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ep.62 生と死


 これは投資だ。

 上司は好きに使っていいと言った。

 それなら、戦力は少しでも多い方がいいだろう。


 霜月を直接呼び出したことや、私へのあからさまな態度など、も表立った動きを見せるようになってきている。


 どんな感情を持たれようが構わない。

 ただ、自分のものに手を出されるのは、思っていた以上に不快感を覚えるようだ。


 ──これで三回目。


 許容できない罪は、先へ未来さきへと残り続けていく。

 片方が沈黙しているからといって、罪の重さが変わることは決してないのだ。


 現世にいた頃、「仏の顔も三度まで」という言葉を聞いたことがある。


 神のゆるしがいくつあるのかは知らないが、少なくとも私に──これ以上はないと思った。




 ◆ ◆ ◆ ◇




「投資の成果は出そう?」


 世間話の一環とばかりに、転幽が軽い口調で問いかけてくる。


「アルスなら期待に応えられるよ」


「つまり、上々ってことだね」


 満足そうに微笑んだ転幽は、私の隣に横向きで座ると、そのまま背中を倒してきた。

 右側に転幽をくっつけながら、膝で丸まる満月を撫でる。


 私と転幽が最近あったことを共有するのは、私が入れ替わった際の記憶を全て把握しきれていないように、転幽も常に外の状況が見えている訳ではないからだ。


 けれど、理解は異様に早いため、本当は全部知っているんじゃないかと思う時もある。


「悩みごと? わたしで良ければ聞くよ」


「悩み、なのかな」


 右肩に乗せられた頭と、力の抜けた背中。

 明らかに身体を預けている転幽だが、死神にとって体重などあってないようなものなので、好きにさせておくことにした。


「死神になったばかりの頃は、頭のどこかに人間としての自覚が残ってた。でも今は、ほとんど消えてしまったように感じてる。そんな変化を悪くないと思う反面、自分が何者なのか余計に分からなくなっていく気がして」


 ふと考えてしまう。

 私はいったい──何になろうとしているのか、と。


 話を聞き終えた転幽は、身体を起こすと、膝を突き合わせるように座り直してきた。

 綺麗に編まれた黄金色の髪が、左肩を滑り落ちていく。


「睦月は今、生と死の境にいるんだよ。人間としての睦月は心臓が動いている。けれど、死神としての睦月は鼓動が止まっている。一つの魂の中で、生と死が互いに手を取り合っている状態とでも言えばいいのかな」


 紺碧の瞳に映り込んだ私は、いつもと変わりない姿に見える。

 しかし、空から宙へ至っていく青はあまりに美しく曖昧で。

 その複雑さが、まるで今の私を表しているかのようだった。


「生と死は正反対なようで、実はとても近いものだ。天界では決して尽きることのない生命を与えられる反面、死界では永遠に訪れることのない死を約束される。けれど、どちらも命の根幹を握っているという点では変わらないんだよ」


 水が絶え間なく沸き続ける泉と、そもそも水が減らない泉。

 終わりが来ないという意味では、確かに近いのかもしれない。


「もしも釣り合っている天秤が傾いたとしたら、それは片側への思いが増したからだ。思いは重りとなって、天秤を自らの望む方へと傾けていく」


「つまり、今の状態は私が選んだ結果だと言いたいんだね」


 返事の代わりに微笑んだ転幽を見て、引っかかっていたもやが晴れた気持ちになる。

 ──私が何者になるかは、私の選択次第。

 それなら、ただ望むままに進んでみればいい。


 紺碧の中で眩い星が光っている。


 空と宙の境界線に映る自分の姿は、先ほどよりもくっきりとして見えた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「そういえば、死界の王が終わりさえ覆すほどの力を持った神なら、どうして今の神は玉座を奪うことができたのかな」


 まさか、本来の王よりも強いのだろうか。

 私の言葉に微笑んだ転幽は、「これは話しても大丈夫かな」なんて呟いている。


「あの愚神が玉座を奪えたのには理由があってね。簡単に言うと、王が他の神と交渉中だった星を無理矢理奪った挙句、その星を勝手に滅ぼそうとしたんだ」


「人質ならぬ星質、みたいな?」


 スケールが大きすぎて、さすが神としか言いようがない。

 そんな感じだと肯定する転幽は、特にそれ自体をどうこう思っている訳ではないようだ。


「普通なら奪い返して終わりってところだったんだけど、その星には元々問題があってね。わたしたちが現世と呼んでいる世界の一つ。つまり、睦月が生まれた星は──本来であれば滅びる運命にあったんだよ」




 第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ 【完】




 ◆ ◇ ◆ ◇




 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 いつのまにか、あと四ヶ月で執筆歴二年となっていました。

 あれ、おかしいな。

 時の流れが早すぎるぞ……。


 何はともあれ、合間を縫って書き続け、無事に三章の終わりまで到達することができました。

 それもこれも、読者の皆様が沢山のモチベーションをくださったおかげです。


 勝手ではありますが、私は皆様のことを物語の空で輝く星のように思っています。

 いつか私の綴った物語ラブレターが宙まで届き、皆様から見守っていてよかったと感じていただけるよう。


 これからも大切に物語を書き続けていきます。



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