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ep.13 いつかきっと


 一体、これは何事だろうか。

 目の前に、妖精が飛んでいる。

 庭園に咲く花の上に座り、ぼーっとどこかを眺めていた妖精は、私と視線が合うと驚いた顔で飛び上がった。


 今の私は人間側のはず。

 しかし、あちこちに視える人ならざるモノの姿に、朧月がくれた助力とやらが既に効果を発揮していることを悟った。


 死神の時であれば、視界の端にチラつく程度のことはあったが、こんなに多くの存在が一箇所に集まっているのは見たことがない。


「どうしてこんなに?」


 呟く私の視界に、黒いローブがはためいた。

 フードの中から覗く金と視線が合う。

 きらきらと輝く目は、驚きのあまりこぼれ落ちそうだ。


 月のような瞳だと思っていたが、こうして見ると蜂蜜のようにも見える。

 霜月に向けて手を振ると、すぐさまこちらに近寄ってきた。


 口を開きかけた霜月だが、ここが外だということを思い出したのだろう。

 戸惑った様子で傍に立っている。


 こちらをチラチラと見てくるモノたちを視界の端に収めながら、私はどう説明しようかと一人頭を悩ませていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 霜月と部屋に戻り、向かい合って座った。

 自室とはいえ、ここは神楽かぐらの敷地内だ。

 念のため、霜月には実体化を取らずに話そうと伝えておいた。


 これなら万が一誰かに見られても、私がくうに向かって一人で話している光景に見えるだけだ。

 それはそれで、あらぬ誤解を受けそうではあるが。


「何で視えてるか、なんだけど」


 言ってもいいのだろうか。

 朧月の存在や、月を冠するもの。

 そして……上司のことについても。


「無理に話さなくていい」


 霜月の言葉に顔を上げる。


「俺も……睦月に話せてないことがある。睦月が聞かないでくれてることも分かってる。だから、睦月も言わなくていい。無理に話そうとしなくていいんだ」


 死神は嘘をつけない。

 けれど何より、霜月は嘘を吐いたりしない。

 もし私が聞けば、霜月は無理をしてでも答えようとするだろう。


 霜月が苦しむ姿は見たくない。

 私のせいで、板挟みの苦しさを余分に抱える必要はないと思ったから。


 視る力が真実を探すためにあるのなら、いつか全ての真実こたえを手にする日が来るはずだ。

 だから今は──これでいい。


「ありがとう霜月」


「俺の方こそ感謝してる」


 張り詰めた糸が解けていくように、いつも通りの空気が周囲に流れた。

 秘密があっても、まだ言えないことが多くても、霜月は私の味方なんだと──それだけははっきりと言えるから。


 蜂蜜のように溶ける霜月の金が、とても愛おしく感じた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「はい、霜月先生。質問です」


「うん。何でも聞いて」


 和んだ空気感の中、今がチャンスとばかりに手を上げる。

 私の唐突な行動にはもう慣れたらしい。

 霜月は特に驚いた様子もなく、すぐに耳を傾けてくれた。


 何でも聞いて、か。

 絶対的な信頼が、何だかくすぐったく感じる。


「見た限り、ここにはかなりの数がいるみたいだけど、何か理由があったりするの?」


「この場所は霊山に囲まれてるから、人にとって害のないモノが集まりやすくなってるんだと思う。俺たちのような外の存在と違って、この世界に住むモノは、土地や空気の影響を直に受けることになる」


 死神や悪魔は、この世界とは別の世界から来ている。

 そのため、現世という異なる世界に干渉する以上、守らなければならない規則ルールも多い。


 しかし、規則さえ破らなければ、現世のどこであろうと自由に干渉することができるのだ。

 加えて、たとえ現世で失態を晒そうと、死神の世界は別にあり、罰を受けるのも己の世界でとなる。


 そう考えれば、元から現世に住まうモノたちが、現世という世界の影響を強く受けるのも、至極当たり前のことだと言えるだろう。


 霊山に囲まれた地は、清浄な空気が多く満ちている。

 庭で視たモノの多くが、そういった場所を求めて集まって来たのだとすれば、数が多いのも納得だ。


「綺麗な場所には、綺麗なモノが集まりやすいんだね」


 だから朧月も、ここで眠っていたのだろうか。

 閉じた襖の向こうで舞う妖精たちの姿に、私は自然と目を細めた。


「そういえば、さっきまでどこに行ってたの?」


 実体化を解いていたことを考えると、猫の姿では行きにくい所だったのかもしれない。


「視察に行ってた。実体化を解いて動いた方が、早く睦月の元に戻って来れるから」


「なるほど」


 効率のためだったらしい。

 語彙力が消失し、なるほど以外、口から出てこなかった。


《緊急度の高い連絡を受信しました。迅速な閲覧を推奨します》


 突如頭に聞こえた音声。

 目の前にはモニターが浮かんでいる。

 霜月の様子を見る限り、どうやらこの連絡は私にだけ来たものではないようだ。


「これって……」


「緊急性のある連絡は、こうして届くようになってるんだ」


 連絡先を開き、内容を確認する。

 メッセージの送り主は、情報管理課のナツメグだった。


〈警備課で拘束中だったカウダが、何者かの手により脱走した。警備課による事情聴取のため、一度死界に戻ってきて欲しい〉



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