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ep.16 死局警備課


 君だったんかーい。

 警備課に着いてすぐ、上司が言っていた「拾ってきて」の意味を理解した。


「睦月さん!」


 案内された部屋に入ると、そこには先客がいた。

 私を見るなり明るい表情になった威吹いぶきは、こちらに向けてぶんぶんと手を振っている。


「威吹くんも来てたんだね。今から聴取?」


「いえ、俺はさっき終わりました。ここで待ってるように言われてたんですけど、睦月さんたちが来るからだったんですね」


 おそらく、上司が手を回したのだろう。

 現場にいた私が事情聴取に呼ばれるくらいだ。

 当事者である威吹が、呼ばれていないはずがない。


 威吹は霜月の方にも手を振っているのだが、霜月は相変わらずの塩対応だ。

 手を振り返すどころか、視線さえも合っていない。


 ただ、そんな霜月の態度も、威吹は全く気にならないようだった。


「すみません、お待たせしました……!」


 二人の様子を微笑ましい気持ちで眺めていると、慌てた声と共に、一人の男性が室内へ入ってきた。


「お呼びだてして申し訳ない。どうぞかけてください」


 私と霜月を見るなり、男は椅子に座るよう勧めてくる。

 ちょうど威吹の隣が空いていたため腰掛けると、そのまた隣に霜月が腰掛けてきた。


 他にも座る場所はあるのだが、わざわざ私の隣に座った霜月を見て、男は不思議そうな顔をしている。


「あ、俺は外した方がいいですよね?」


 気を遣って席を立とうとする威吹を、警備課の男が引き留めた。


「お二人さえよろしければ、特に部屋を移る必要はありませんよ。当時のお話を伺いたいだけですので」


 機密に触れるような話ではないし、あの日のことは威吹の方がよく知っているはずだ。

 男の態度からしても、私たちが今回の脱走とは無関係だと分かっているのだろう。


 こちらを気にしている威吹に、「このままでいいよ」と返すと、ほっとした様子で座り直していた。

 霜月とのアイコンタクトも上達したもので、イエスかノーかくらいの判断であれば、容易くできるようになった。


 塩対応の多い霜月だが、威吹にはかなり優しい方だと思う。

 近くに寄るのを許すのも、面倒そうだが、決して不快には思っていないところも。

 霜月にとって、威吹が他とは違う存在なのだという証拠だ。


 私がこっそり笑ったことは、きっと霜月にバレているだろう。

 霜月の何とも言えない表情を見て、余計に笑みが溢れてしまった。


「ええと、それではですね……」


 男の声に、視線を戻す。


 警備課の制服はボタンが多く、首元がかっちりとしている。

 男の制服は、そんな首元のボタンが一つずつずれていた。

 今回のことで、忙しくしているのかもしれない。


「そちらの方からあらかた事情は聞いているのですが、事実確認のため、当時あったことを教えていただけますか?」


 とりあえず、威吹の話と照合するためにも、私目線の話が聞きたいのだろう。

 確かあの時は、飛んできた瓦礫がれきに当たって──。


 覚えていることを順番に語っていく。

 話すごとに、居た堪れない様子になっていく威吹と、冷たい空気を漂わせている霜月。

 警備課の男も、あわれむような視線を向けてくる。


「そうでしたか……。それは災難でしたね」


 話し終わると、男は目に浮かんだ涙を指でぬぐい、可哀想にと呟きをこぼした。


「データベースによると、死神になったばかりのようですね。候補生と違い、スカウトされる死神は初めから実力のある者ばかりです。貴女のような事例は珍しいのに、さらにこんな事にまで巻き込まれるなんて……」


「そんなに珍しいんですか?」


「ええ。普通なら候補生として送られてもいいレベルですよ。死んで早々、知識や力もないまま本業になるなんて……。苦労してるんですね」


 いや、そもそも私、死んでないです。

 涙もろいのか、目の前で「うう……っ」と泣き始める男に、だんだんと目が死んだ魚のようになっていくのを感じる。


 威吹の視線が突き刺さって痛い。


「まあ、そうですね」


 死神歴だけで言えば成り立てほやほや。

 いわば、生まれたばかりの赤子のようなものだ。

 あながち間違いでもないだろう。


「聴取は以上です。お時間を取らせてしまいすみません」


 初めから私たちは被害者側だ。

 そんなに込み入った話をするつもりも無かったのだろう。


 警備課の男は、「もうお帰りになって結構ですよ」と話しながら、出入口のドアを開けてくれた。



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