自室として与えられた空間は思ってた以上に広く、寝室の他にもいくつか部屋があった。
その内の一つはリビングになっており、まるで温室のような造りになっている。
寝室の天上に広がる
ただ、どの部屋も明度に関わらず、夜のように落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「霜月、聞いてもいい?」
「うん。何でも聞いて」
迷うことなく返事をする霜月は、私の隣に腰掛けている。
ここは死界だ。
霜月は既に、自分の
では何故、ここにいるのか。
答えは簡単だ。
私が呼んだからである。
信頼されているのだろう。
本当に何でも聞いたら困るのは霜月の方だというのに、私のためなら迷いもしないのだから。
死神王と何を話していたのか、気にならないと言えば嘘になる。
けれど、こうして霜月を見ていると、そんな事は些細だと思えてくるから不思議だ。
「霜月はどうして、今の位置に印を入れたの?」
霜月の印は首から頬にかけてと、かなり危うい位置に刻まれている。
燕が言っていた。
急所に近い位置に印を刻むのは、王に忠実であるということを意味するのだと。
この場合の王とは、
霜月を疑っているわけではない。
ただ、純粋に理由が聞きたかった。
「……罰として入れたんだ」
「罰?」
「俺が忠誠を誓うのはあいつじゃない。それを分かっていながら入れた罰として、ここを選んだ」
自戒は内側から焼かれていくような激痛を伴う。
だから罰として、あえて急所を選んだ。
もし自戒が起こった際には、自らが余分に苦しむように──。
あの日、自戒の発動と共に霜月が吐血したのは、真っ先に喉を焼かれたからだ。
話すこともままならない中、霜月はずっと私の安否ばかりを気にしていた。
──ああ、本当に。
「馬鹿だね」
「うん。ごめん」
「そうじゃなくて」
霜月の首から頬を指でなぞる。
そのまま手のひらを頬に当て、労るように撫でた。
「今すぐにでも、印を剥がせたらいいのにって思ったの。馬鹿だよね、私」
何かを言いかけた霜月の動きが止まる。
頬を撫でていた手を取ると、霜月は手のひらに向かって顔を近づけていく。
吐息が触れ、唇が当てられた。
伏せられたまつ毛に前髪がかかる。
一瞬のようにも、永遠のようにも感じられる時間の中、祈るように口付ける霜月の姿が目に焼き付いて。
どうしようもなく、愛おしさを感じた。
◆ ◇ ◇ ◇
私たちの部屋がある空間も、上司が管理する範囲に含まれている。
そのため、ここから仕事場までは転移が可能になっていた。
こうして聞くと便利に思えるかもしれないが、逆を言えば、駆けつけるのも爆速で済んでしまうということだ。
美火から連絡を受け応接室に来たはいいものの、待っていた美火は何やら複雑そうな顔をしている。
「睦月さんに会いたいと話す死神が……」
「私に?」
普段から上司の部下以外が私に近づくのを嫌がる美火だが、今回はどうやらミントからの推薦らしい。
複雑そうな理由が分かり、美火の頭を優しく撫でる。
嬉しそうに頬を染めた美火は、こうされては仕方ないといった様子で来客を呼びに行った。
「アルス?」
「おっ、覚えててくれたんですね……!」
ウン。ちゃんと覚えてるヨ。
昇格試験で会ってから、そんなに時間も経っていない。
むしろ、こんな短期間で忘れる方が難しいと思うのだが、アルスの感激した姿を見る限り、過去に忘れられた経験があるのかもしれない。
「れれ連絡先を聞くのを忘れてしまって……。とっ、突然おしかけてしまいすみません……!」
「それは構わないけど、経理課から連絡をくれても良かったのに」
「そっ、その……常闇様の管轄は特殊なので、れ、連絡しようにも手段がなくて……」
「そうなの?」
仕事用の連絡であれば、印を通して送れるものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「ここは課ではありませんから。睦月さんへの連絡は、上司が許可したもののみ通っているはずです」
言われてみれば、死神になったあの日、仕事に関する最初の連絡は上司から届いていた。
その後、必要な課とも繋げてくれていたのだろう。
「各課にも常闇様の連絡先はあるのですが、ぼっ僕のような下っ端が送ることなどとても……」
青白い顔で視線を彷徨わせるアルスを見て、やはり上司の印象はそんな感じなのかと察する。
私たち部下といる時の上司は、もしかしたら相当優しいのかもしれない。
「それで、どうしたの? 何か用があって来たんだよね」
「あああの! ぼっ、僕を……ここで働かせてほしいんです!」