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ep.11 魔玩具


 以前、上司は未来視が制限されていると言っていた。

 まさか、上司が死界ここに残る代わりに要求されたものって──。


 背後に気配を感じ振り向く。

 幽霊のようにふわふわ浮きながら、眠たげに瞼を擦った少女は、睦月に気がつくと大きく目を開いている。


「誰……」


 魂だけの少女──睡蓮は、睦月が台座の前にいるのを見て怒りを露わにした。


「……どこから入ったの」


 睡蓮の怒りに呼応するように、台座の周りに刻まれた陣が強く発光していく。

 軋むような音が響き、部屋の形が変わりだした。


 陣から表れた荊が台座を囲み、黒曜石のように硬化している。

 台座を守ると共に、スライドした壁から鎧を纏った騎士が現れた。


 巨人のように大きな体躯をした騎士は、睦月を排除しようと轟音を立てて迫ってくる。


「こいつは危ない……。消すしか──」


「これ黄花、早まるでない」


 暗がりから真っ赤な扇子が覗く。

 睡蓮を宥めたヘデラは、扇子で口元を隠しながら、睦月の方をまじまじと見つめた。


「なるほどのう。あの赤花が冷静さを失うわけじゃ」


 ヘデラの表情に陰りが差す。

 含みのある笑みを浮かべると、ヘデラは手の上に菱形状のアンティークを出現させた。


「生贄の可能性が高い以上、消すわけにはいかぬ。じゃが、このまま死界ここに置いておくわけにもいかぬからのう」


「……それはなに?」


「例の駒を魔界へ返す代わりに手に入れたものじゃよ」


 怪しげに笑うヘデラの手の上で、アンティークがくるくると回転を始める。


「のうそなた、これが何か分かるかえ?」


 睦月に向けて問いかけたヘデラは、沈黙を貫く睦月を見て笑みを深めていく。


「三界とは、王の支配する世界じゃ。死界には死神、天界には天使、魔界には悪魔しか入ることができぬようになっておる。無論、王の許可を得れば入ることは可能じゃが、力は大幅に制限されよう」


 高速で回転するアンティークから、異様な光が溢れ出している。

 突然、ヘデラがアンティークを投げた。

 空で弾けた欠片が、睦月を取り囲むように降ってくる。


「ただし、一つだけ例外があってのう。魔界には貴族と呼ばれる悪魔たちがおる。あやつらは、他の世界のものを魔界へと連れ込める魔玩具アーティファクトを所持しておるのじゃ」


 印が起動しないため、死神之大鎌デスサイズを呼び出すこともできない。

 砕けた欠片が連結し、睦月の動きを封じていくのを、ヘデラは楽しそうに眺めていた。


「暗黒将の物ともなれば、効果は言うまでもなかろうて。心配せずとも消されはせぬよ。──せいぜい、魔界で可愛がってもらうがよかろう」


 魔界へのゲートが開き、強制的な力によって引き込まれていく。

 睦月の姿がゲートの向こうに消えたのを見届けると、ヘデラは扇子を閉じ、隣を浮遊する睡蓮の方を見た。


 ヘデラの意図を汲み取った睡蓮が、部屋の形を元に戻していく。

 騎士が壁に並び、台座を囲っていた荊が解けた。


 台座の上に置かれたケースには、球体が二つ浮かんでいる。

 確認を終えた睡蓮が、問題はないと言うように首を振った。


「ご苦労じゃったのう、黄花」


「うん。……でも、どうして入れたのか分からない」


「身体の一部が持ち主を呼び寄せることはあろう。じゃが、よりによって何故あの死神が……」


 球体の中では紅が渦巻いている。


「最後まで焦りもせぬとは。ほんに、可愛げのない死神じゃったのう」


 ヘデラの呟きに、睡蓮が心の中で同意を返す。


 紅に背を向けたヘデラは、睡蓮と共に台座の間を後にした。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 びっくりした。


 まさか、魔界に送られるとは思わなかった。

 薄暗い空には、太陽も月も浮かんでいない。

 曇天のようにすっきりしない空が、ただ広がっているだけだ。


 魔界の空気は死界のものと異なり、どこか澱んでいるような重さがある。

 印は起動せず、得体の知れない力によって身体の自由が効きにくくなっているのを感じた。


 力が大幅に制限されると言っていたが、少々厄介かもしれない。

 服についた土埃を払い、辺りを見回す。


 魔界に現世のような規則ルールはない。

 加えて、ここは悪魔の世界。

 悪魔が自由に力を使える世界だ。


 死界へのゲートを開こうとしても弾かれる。

 空間能力で無理矢理という手もあるが、成功する保証はないため、あくまで最終手段だろう。


 服の裾が破れていたが、自動修復によって綺麗な形に戻っていた。

 威吹の作ってくれた服のおかげで、身体に大した傷も見当たらない。


 死界に戻れたら、別の服もお願いしてみようかな。

 なんてことを考えながら、適当に辺りを散策していく。

 不意に見知った気配を感じ、その場で足を止めた。


「……ぷっ、プーパさまああああ!!」


「うるさいですよびべれ! いったいどうしたんで──」


 黒い羊のぬいぐるみと、同じく黒い色をした蛇の悪魔。


 そこには、私を見て硬まるプーパとビベレがいた。



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