発した。


「僕が暗黒将を呼んでやる。それなら魔王とも会えるはずだ」


「それって、何も起こらずに会えると思いますか?」


 ──無理だろうな。


 悪魔は血の気が盛んだ。

 血液なんてものは通っていないのに、三界の中で最も争いを好んでいる。

 暗黒将など、考えるまでもないことだった。


 暗黒将かれらが目の前の死神と会って、すんなり魔王のところまで案内するはずがない。

 レインはその事実を、嫌というほど知っていた。


「それで、提案なんですけど」


「嫌だ」


「まだ何も言ってません」


「言われなくても嫌だ」


「魔王のところまで、安全に案内して欲しいんです」


「だから嫌だって……は?」


 嫌な予感なんて生優しいものではない。

 睦月の言葉を整理するなら、同族あくまを相手に、レインを護衛として協力させたいということだ。


「相手に暗黒将もいるんだぞ! 僕に自滅行為を望んでるのか!? だいたい、それで僕に何の得が──」


「誓約書を破棄します」


「……いま、なんて言った」


 一瞬、耳を疑った。


「無事に魔王と会うことができたら、誓約書を白紙に戻すと言いました」



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