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ep.6 嫉妬の悪魔


 予想通り、最初の攻撃は霜月を狙ったものだった。


 他の死神との交戦中に私が介入してきた。

 身を守るためには、私とも戦うしかなかった。

 そんな口実を作りたいのだろう。


「霜月」


 名前を呼ぶだけで伝わる。

 もう我慢する必要はない。

 好きにしていいのだと。


 言葉にしなくても伝わる感情に、霜月が溶けるような笑みを浮かべた。


 咆哮が上がる。

 敵を映すなり一瞬で消え失せた温度は、刺すような冷たさへと戻っていく。


 インヴィーの許可が降りたことで、使い魔がこちらに向かって飛びかかってくるのが見えた。

 空から氷が降り注ぎ、大地を埋め尽くしていく。


 寸前で体を捻り回避した使い魔は、一度距離を取り、体勢を立て直している。

 地面にびっしりと突き刺さった氷を、インヴィーが紫色の液体で蒸発させていった。


 陣から垂れる毒々しいまでの紫が、地面の植物さえも枯らしていく。

 前が開けたことで再び使い魔が駆けてきた。


 それと同時に、霜月に向けられたインヴィーの攻撃を、亜空間の中へと収納する。

 避けた空間に吸い込まれていく攻撃を目にして、インヴィーの顔にいぶかしむような感情が浮かんだ。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 初めて対面した死神は、人間と何ら変わりない姿をしていた。


 細い首は、軽く握っただけで簡単に折れてしまいそうで。

 不思議なことに、死神の特徴である雪のような肌とは違い、僅かに体温の感じられる肌をしていた。


 異なる点を挙げるとすれば、容姿があまりにも人間離れしていた事くらいか。


 人間を愛玩動物のように好み、観察してきたインヴィーにとって、死神はまるで人間の死体よりも生気がなく、蝋人形のように無機質な存在だった。


 だからだろう。

 目の前の死神が、現世で見かけるどんな死神よりも人間に近いように思えたのは──。


 しかし、そんな印象も束の間。

 実体化を解いた死神の姿を見て、インヴィーの好感度は急速に下降していった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




コアまで砕くなんて乱暴ね」


 全身を氷漬けにされた使い魔が、粉々に砕け散っていく。

 一緒に核が破壊されたのを確認し、インヴィーはつまらなさそうに呟いた。


「あの犬だけじゃ力不足なのは分かってたわ。だから手助けしたの。それなのに、私の優しさは邪魔されるし、使い魔は壊されるし。ほんと散々よね」


 悲しそうな表情を作るインヴィーを黙って見返す。


「哀れな。ひよっこちゃんの犬のせいで、もう蘇ることができないなんて」


「二回目ですね」


 霜月を犬扱いしたのは、これで二回目だ。

 それがどうしたのかと言わんばかりに唇を持ち上げたインヴィーは、辺りの地面をぐつぐつと沸騰させ始めた。

 どろりとした液体の中から、次々と使い魔が姿を現す。


「今日は気分がいいから、半殺しくらいで済ませてあげるわ」


「そうですか」


 感情の込もらない返事にも、インヴィーは楽しげに笑っている。


現世ここに来てすぐ、掘り出し物に出会ったの。呪術師の母親を持ったばかりに、大事なものを全部なくした人間の魂よ」


 思い出したことで、余計に気分が高まったのだろう。

 インヴィーは恍惚とした表情で舌舐めずりをしている。


「あれに比べたら、私の嫉妬なんて優しいものね。人間の感情は、時に悪魔よりも醜悪で残酷なんだから」


 幸福の余韻に浸るインヴィーの周りで、突然使い魔たちが甲高い鳴き声を上げた。

 足が凍りつき、動きを封じられた使い魔を見て、インヴィーは興醒めだとばかりに笑みを消し去っている。


 役に立たない使い魔は、インヴィーの能力によってじゅわじゅわと溶かされていった。

 代わりはいくらでもいるのだろう。


 現れ続ける使い魔を囲うように、氷の壁ができていく。

 使い魔の方は、霜月に任せておけば良さそうだ。

 好戦的な態度のインヴィーと、真っ向から対峙する。


「なら私も、半殺し程度にしておきますね」


 どこかで、空間の裂ける音がした。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 インヴィーの魔王は規格外な存在だ。


 先代魔王への下剋上をいとも容易く成功させ、自らの側近を暗黒将と称した。

 そして、どの魔王よりも長く玉座にあり続けている。


 今でこそ最強と謳われる魔王だが、代替わりしたばかりの頃は違っていた。

 何故なら、今代の魔王は──歴代のどの魔王よりもの存在だったからだ。


「あれが魔王だなんて、どう考えても納得いかないわ」


「それ以上はやめとけ」


 先代の魔王は、何故あんな悪魔に負けたのか。

 不満ばかり口にするインヴィーを、アヴァリーはぞっとするほど凪いだ声で止めた。


 普段のアヴァリーとはかけ離れた様子に、インヴィーも自然と口を噤む。


「同じ将のよしみだ。一つ忠告しといてやるよ」


 沈黙するインヴィーに対し、アヴァリーは淡々と言葉を続けていく。


「強者は強者に気づくことができる。理由は、相手の実力を測ることにも長けているからだ。だが稀に、強者であることを悟らせねぇ連中やつらがいる」


「実力を隠せるのが、強さの証明になるとでも言いたいの?」


 眉を顰めるインヴィーをよそに、アヴァリーはどこか遠くを眺めながら言った。


「真の強者ってのは、隠すのが巧みなやつらを言うんじゃねぇ。測るのも不可能なほど──圧倒的に格が違う存在を言うんだよ」



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