上司を見る女性の顔には、どう考えても好意的とは言い難い感情が浮かんでいる。
「おや、この件で私が出向く必要はなかったはずですが」
「今回の件でなくとも、王からの呼び出しには応えるべきです。幹部ともあろう者がそんな──」
「
上司の漆黒が、女性の方へと向けられる。
闇を詰め込んだかのような瞳に、女性の表情が硬さを増した。
「無礼な……。この死界において、王は絶対的なお方です。まさかそれを、忘れたわけではありませんよね?」
「そうですねぇ。死界と天界における王とは、創造主であり、唯一神を指す言葉ですから」
女性の顔が忌々しげに歪んでいく。
今の発言が、何か気に障ったのだろうか。
むしろ、王を褒めるような言葉にも聞こえたが、女性にとってはそれさえも気に入らなかったようだ。
「とにかく、今すぐ部屋を移ってください。これ以上、王をお待たせすることのないように」
それだけ言うと、女性は
部屋を出る時、一瞬だけ向けられた女性の視線。
交差する視線の先で見えたその顔は、隠しきれない憎悪に満ちていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「あいつ、よくもあんな目で……!」
女性が出ていったドアを、もの凄い剣幕で
シャーシャー言わんばかりに怒る美火を見て、何だか気持ちが和んでしまう。
いつのまにか近くに移動していた霜月は、ぴたりと隣に張り付き、冷たい目で入口の方を見ている。
「仕方ないですね。少し席を外します」
やれやれと言わんばかりに立ち上がると、上司は美火たちに指示を出していく。
「留守を頼みましたよ、美火。ナツメグは変わらず、今の仕事を続けておくように」
「分かりました」
「……はい」
ナツメグは先ほどと同じ場所で、静かに佇んでいる。
あまり話さず、反応もしないナツメグは、女性が入ってきた時も微動だにしなかった。
あの女性は誰なのか。
死神のデータベースにアクセスしてもヒットしない。
おそらく、立場上の制限がかかっているのだろう。
──死神王について検索。
【死神王】
死界の最高権力者。
圧倒的な力を持つ神であり、死神にとって絶対的な主でもある。
人物検索ではなく、辞書ならどうかと試してみたが、書いてあるのは普通のことばかりだ。
死神王とは、いったいどんな存在なのだろう。
「睦月。警備課へ行った後、もう一度ここに戻って来てください。話しておく事があります」
上司の言葉に了承を返す。
「霜月、警備課には一緒に行くように。ああそれと、──ついでに拾ってきてください」
「分かった」
拾うって、いったい何を?
主語の抜けた会話が成立している不思議。
首を傾げる私をよそに、上司は霜月の返事を聞くと部屋を出ていった。