これは投資だ。
上司は好きに使っていいと言った。
それなら、戦力は少しでも多い方がいいだろう。
霜月を直接呼び出したことや、私へのあからさまな態度など、
どんな感情を持たれようが構わない。
ただ、自分のものに手を出されるのは、思っていた以上に不快感を覚えるようだ。
──これで三回目。
許容できない罪は、先へ
片方が沈黙しているからといって、罪の重さが変わることは決してないのだ。
現世にいた頃、「仏の顔も三度まで」という言葉を聞いたことがある。
神の
◆ ◆ ◆ ◇
「投資の成果は出そう?」
世間話の一環とばかりに、転幽が軽い口調で問いかけてくる。
「アルスなら期待に応えられるよ」
「つまり、上々ってことだね」
満足そうに微笑んだ転幽は、私の隣に横向きで座ると、そのまま背中を倒してきた。
右側に転幽をくっつけながら、膝で丸まる満月を撫でる。
私と転幽が最近あったことを共有するのは、私が入れ替わった際の記憶を全て把握しきれていないように、転幽も常に外の状況が見えている訳ではないからだ。
けれど、理解は異様に早いため、本当は全部知っているんじゃないかと思う時もある。
「悩みごと? わたしで良ければ聞くよ」
「悩み、なのかな」
右肩に乗せられた頭と、力の抜けた背中。
明らかに身体を預けている転幽だが、死神にとって体重などあってないようなものなので、好きにさせておくことにした。
「死神になったばかりの頃は、頭のどこかに人間としての自覚が残ってた。でも今は、ほとんど消えてしまったように感じてる。そんな変化を悪くないと思う反面、自分が何者なのか余計に分からなくなっていく気がして」
ふと考えてしまう。
私はいったい──何になろうとしているのか、と。
話を聞き終えた転幽は、身体を起こすと、膝を突き合わせるように座り直してきた。
綺麗に編まれた黄金色の髪が、左肩を滑り落ちていく。
「睦月は今、生と死の境にいるんだよ。人間としての睦月は心臓が動いている。けれど、死神としての睦月は鼓動が止まっている。一つの魂の中で、生と死が互いに手を取り合っている状態とでも言えばいいのかな」
紺碧の瞳に映り込んだ私は、いつもと変わりない姿に見える。
しかし、空から宙へ至っていく青はあまりに美しく曖昧で。
その複雑さが、まるで今の私を表しているかのようだった。
「生と死は正反対なようで、実はとても近いものだ。天界では決して尽きることのない生命を与えられる反面、死界では永遠に訪れることのない死を約束される。けれど、どちらも命の根幹を握っているという点では変わらないんだよ」
水が絶え間なく沸き続ける泉と、そもそも水が減らない泉。
終わりが来ないという意味では、確かに近いのかもしれない。
「もしも釣り合っている天秤が傾いたとしたら、それは片側への思いが増したからだ。思いは重りとなって、天秤を自らの望む方へと傾けていく」
「つまり、今の状態は私が選んだ結果だと言いたいんだね」
返事の代わりに微笑んだ転幽を見て、引っかかっていた
──私が何者になるかは、私の選択次第。
それなら、ただ望むままに進んでみればいい。
紺碧の中で眩い星が光っている。
空と宙の境界線に映る自分の姿は、先ほどよりもくっきりとして見えた。
◆ ◇ ◇ ◇
「そういえば、死界の王が終わりさえ覆すほどの力を持った神なら、どうして今の神は玉座を奪うことができたのかな」
まさか、本来の王よりも強いのだろうか。
私の言葉に微笑んだ転幽は、「これは話しても大丈夫かな」なんて呟いている。
「あの愚神が玉座を奪えたのには理由があってね。簡単に言うと、王が他の神と交渉中だった星を無理矢理奪った挙句、その星を勝手に滅ぼそうとしたんだ」
「人質ならぬ星質、みたいな?」
スケールが大きすぎて、さすが神としか言いようがない。
そんな感じだと肯定する転幽は、特にそれ自体をどうこう思っている訳ではないようだ。
「普通なら奪い返して終わりってところだったんだけど、その星には元々問題があってね。わたしたちが現世と呼んでいる世界の一つ。つまり、睦月が生まれた星は──本来であれば滅びる運命にあったんだよ」
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ 【完】
◆ ◇ ◆ ◇
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いつのまにか、あと四ヶ月で執筆歴二年となっていました。
あれ、おかしいな。
時の流れが早すぎるぞ……。
何はともあれ、合間を縫って書き続け、無事に三章の終わりまで到達することができました。
それもこれも、読者の皆様が沢山のモチベーションをくださったおかげです。
勝手ではありますが、私は皆様のことを物語の空で輝く星のように思っています。
いつか私の綴った
これからも大切に物語を書き続けていきます。