予想通り、最初の攻撃は霜月を狙ったものだった。
他の死神との交戦中に私が介入してきた。
身を守るためには、私とも戦うしかなかった。
そんな口実を作りたいのだろう。
「霜月」
名前を呼ぶだけで伝わる。
もう我慢する必要はない。
好きにしていいのだと。
言葉にしなくても伝わる感情に、霜月が溶けるような笑みを浮かべた。
咆哮が上がる。
敵を映すなり一瞬で消え失せた温度は、刺すような冷たさへと戻っていく。
インヴィーの許可が降りたことで、使い魔がこちらに向かって飛びかかってくるのが見えた。
空から氷が降り注ぎ、大地を埋め尽くしていく。
寸前で体を捻り回避した使い魔は、一度距離を取り、体勢を立て直している。
地面にびっしりと突き刺さった氷を、インヴィーが紫色の液体で蒸発させていった。
陣から垂れる毒々しいまでの紫が、地面の植物さえも枯らしていく。
前が開けたことで再び使い魔が駆けてきた。
それと同時に、霜月に向けられたインヴィーの攻撃を、亜空間の中へと収納する。
避けた空間に吸い込まれていく攻撃を目にして、インヴィーの顔に
◆ ◆ ◇ ◇
初めて対面した死神は、人間と何ら変わりない姿をしていた。
細い首は、軽く握っただけで簡単に折れてしまいそうで。
不思議なことに、死神の特徴である雪のような肌とは違い、僅かに体温の感じられる肌をしていた。
異なる点を挙げるとすれば、容姿があまりにも人間離れしていた事くらいか。
人間を愛玩動物のように好み、観察してきたインヴィーにとって、死神はまるで人間の死体よりも生気がなく、蝋人形のように無機質な存在だった。
だからだろう。
目の前の死神が、現世で見かけるどんな死神よりも人間に近いように思えたのは──。
しかし、そんな印象も束の間。
実体化を解いた死神の姿を見て、インヴィーの好感度は急速に下降していった。
◆ ◆ ◆ ◇
「
全身を氷漬けにされた使い魔が、粉々に砕け散っていく。
一緒に核が破壊されたのを確認し、インヴィーはつまらなさそうに呟いた。
「あの犬だけじゃ力不足なのは分かってたわ。だから手助けしたの。それなのに、私の優しさは邪魔されるし、使い魔は壊されるし。ほんと散々よね」
悲しそうな表情を作るインヴィーを黙って見返す。
「哀れな
「二回目ですね」
霜月を犬扱いしたのは、これで二回目だ。
それがどうしたのかと言わんばかりに唇を持ち上げたインヴィーは、辺りの地面をぐつぐつと沸騰させ始めた。
どろりとした液体の中から、次々と使い魔が姿を現す。
「今日は気分がいいから、半殺しくらいで済ませてあげるわ」
「そうですか」
感情の込もらない返事にも、インヴィーは楽しげに笑っている。
「
思い出したことで、余計に気分が高まったのだろう。
インヴィーは恍惚とした表情で舌舐めずりをしている。
「あれに比べたら、私の嫉妬なんて優しいものね。人間の感情は、時に悪魔よりも醜悪で残酷なんだから」
幸福の余韻に浸るインヴィーの周りで、突然使い魔たちが甲高い鳴き声を上げた。
足が凍りつき、動きを封じられた使い魔を見て、インヴィーは興醒めだとばかりに笑みを消し去っている。
役に立たない使い魔は、インヴィーの能力によってじゅわじゅわと溶かされていった。
代わりはいくらでもいるのだろう。
現れ続ける使い魔を囲うように、氷の壁ができていく。
使い魔の方は、霜月に任せておけば良さそうだ。
好戦的な態度のインヴィーと、真っ向から対峙する。
「なら私も、半殺し程度にしておきますね」
どこかで、空間の裂ける音がした。
◆ ◆ ◆ ◆
インヴィーの魔王は規格外な存在だ。
先代魔王への下剋上をいとも容易く成功させ、自らの側近を暗黒将と称した。
そして、どの魔王よりも長く玉座にあり続けている。
今でこそ最強と謳われる魔王だが、代替わりしたばかりの頃は違っていた。
何故なら、今代の魔王は──歴代のどの魔王よりも
「あれが魔王だなんて、どう考えても納得いかないわ」
「それ以上はやめとけ」
先代の魔王は、何故あんな悪魔に負けたのか。
不満ばかり口にするインヴィーを、アヴァリーはぞっとするほど凪いだ声で止めた。
普段のアヴァリーとはかけ離れた様子に、インヴィーも自然と口を噤む。
「同じ将のよしみだ。一つ忠告しといてやるよ」
沈黙するインヴィーに対し、アヴァリーは淡々と言葉を続けていく。
「強者は強者に気づくことができる。理由は、相手の実力を測ることにも長けているからだ。だが稀に、強者であることを悟らせねぇ
「実力を隠せるのが、強さの証明になるとでも言いたいの?」
眉を顰めるインヴィーをよそに、アヴァリーはどこか遠くを眺めながら言った。
「真の強者ってのは、隠すのが巧みなやつらを言うんじゃねぇ。測るのも不可能なほど──圧倒的に格が違う存在を言うんだよ」