死界に戻るなり、こちらに向かって駆けてくるミントが見えた。
「ミント? どうしてここに?」
「情報阻害があった影響で、状況が掴みきれてなくてさ。心配でここまで来ちゃったってわけ」
私と霜月を見て安心した様子のミントは、「歩きながら話そ」と死局の入り口を指している。
「情報阻害、ね」
「ほんと大変だったんだよー。睦月さん宛の連絡は届かないし、無理矢理結界の中を見ようとしても、目ごと潰されるから強行できないし」
私たちが戻ると知り、慌てて出てきたのだろう。
頭につけたままのゴーグルが、髪を巻き込んでずり落ちそうになっている。
「挙げ句の果てに、情報管理課への大規模ハッキングだよ? 前例がないから、あたしも急遽引っ張り出されちゃってさ。アルスを手伝わせるわけにもいかないから、とりあえず作業部屋に残してきたけど……ほんとどうなってるのやら」
肩をすくめたミントは、疲れを滲ませる声で不満を口にした。
インヴィーのことといい、ミントたちへの妨害といい、もはや必然と言っていいほど出来上がっている。
何より、
「情報管理課の方はいいの?」
「深刻な部分は終わらせてきたし、今は課長もいるから平気。それよりも、何があったか把握したくてさ」
上司への報告がてら、私の報告も一緒に聞いてしまおうという魂胆だろう。
情報に貪欲な課だけあって、ミントの目は期待に溢れている。
「そういえば霜月、なんか大人びたよね」
ふと、ミントの視線が霜月の方に向けられた。
「雰囲気というか、何だろ……こう、落ち着きというか余裕? 自制が効いてる……みたいな?」
ピンとくる言葉が浮かばず悩むミントに対し、霜月は話の内容に興味がないのか、これといった反応を見せていない。
しかし、私の視線に気づくと、途端に嬉しそうな雰囲気で笑いかけてくる。
うん、今日も可愛いです。
「本来あるべきものが戻っていってるような……そう! そんな感じ!」
これだと言わんばかりに声を上げたミントは、すっきりした表情で頷いている。
歩いているうちに、上司の所有する
他よりも自由の効く場所で、私もミントに気になっていたことを問いかけてみた。
「ミントは、情報管理課へのハッキングについて心当たりとかない?」
「へ? あたしは何も関係ないよ。むしろ、突然の事態に驚いてたくらいだし」
「ミントを疑ってるわけじゃないよ」
慌てた様子でこちらを見るミントに、私もそこは疑っていないと言葉を重ねた。
「そうじゃなくて──ミントなら、ハッキングした死神について何か知ってるんじゃないかと思って」
「……」
上手く
つまり、
「答えたくないなら言わなくていいよ。私ももう聞かないから」
「……あたしのこと、信用できないって思ったんじゃない?」
いつもさっぱりとしたミントには珍しく、陰りのある声だった。
「たとえミントに言えないことがあるんだとしても、それが保身ではなく、誰かを守るための沈黙なら私はいいと思う」
ミントが驚いた顔でこちらを見る。
「信用を得るために大切な誰かを売るくらいなら、少しくらい疑われても黙っている方がよっぽどいい。それに私は、そういう死神の方が好きだから」
隣に立つ霜月の空気が、雪解けのように緩んでいく。
何かを言いかけた唇をぐっと引き締め。
一呼吸おいてこちらを見たミントは、覚悟の込もった眼差しをしていた。
「自分でも都合がいいと思うけど、裏切る気は全くないんだ。どうしても無理な時は、きちんとけじめも付ける。だから……これからもあたしに、睦月さんたちのサポートをさせてくれないかな」
「うん。よろしくね、ミント」
迷うことなく返した答えに、ミントがくしゃりと笑う。
「全力でサポートするから任せといて」
普段の元気を取り戻したミントは、視線を霜月の方に移している。
「霜月は……ああ、うん。聞くまでもなかったね」
睦月がいいなら──以下略と書かれた表情を見て、悟った様子のミントが言葉を引っ込めていく。
霜月とミントを連れ、私は上司の仕事部屋に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◇ ◇
報告を終え、それぞれの情報を整理していく。
美火も加わり話を聞いていたが、どうやら美火は最後に付け加えた内容の方が気になるらしい。
心配と怒りがないまぜになっていた表情から、羨ましくてたまらないといった表情に変わっている。
「睦月さんの手作り……」
「美味かった」
「くっ……! 霜月だけずるいです」
アパートで手料理を振る舞った際、被害を出してしまった話も報告しておいたのだ。
あの惨状では、律たちの上司から苦情がくる可能性も否めないため、前もってこちらの上司に伝えておいた訳だが──。
しょんぼりと肩を落とし、「わたしも食べたかったです……」と呟く美火に、近いうちに作ることを約束しておく。
味の保証はできないが、自己責任で食べてもらう分には問題ないだろう。
「ほんと、ここは変わんないねー」
美火の様子に気が抜けたのか、ミントが苦笑している。
確かに、どんな事が起きてもここは変わらない。
いつも安心できて、自由に過ごすことができる場所。
視線を向けた先で、上司と目が合った。
いつもなら途中で上司が視線を外していくのだが、今回は見つめ合ったまま、逸らす気配は感じられない。
じわじわと不可解な感情が湧いてきて、思わず私の方から視線を逸らしていた。