爆音が鳴り、辺り一面に突風が吹き荒れる。
「暗黒将であっても、悪魔は悪魔ですね。主の定めた
波打つシャンパンゴールドの髪と、翡翠色の目。
手に持っていた黄金の弓を消し舞い降りてきた女性は、とても神秘的な容姿をしている。
背に翼はついていないが、纏っている雰囲気が上司を彷彿とさせるもので。
何となく、目の前の天使が何者なのか分かった気がした。
「
「もちろん
背後からもう一人女性が降りてくる。
一直線に切り揃えられた萌黄色の髪と、灰色の目をした女性は、天日と言うらしい。
やや中性寄りの見た目をしている天日は、柔らかく笑う陽光と同じ神秘さを纏っている。
「で、どうするんだ。消すなら早くしておけ。規則違反の件について、主君から処罰の指示は出ていない」
「つまり、生かすも殺すも好きにして良いという意味ですね」
温かみのある声だが、話している内容は物騒だ。
抉れた地面の上でふらりと立ち上がったインヴィーは、腹部に大きな穴が開いていた。
どう見ても、半殺しどころで済んでいない。
「愚かだな。かつての敗北を忘れ、神々の盟約さえ破るとは」
「星を破壊しかねない行動は慎むよう、三界で取り決めたはずです。主の定めた規則を守れない悪魔など、必要ないと思いませんか?」
淡白そうな天日に対し、陽光は物腰が柔らかな分、凄みを感じる。
上品な微笑みでインヴィーを見た陽光は、「消してしまいましょう」と言いながら手を掲げた。
光で焼き尽くすという表現以外が浮かばないほど、強烈な閃光が幾重にも走っていく。
攻撃が止んだ時、インヴィーのいた場所は塵ひとつ残らない状態になっていた。
「邪魔が入ったな」
「残念です。ですが、天日の結界を超えて手を出せたとなれば、元凶は自ずと解ってきます」
攻撃を受ける直前、ぱかりと広がった
タイミングから考えて、
霜月が傍に戻ってきたため、怪我はないか確認する。
印の存在にも、その持ち主にも、つくづく嫌気が差してくる。
「まあ……まあまあまあ! なんて可愛らしいんでしょう!」
興奮した声が聞こえた。
こちらを見て目を輝かせた陽光が、もの凄い勢いで近寄ってくる。
私の手を握り、眩しい美貌を綻ばせた陽光は、そのままにこにこと微笑むだけで、話しかけてくる様子はない。
「えっと、お二方は天使なんですよね?」
「ご挨拶が遅れました。私は陽光、隣にいるのが天日です。天界の主たる
太陽跡。
死界の
「僕たちは位の関係上、目立つ翼をつけていない。そこらの天使みたいに分かりやすい見た目はしていないが……それは君のところも同じだろう?」
「確かにそうですね」
ローブを見ながら話す天日に、上司の姿が浮かんでくる。
死神は位が上がると独自の装備を持つことができるが、どうやら天使も同じ仕組みらしい。
「今回は特例として私たちが参りました。暗黒将の相手をするのに、他の天使では大変ですから。ああでも、来て本当に良かったです。こんな可愛らしい死神に出会えるなんて」
感無量だと手に力を込める陽光に、じわじわと語彙力を失っていく。
何となく死神から好かれやすい気はしていたが、天使までとは聞いていない。
死神とはベクトルの違う美しさに、思わず目を細めた。
まるで直射日光でも身に纏っているのかと疑いたくなるほど、陽光は明るい輝きを放っている。
「手、温かいんですね」
「天使は生のエネルギーが強いので、温かく感じるのでしょう。体温に近いですが、正確に言えば体温とは違うものですので、汗などが出ることもありません」
女性特有の柔らかい手に包まれ、なすがままに握られ続ける。
霜月の視線に気づいた陽光が、「あらあら」と言いながら手を離してくれた。
「報告があるので、私たちは死界に戻ります」
「天日の結界により、ここでの会話は聞かれていないはずです。ですが、私たちと会ったことは知られているでしょうから、気をつけてくださいね」
人差し指を唇に当て、ふわりと陽光が微笑む。
何故だか分からないが、その仕草を見た瞬間、無性に懐かしい感じがした。
◆ ◇ ◇ ◇
睦月たちが去ったのを見送ると、陽光は天日に向かって声をかけた。
「今は宝月が動けませんから、ここで貸しを作っておくのもいいと思いませんか?」
柔らかく微笑む陽光の傍で、天日もぽつりと言葉を返す。
「そうだな。悪くない」
存外穏やかな声で呟いた天日は、陽光と共に天界へ戻っていった。
◆ ◆ ◇ ◇
身体中が穴だらけだ。
修復が阻害されているのか、傷の治りが明らかに遅い。
強制転移の影響で動くことさえままならないインヴィーのもとに、誰かが近寄る気配がした。
「こりゃまた随分な有様じゃのう」
派手な着物が風に揺れる。
血染めのように紅い扇子を開くと、ヘデラはインヴィーを見下ろし、さも哀れそうに話しかけた。
「そなたとて、このまま消えたくはないじゃろう? 望むなら、我が力を貸してやってもよいぞ」
「……どういう、つもり……」
掠れたインヴィーの声に、ヘデラはくつくつと笑みを溢している。
「なに、同族同士で殺し合う悪魔でも、借りはきっちり返すと聞いてのう。加えて、そなたは暗黒将でもある」
「はっ……。それが、目的ってわけね」
ヘデラの言わんとすることを察したインヴィーの表情が、自嘲めいたものに変わっていく。
答えを聞くまでもないと分かったのだろう。
愉悦の色を浮かべながら、ヘデラは扇子で隠れた口元を歪ませた。
「対価を必要とせぬ親切など、恐ろしいだけじゃよ」