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ep.1 桜色の手紙


 ──私の生まれた星は、滅びる運命にあったらしい。


 転幽の言葉を思い返しながら、与えられた部屋のベッドに横たわる。

 星空を切り取ったかのような天井を眺め、時間と共に流れていく光を見ていた。


 死界の王は、元々滅びる予定だった星を何らかの理由で手にしようとした。

 しかし、星の所有者である神と交渉していた最中、突然別の神から妨害を受け、星を奪われてしまう。


 結果的に星は救えたが、王はそのまま消息を絶ち、死界の玉座は空白となった。

 その後、略奪を仕掛けた神は自らを王と名乗り、現在まで死界を治めている。


 これが、転幽から聞いた事のあらましだ。


 今の王がそのような行為に走った理由も、本来の王がどうなってしまったのかも分からない。

 ただ、何より気になったのは、滅びの運命にある星をどうして欲したのかだ。


 転幽は、普通に戦えば王が入れ替わることなどなかったと言った。

 つまり、星を諦めればということだ。


 わざわざ終わりかけの星一つのために、創造した世界を手放すだろうか。

 考えれば考えるほど分からなくなってくる。


 ベッドから起き上がり、亜空間から取り出した靴を履く。

 着替えいらずの能力は本当に便利だと思う。

 子どもの頃は、着物やかっちりとした服を着せられることも多かった。


 時間のかかる着付けも、この能力があれば一瞬だったのに。

 なんて言いたくなるくらいには、日々の着替えは私にとってそこそこ面倒な部類だった。


 リビングに入ると、こちらに気づいた霜月の表情が明るくなる。

 今まで一緒に暮らしてきたこともあり、いきなり個々の部屋を与えられたところで、それじゃあ別で暮らそうか──とはならなかったのだ。


「戻ってたなら、呼びにきてくれてもよかったのに」


 霜月は、ほとんどの時間を私の傍で過ごしている。

 どの部屋でも好きに出入りしていいと伝えていたが、寝室だけは自分から訪れることがなかった。


「睦月が休める場所も、必要だと思うから」


 意外な返事に、霜月の目をまじまじと見つめる。

 たしかに、死界では一人になることの方が珍しい。

 仕事部屋には美火がいるし、何処かへ行く際は霜月と一緒だ。


 与えられた空間の中で、宙の見える部屋は私のお気に入りだった。

 横になり星を眺めていると、騒がしかった思考が凪いでくる。


 でもそれは、より大きな存在が居なかった時の話で──。


「霜月の傍にいる方が安らぐよ」


 霜月は一瞬動きを止めた後、ぶわりと頬を染めていく。

 真っ赤な顔で言葉に詰まる霜月だったが、濃縮した蜂蜜のような瞳には、私への思いが溢れている。

 はにかんだ笑顔は甘さを含み。


 まるで、中毒性を孕んでいるかのようだった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「現世に?」


「そう。調べたいことがあって、一度向こうに戻れないか考えてたんだ」


 寝室で横たわる私の上に、見覚えのある花が舞い落ちてきた。

 桜色の花弁は触れた瞬間、形を失ったように消えていく。


 ──会いに来て。


 一言だけの手紙には、理由も場所も書いてはいない。

 けれど、行けばきっと分かるはず。

 そんな確信があった。


 かつて、真っ白な死神が口付けた位置に指先を当てる。

 朧月に会い、欠けたピースを手に入れなければならない。


 たとえこの行動が、新たな厄災を引き寄せるのだとしても──。




 ◆ ◇ ◆ ◇




       暗闇を照らすは証明なり


   第四証 Fourth Sacrifice 盤上の支配者


         証をここに。



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