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ep.61 新入りの使い道


「こ、ここって情報管理課ですよね……?」


 戸惑うアルスを連れ、窓口の近くに座っていた死神に声をかける。


「ミントを呼んでくれるかな」


「えっ!? 本命さん……!?」


「バッカ、お前! 何言ってんだ!」


 見覚えのある顔だと思ったら、情報管理課ならぬ、情報漏洩課の死神たちだったようだ。

 私を見るなり声を上げた女性の頭を、同僚の男性が慌てた様子ではたいている。


「すみません。すぐ呼んできますんで……」


 以前も四人ほどで話しているのを見かけたが、どうやらこの男性がストッパーの役割になっているらしい。

 ぺこぺこと頭を下げると、男性は奥に向かって駆けていった。


 ひょっこりと覗いたミントブルーの目。

 こちらに気づくなり「やっほー」と手を振ったミントは、専用ルームの入り口を指差した。


 手招かれるまま、ミントの仕事部屋へと足を踏み入れる。

 中にはガラスのように透けたテーブルと、仕事用の椅子がいくつか置かれていた。


 部屋は円形状になっており、周りを囲う壁は白一色だ。


「無事に会えたみたいだね」


「あ、えっと、その節は……」


「そんなかしこまらなくていいって」


 アルスに声をかけたミントは、「もっと気軽で良いよ」と笑っている。


 情報管理課の中でも優秀な腕前を持つミントなら、ある程度の事情は既に把握しているはずだ。

 アルスへの態度が気さくな訳も、共に働く仲間として認識したからだろう。


「にしても、ちょいと驚いたよ。睦月さんがあたしを訪ねてくるなんてさ」


「ミントに頼みたいことがあって。アルスの事については、特に説明しなくても良さそうだね」


 私の言葉に笑みを浮かべると、ミントは「どーぞ座って」と椅子を押してくれる。

 くるくると回転する椅子は、座ると自動的に高さが調節されていく。


「アルスの能力を強化したいんだけど、その前に一つ試してみたいことがあるんだ」


 モニターで色々な場所を映してほしいと話す私に、ミントは少し考える仕草を見せた後、納得した様子で頷いた。


「それはあたしも興味あるかも」


「なるべく地形のパターンが異なってて、あまり見たことがない場所でお願いできるかな」


「まっかせといて」


 私とミントの会話についていけないアルスが霜月の方をちらりとうかがっていたが、無反応のため早々に諦めたようだった。


 大人しく待機するアルスの前に、壁中を埋め尽くすほどのモニターが映し出される。


「ああの、これって……」


「今から映像を流すから、周辺の地形を予測してってくれる?」


「アルスの数字が、映像越しでも浮かぶのか知りたいんだ。もし出来そうなら、ミントに合図を送るようにしてね」


「わ、分かりました……!」


 頷いたアルスは、モニターに焦点を合わせ目を凝らしている。

 数分ほど見ていたアルスだったが、「もう大丈夫です」と口にしたため、ミントが映像を止めていた。


「そんじゃ、今見た場所の続きを描いてくれる? 思い浮かべれば、勝手にペンが動くようになってるからさ」


 透明なテーブルに地図を映したミントは、アルスに万年筆のようなペンを渡している。

 さらさらと地図の周りを描き足していくアルスを、ミントは興味深そうな目で見つめていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「あー、こりゃ相当だわ。能力じゃなくて才能って言えばいいのかな。どっちにしろ、使いようによってはかなり化けると思うよ」


 アルスが描いた地形は、どれも正確なものだった。


 何パターンか試してみるも、結果は全て同じ。

 ミントがこれ以上は必要ないと止めるまで、アルスは悩むことも迷うこともなく、知らないはずの場所を完璧に再現してみせた。


「今年の昇格試験は異例続きだって聞いたけど、そりゃあ審査員も悩むよねぇ」


「い、異例続き……ですか?」


「前回は、そこにいる霜月が試験の参加者を全員叩きのめしちゃったことで、審査員まで治療に当たったらしいよ。次の試験では睦月さんが無双状態──とまあ、これは語るまでもないかな?」


 試験の時の話が出たことで、アルスは目をきらきらと輝かせている。


「あ、あの時の睦月さん、すごくかっこよかったです……!」


「なんか部下ってより、ファンって感じじゃん。情報管理課うちの課長が警備課の課長から話を聞いたらしいんだけどさ、随分と盛り上がっててあたしも気になってたんだよねー」


 ミントから期待の込もった眼差しが送られてくる。

 情報にはなかった部分を知りたいようだが、これといって思いつく事がない。


 まあその話は、から語ってもらえばいいだろう。


「アルスの能力とミントの能力って、相性が良いと思うんだ。話を聞くついでに、しばらく組んでみるのはどうかな?」


「なるほどねー。それが睦月さんの目的たのみだった訳か」


 ミントはあらゆる場所に目を持っている。

 つまり、ミントの情報はアルスの実力を伸ばすのに、とても役立つはずだ。


「分かった。引き受けるよ。情報管理課とは別件の仕事もあるし、ちょうど手伝いが欲しいと思ってたんだ」


 ぽかんとするアルスを置いて、どんどん話が進んでいく。

 我に返ったアルスが焦って立ち上がろうとするも、ミントは肩に手を乗せると、優しく椅子に押し戻していた。


「あたしは情報管理課の所属だけど、直属の上司は睦月さんたちと一緒だから、心配しなくていーよ」


「そ……そうだったんですね」


 経理課の課長に私たちの元で働くよう言われてきたため、命令に反してしまうと考えたのだろう。

 アルスは安堵からほっと息を吐いている。


「そういえばあんた、家は近いの? あたしも死局に部屋を持ってるから、仮眠室くらいなら貸してあげれるけど」


「あ、えっと、一応中心部に……」


「中心部の空間エリアなら直通の転移もあるか。ま、困ったことがあれば気軽に相談してよ」


「はっ、はい……!」


 どうやら、二人が打ち解けるまで、そんなに時間はかからなさそうだ。

 姉御肌のミントなら、アルスの面倒もきちんと見てくれるだろう。


「行こうか霜月」


 上司の空間に戻るため、霜月に声をかける。

 当然のように繋がれた手を、ぎゅっと握り返した。



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