「こ、ここって情報管理課ですよね……?」
戸惑うアルスを連れ、窓口の近くに座っていた死神に声をかける。
「ミントを呼んでくれるかな」
「えっ!? 本命さん……!?」
「バッカ、お前! 何言ってんだ!」
見覚えのある顔だと思ったら、情報管理課ならぬ、情報漏洩課の死神たちだったようだ。
私を見るなり声を上げた女性の頭を、同僚の男性が慌てた様子で
「すみません。すぐ呼んできますんで……」
以前も四人ほどで話しているのを見かけたが、どうやらこの男性がストッパーの役割になっているらしい。
ぺこぺこと頭を下げると、男性は奥に向かって駆けていった。
ひょっこりと覗いたミントブルーの目。
こちらに気づくなり「やっほー」と手を振ったミントは、専用ルームの入り口を指差した。
手招かれるまま、ミントの仕事部屋へと足を踏み入れる。
中にはガラスのように透けたテーブルと、仕事用の椅子がいくつか置かれていた。
部屋は円形状になっており、周りを囲う壁は白一色だ。
「無事に会えたみたいだね」
「あ、えっと、その節は……」
「そんな
アルスに声をかけたミントは、「もっと気軽で良いよ」と笑っている。
情報管理課の中でも優秀な腕前を持つミントなら、ある程度の事情は既に把握しているはずだ。
アルスへの態度が気さくな訳も、共に働く仲間として認識したからだろう。
「にしても、ちょいと驚いたよ。睦月さんがあたしを訪ねてくるなんてさ」
「ミントに頼みたいことがあって。アルスの事については、特に説明しなくても良さそうだね」
私の言葉に笑みを浮かべると、ミントは「どーぞ座って」と椅子を押してくれる。
くるくると回転する椅子は、座ると自動的に高さが調節されていく。
「アルスの能力を強化したいんだけど、その前に一つ試してみたいことがあるんだ」
モニターで色々な場所を映してほしいと話す私に、ミントは少し考える仕草を見せた後、納得した様子で頷いた。
「それはあたしも興味あるかも」
「なるべく地形のパターンが異なってて、あまり見たことがない場所でお願いできるかな」
「まっかせといて」
私とミントの会話についていけないアルスが霜月の方をちらりと
大人しく待機するアルスの前に、壁中を埋め尽くすほどのモニターが映し出される。
「ああの、これって……」
「今から映像を流すから、周辺の地形を予測してってくれる?」
「アルスの数字が、映像越しでも浮かぶのか知りたいんだ。もし出来そうなら、ミントに合図を送るようにしてね」
「わ、分かりました……!」
頷いたアルスは、モニターに焦点を合わせ目を凝らしている。
数分ほど見ていたアルスだったが、「もう大丈夫です」と口にしたため、ミントが映像を止めていた。
「そんじゃ、今見た場所の続きを描いてくれる? 思い浮かべれば、勝手にペンが動くようになってるからさ」
透明なテーブルに地図を映したミントは、アルスに万年筆のようなペンを渡している。
さらさらと地図の周りを描き足していくアルスを、ミントは興味深そうな目で見つめていた。
◆ ◆ ◇ ◇
「あー、こりゃ相当だわ。能力じゃなくて才能って言えばいいのかな。どっちにしろ、使いようによってはかなり化けると思うよ」
アルスが描いた地形は、どれも正確なものだった。
何パターンか試してみるも、結果は全て同じ。
ミントがこれ以上は必要ないと止めるまで、アルスは悩むことも迷うこともなく、知らないはずの場所を完璧に再現してみせた。
「今年の昇格試験は異例続きだって聞いたけど、そりゃあ審査員も悩むよねぇ」
「い、異例続き……ですか?」
「前回は、そこにいる霜月が試験の参加者を全員叩きのめしちゃったことで、審査員まで治療に当たったらしいよ。次の試験では睦月さんが無双状態──とまあ、これは語るまでもないかな?」
試験の時の話が出たことで、アルスは目をきらきらと輝かせている。
「あ、あの時の睦月さん、すごくかっこよかったです……!」
「なんか部下ってより、ファンって感じじゃん。
ミントから期待の込もった眼差しが送られてくる。
情報にはなかった部分を知りたいようだが、これといって思いつく事がない。
まあその話は、
「アルスの能力とミントの能力って、相性が良いと思うんだ。話を聞くついでに、しばらく組んでみるのはどうかな?」
「なるほどねー。それが睦月さんの
ミントはあらゆる場所に目を持っている。
つまり、ミントの情報はアルスの実力を伸ばすのに、とても役立つはずだ。
「分かった。引き受けるよ。情報管理課とは別件の仕事もあるし、ちょうど手伝いが欲しいと思ってたんだ」
ぽかんとするアルスを置いて、どんどん話が進んでいく。
我に返ったアルスが焦って立ち上がろうとするも、ミントは肩に手を乗せると、優しく椅子に押し戻していた。
「あたしは情報管理課の所属だけど、直属の上司は睦月さんたちと一緒だから、心配しなくていーよ」
「そ……そうだったんですね」
経理課の課長に私たちの元で働くよう言われてきたため、命令に反してしまうと考えたのだろう。
アルスは安堵からほっと息を吐いている。
「そういえばあんた、家は近いの? あたしも死局に部屋を持ってるから、仮眠室くらいなら貸してあげれるけど」
「あ、えっと、一応中心部に……」
「中心部の
「はっ、はい……!」
どうやら、二人が打ち解けるまで、そんなに時間はかからなさそうだ。
姉御肌のミントなら、アルスの面倒もきちんと見てくれるだろう。
「行こうか霜月」
上司の空間に戻るため、霜月に声をかける。
当然のように繋がれた手を、ぎゅっと握り返した。