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ep.19 風の勧誘


「俺……今日が命日になんのかな」


「あはは、何言ってんの。もうとっくに死んでるでしょ」


 威吹いぶきが漏らした呟きを、明鷹はおかしそうに笑い飛ばしている。


「威吹くん、大丈夫?」


「むつきさぁん……」


 暗い顔の威吹に声をかけると、まるで子犬のような目で見つめられた。

 縋るような視線と、少し潤んだ瞳。

 頭の中で何かのメロディーが流れていく。


 うーん、どうしたものか。

 なぜ威吹がここまで落ち込んでいるのか、そもそも理由が分からないのだ。

 原因が分からなければ、どうしようもない。


「死局内の情報は、死局に勤める死神か、そこに出入りする本職の死神しか知り得ないんだ。もしそれ以外の死神が知れば、場合によっては相応の刑に処されることもある」


 私の様子を見て、霜月が理由を教えてくれる。

 淡々と語られる言葉とは裏腹に、内容はけっこう重めだ。


「今の話しで、何か聞いちゃいけない事でもあったの?」


「特別警備課は極秘事項も多く、他の課より規律が厳しいんです。外部の死神にも所属を明かす事はできますが、自分がどこの部隊で、どんな立場にいるかは伏せておく必要があります」


 霜月と美火の話を統合してみると、明鷹あきたかが特別警備課に所属している所まではセーフだった。

 しかし、隊長という立場を明かしたことで、規律に反した情報を威吹に与えてしまった──という事だろうか。


 話を聞くごとに、威吹の表情が絶望感を帯びていく。


「ここに威吹くんを呼んだのは上司だし、偶然居合わせたってことでどうにかならないのかな」


「むつきさぁん」


「馴れ馴れしいです」


 感激した様子で私を見た威吹だったが、美火の言葉によってしょぼしょぼとしぼんでいた。


「そんな心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと対策も考えてあるんだからさ」


「対策……?」


 訳が分からず明鷹の方を見る威吹に、明鷹は含みのある笑顔を向けた。


「まさか、君がいることに僕が気づいてなかったとでも? そんな訳ないでしょ〜。分かった上で話してんの」


 一瞬で張り詰めた空気。

 明鷹の顔は笑っているが、目はちっとも笑っていない。


「聞いちゃったからには、君は罰を受けることになるよ。もちろん、それを聞かせてしまった僕も同罪だ。あ、もしこのまま死局ここを出れば、印が発動するから気をつけてね」


 明るい声とは裏腹に、とんでもなく重い話をされている。

 要約すると、このままでは二人とも何かしらの刑に処されてしまう。

 そして、今のままでは死局を出ることも叶わない……と。


 すごい、ほとんどおどしだ。


「ただし、これを解決方法が一つだけある。それは──君が内部こちら側の一員になること。そうすれば僕たち二人とも、規則を破ったことにはならないってわけ。どう? 簡単でしょ」


 類は友を呼ぶとはこのことか。

 明鷹がここに来たのは、偶然などではなかった。

 上司が威吹を拾ってこいと言ったわけも、部屋にやって来て早々、明鷹が一方的に話し始めた訳も。


 全てはこのためだったのだ。


「それってつまり……どう言うことですかね?」


 固唾かたずむ雰囲気の中、威吹が放った言葉に、明鷹は豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 この場合、鳩じゃなくて鷹だけど。


「えーっと……だからね、君をスカウトしてるんだけど」


「え!? 俺をですか!?」


「いや、この状況で他に誰がいるのさ!?」


 食い気味で返した明鷹の様子に、威吹も段々と実感が湧いてきたらしい。

 美火の顔には、こいつ馬鹿なのか?という文字がデカデカと浮かんでいる。


「いや俺、店やってて。本職になるつもりもなかったし、いきなり死局に入るなんて……」


「お店はそのままでいいよ。本職と違って、死局勤めは死界から出ることもほとんどないからね。そこら辺の融通は利くようになってる」


「えっ、いやでも……」


 戸惑う威吹に対し、明鷹は余裕の表情で返事を待っている。

 まあそうだろう。

 だって結末は、もう決まりきっているのだから。


「威吹くん、諦めた方がいいよ」


 この話に、最初から拒否権なんてものは存在していなかったのだ。


「睦月さん!?」


「お、察しがいいね。助かるよ睦月ちゃん〜」


 そんな!と言わんばかりの表情かおで振り向く威吹の傍で、明鷹がヒラヒラと手を振っている。

 大方、時間が短縮できそうでラッキーとか思っているのだろう。


「頭の回転もだけど、ポーカーフェイスなところとか、特別警備課うちに向いてると思うよ。この際、睦月ちゃんも一緒にどうかな?」


「あげませんよ」



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