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ep.20 翼に風


 明鷹あきたかの言葉に反応を見せた霜月と美火だったが、突如聞こえた声に動きを止めた。


「お帰り〜。遅かったね、常闇」


 上司の姿を見るや否や、明鷹は気安い態度で話しかけている。

 気配を全く感じない登場に、威吹はお化けでも見たかのような表情だ。


「私の留守中に部下の引き抜きとは。呆れたものです」


「やだな〜。ただの冗談だよ、冗談」


「それにしては、随分と気に入ったようですが」


 上司の圧を感じ、明鷹からふざけた雰囲気が抜けていく。


「そりゃちょっとは良いなと思ったよ。でもさ、いくら僕でも、常闇のところから引き抜いたりしない。僕が無謀なことをしない主義だって、知ってるでしょ?」


 糸が張り詰めるような空気の中、最初に断ち切ったのは上司の方だった。


「まあ良いでしょう。それで、いつまでここに居るつもりなんです?」


「いやぁ、実はまだ返事待ちでさ〜。僕としても早く連れて行きたいんだけどねぇ」


 視線を向けられた威吹が硬まっている。

 もし死神でなければ、今頃身体から大量の汗が吹き出していたことだろう。


「……何で、俺なんですか?」


 緊張した面持ちの威吹だが、声には落ち着きが感じられた。

 明鷹を見据える目は、真っ直ぐ前を向いている。


「そうだねぇ。伸び代があって、センスもいい。育て方次第ではかなり化けそう」


 理由を並べ立てていく明鷹の視線が、威吹のものとかち合う。


「何より、君の存在は追い風になる。そうぼくが感じたんだ。それ以上の理由が必要?」


 猛禽類もうきんるいのような鋭い眼差しだ。

 風を受けて飛び上がる鷹の目には、少し先が見えているのかもしれない。

 威吹の本質を見抜く鋭利さには、風格さえも感じられる。


「行きます」


 はっきりとした声だった。


「俺、特別警備課に入ります。……いえ、入らせてください」


 迷いも、戸惑いも、全てが払拭ふっしょくされていた。

 ただ前だけを向き続ける威吹の顔には、強い決意が表れている。


「そう来なくっちゃ。これからよろしくね、威吹」


「よろしくお願いします」


 挑戦的なようで、それが期待だということも分かっているのだろう。

 威吹を見留めた明鷹の目は確かなようだ。


 もしかしたら、認められる日もそう遠くないかもしれない。


「じゃ、僕は行くよ。用も済んだし、あまり遅くなると叱られちゃうからさ」


 明鷹は威吹を手招くと、出口の方へ向かっていく。


「あ、睦月さん! 頼まれてた服もう少しで仕上がりそうなんで、現世あっちに戻る前に、一度お店に来てもらえますか?」


「うん。また連絡入れるね」


 外出の許可を求めようと上司の方を見るも、口を開くより早く「どうぞ」と返される。

 上司の許可も得られたし、霜月については聞くまでもないだろう。


 いつだって答えは、分かりきっているのだから──。



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