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ep.8 太陽跡


 爆音が鳴り、辺り一面に突風が吹き荒れる。


「暗黒将であっても、悪魔は悪魔ですね。主の定めた規則ルールさえ守れないなんて」


 波打つシャンパンゴールドの髪と、翡翠色の目。

 手に持っていた黄金の弓を消し舞い降りてきた女性は、とても神秘的な容姿をしている。


 背に翼はついていないが、纏っている雰囲気が上司を彷彿とさせるもので。

 何となく、目の前の天使が何者なのか分かった気がした。


陽光ようこう、威力は調整しろと言っただろ。僕が結界を張らなければ、ここは今頃更地だ」


「もちろん天日てんぴを信頼して任せたのですよ。結果的に大丈夫だったのですから、いいではないですか」


 背後からもう一人女性が降りてくる。


 一直線に切り揃えられた萌黄色の髪と、灰色の目をした女性は、天日と言うらしい。

 やや中性寄りの見た目をしている天日は、柔らかく笑う陽光と同じ神秘さを纏っている。


「で、どうするんだ。消すなら早くしておけ。規則違反の件について、主君から処罰の指示は出ていない」


「つまり、生かすも殺すも好きにして良いという意味ですね」


 温かみのある声だが、話している内容は物騒だ。

 抉れた地面の上でふらりと立ち上がったインヴィーは、腹部に大きな穴が開いていた。

 どう見ても、半殺しどころで済んでいない。


「愚かだな。かつての敗北を忘れ、神々の盟約さえ破るとは」


「星を破壊しかねない行動は慎むよう、三界で取り決めたはずです。主の定めた規則を守れない悪魔など、必要ないと思いませんか?」


 淡白そうな天日に対し、陽光は物腰が柔らかな分、凄みを感じる。

 上品な微笑みでインヴィーを見た陽光は、「消してしまいましょう」と言いながら手を掲げた。


 光で焼き尽くすという表現以外が浮かばないほど、強烈な閃光が幾重にも走っていく。

 攻撃が止んだ時、インヴィーのいた場所は塵ひとつ残らない状態になっていた。


「邪魔が入ったな」


「残念です。ですが、天日の結界を超えて手を出せたとなれば、元凶は自ずと解ってきます」


 攻撃を受ける直前、ぱかりと広がった空間あなにインヴィーが吸い込まれていくのが視えた。

 タイミングから考えて、されていた可能性が高い。


 霜月が傍に戻ってきたため、怪我はないか確認する。

 死神之大鎌デスサイズを使わず能力のみで戦っていた霜月だが、万が一のことを考えて出さずにいたのだろう。


 印の存在にも、その持ち主にも、つくづく嫌気が差してくる。


「まあ……まあまあまあ! なんて可愛らしいんでしょう!」


 興奮した声が聞こえた。

 こちらを見て目を輝かせた陽光が、もの凄い勢いで近寄ってくる。


 私の手を握り、眩しい美貌を綻ばせた陽光は、そのままにこにこと微笑むだけで、話しかけてくる様子はない。


「えっと、お二方は天使なんですよね?」


「ご挨拶が遅れました。私は陽光、隣にいるのが天日です。天界の主たる天上神王てんじょうしんのうの忠実な手足であり、太陽跡たいようせきの一光に当たります」


 太陽跡。

 死界の宝月ほうげつのように、天界の王が直々に迎え入れた側近のことだ。


「僕たちは位の関係上、目立つ翼をつけていない。そこらの天使みたいに分かりやすい見た目はしていないが……それは君のところも同じだろう?」


「確かにそうですね」


 ローブを見ながら話す天日に、上司の姿が浮かんでくる。

 死神は位が上がると独自の装備を持つことができるが、どうやら天使も同じ仕組みらしい。


「今回は特例として私たちが参りました。暗黒将の相手をするのに、他の天使では大変ですから。ああでも、来て本当に良かったです。こんな可愛らしい死神に出会えるなんて」


 感無量だと手に力を込める陽光に、じわじわと語彙力を失っていく。

 何となく死神から好かれやすい気はしていたが、天使までとは聞いていない。


 死神とはベクトルの違う美しさに、思わず目を細めた。

 まるで直射日光でも身に纏っているのかと疑いたくなるほど、陽光は明るい輝きを放っている。


「手、温かいんですね」


「天使は生のエネルギーが強いので、温かく感じるのでしょう。体温に近いですが、正確に言えば体温とは違うものですので、汗などが出ることもありません」


 女性特有の柔らかい手に包まれ、なすがままに握られ続ける。

 霜月の視線に気づいた陽光が、「あらあら」と言いながら手を離してくれた。


「報告があるので、私たちは死界に戻ります」


「天日の結界により、ここでの会話は聞かれていないはずです。ですが、私たちと会ったことは知られているでしょうから、気をつけてくださいね」


 人差し指を唇に当て、ふわりと陽光が微笑む。


 何故だか分からないが、その仕草を見た瞬間、無性に懐かしい感じがした。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 睦月たちが去ったのを見送ると、陽光は天日に向かって声をかけた。


「今は宝月が動けませんから、ここで貸しを作っておくのもいいと思いませんか?」


 柔らかく微笑む陽光の傍で、天日もぽつりと言葉を返す。


「そうだな。悪くない」


 存外穏やかな声で呟いた天日は、陽光と共に天界へ戻っていった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 身体中が穴だらけだ。


 修復が阻害されているのか、傷の治りが明らかに遅い。

 強制転移の影響で動くことさえままならないインヴィーのもとに、誰かが近寄る気配がした。


「こりゃまた随分な有様じゃのう」


 派手な着物が風に揺れる。

 血染めのように紅い扇子を開くと、ヘデラはインヴィーを見下ろし、さも哀れそうに話しかけた。


「そなたとて、このまま消えたくはないじゃろう? 望むなら、我が力を貸してやってもよいぞ」


「……どういう、つもり……」


 掠れたインヴィーの声に、ヘデラはくつくつと笑みを溢している。


「なに、同族同士で殺し合う悪魔でも、借りはきっちり返すと聞いてのう。加えて、そなたは暗黒将でもある」


「はっ……。それが、目的ってわけね」


 ヘデラの言わんとすることを察したインヴィーの表情が、自嘲めいたものに変わっていく。


 答えを聞くまでもないと分かったのだろう。

 愉悦の色を浮かべながら、ヘデラは扇子で隠れた口元を歪ませた。


「対価を必要とせぬ親切など、恐ろしいだけじゃよ」



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