トラブル体質を超えて、もはや歩くトラブルメーカーなのかもしれない。
久しぶりに現世を散歩しただけで、こうもすぐに遭遇するとは。
何か起こりそうな予感はしていたが、実際目にするとため息を吐きたくなる。
「まあ、ちっとも驚かないのね。ひよっこにしては肝が据わってるわ」
空に浮かぶ女性──悪魔は、カールした長い髪を払うと、真っ赤な唇を吊り上げた。
艶かしい仕草で笑う悪魔からは、異様な力を感じる。
それこそ、以前出会った暗黒将──アヴァリーのような異質さに近い。
「そんなに警戒しなくても、危害を加えるつもりはないわ。私はただ、渦中の死神に興味があって会いにきただけなの」
悪魔の気配を感じるなり、本来の姿に戻った霜月は、冷え冷えとした目で悪魔の方を睨んでいる。
「あら? 隣の死神ってたしか、レインの部下を氷漬けにした子よね。あそこの悪魔は大声で騒ぐから、噂になるのも早かったのよ」
楽しげに唇を吊り上げた悪魔は、他の悪魔がどうなろうと構わないのだろう。
むしろ、面白がっている雰囲気さえ感じられる。
「ひとまず場所を変えませんか?
「インヴィーよ。私から会いに来たんだもの。名前くらいは名乗っておかないとね」
さらりと名前を口にした悪魔──インヴィーだが、こちらの名前を聞く様子はない。
既に知っているから不要なのか。
それとも、名前を知るまでもないと思っているのか。
どちらにせよ、インヴィーの思惑が分からない中、自分から名乗る必要もないだろう。
実体化を解き、ローブを羽織る。
印を起動することに抵抗感はあるが、この状況では仕方がない。
──あまり大事にならないよう頑張ろう。
インヴィーの姿を視界に収めながら、誰にともなく心の中で呟いてみた。
◆ ◆ ◆ ◇
「即席で悪いわね」
どうやら、人間が入ってこれないよう、周囲に認知阻害の結界を張ったらしい。
インヴィーは何かあった時のための保険だと言っていたが、そもそも私たちの姿が人間に見えることはない。
──戦うつもりもないのに、人避けとは周到なことだ。
悪いと口にしながらも、中に込められた感情は別のもので。
そんな主人の影響を受けているのか、インヴィーの使い魔らしき悪魔は、さっきからずっと唸りっぱなしである。
体躯は狼よりも一回り大きく、尻尾は蛇のように細長い。
尾の先端は鋭く尖っており、威嚇するようにこちらへ向けられている。
前屈みで今にも飛びかかりそうな悪魔を見て、霜月の纏う空気に暗さが増すのを感じた。
「だめだよ霜月」
今はまだ駄目。
そっと腕に触れ制すると、霜月は暗い雰囲気を雲散させ、一瞬で能力を引かせていく。
「あら、よく躾けられてるのね。……おまえも少しは見習いなさいな」
インヴィーからギロリと睨まれたことで、使い魔はきゅんきゅんと鳴きながら耳を下げている。
凍りついていた地面が元の形を取り戻し、インヴィーが仕切り直しだと言うように笑いかけてきた。
「この犬はまだ躾の途中なの。大目に見てもらえると嬉しいわ」
「別に怒ってません。ただ、躾が必要な存在を傍に置いたことがないので、見習うのは難しそうですね」
怒ってはいない。
でも、霜月を引き合いに出されるのは不愉快だ。
インヴィーの表情から偽りが消えていく。
形だけの笑顔より、今の笑みの方がよっぽどそれらしかった。
「けっこう生意気なのね」
「嘘がつけないので」
「……へえ、そんなこと言っていいの? 敵に回す相手を間違えてないかしら」
探るような眼差しだが、同時に興味も含まれている。
悪魔にとって死神は天敵だ。
転幽から聞いた話では、かつて魔界の王が死界の王を怒らせたことがあったらしい。
当時の魔王や重臣たちは宝月によって一掃され、死神と悪魔の関係はより明確化した。
さらに悪魔は天使とも仲が悪いため、協力を求める相手もいなかったようだ。
しかし、これらは全て
悪魔たちが
そしてそれは、逆もまた然りなのだ。
「私に会いに来ただけなら、目的は済みましたよね」
「そうねぇ。魔王様から危害は加えるなって言われてるし、残念だけどここまでかしら」
「それなら──」
もう帰ってもいいですか?
そう続くはずだった言葉は、強烈な戦意の前に消え去っていく。
「でもね、私が危害を加えないよう言われてるのって、ひよっこちゃんだけなのよ」
インヴィーの視線が霜月の方へと向けられる。
「霜月に手を出すなら、私も容赦しません」
「困ったわねぇ。いくら危害を加えないと言っても、防衛のためなら仕方ないと思わない?」
使い魔が再び唸り声を上げ始め、インヴィーの口元が歪な笑みを作る。
合図を待つ使い魔を前に、呼び出した