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ep.12 月を冠するもの ─ Ⅱ / Ⅱ


 朧月に新月、そして他の月。

 月に特別な意味があるとしたら、いったい何を指しているんだろう。


 そういえば、私の名前にも月がついている。

 現世でも月という言葉は多く使われているが、月の名前を持つこと自体は大丈夫なのだろうか。

 疑問を口にすると、朧月は納得した様子で頷いた。


「現世の言葉ではそうだよね。死神はあらゆる言語を理解できるから、そう受け取るのも無理ないよ。ただ、僕たちが話している言語が、この星の理屈に合うと思ってはいけないよ。何故なら僕たちは、神でもあるんだから」


 ちょんっとおでこを突つかれ目を瞬く。

 突ついた本人は、私を見て楽しそうに笑っている。


「死界において、僕たち以外に月の名を持つ存在はいないよ。それが敬称であっても、名前であってもね」


 朧月たちを除き、死界に月の名は存在しない。

 私の名前は現世で付けられたため、問題にならなかったのだろう。

 ──だけど、霜月は?


 生きた人間を死神にするという特殊な事例。

 さらに、名付けをしたのは私というイレギュラーな存在だ。

 現世で生まれた私と違い、霜月は生粋きっすいの死神と言える。


 既に死神として存在かたちを変え、死神としての名前を付けられた。

 それがいったいどんな意味を持つのか。

 もし、霜月に不都合な事でも起きたりしたら──。


「まあそんなことは置いといて。約束したことに移ろうか。そろそろ時間も厳しそうだしね」


「約束したこと?」


 朧月の言葉に視線を上げる。

 何の約束か分からず、はて?と首を傾げた。

 そんな私を見て、朧月も同じように首を傾げている。


「睦月が言ってたじゃないか。『人間の時でも、死神の姿が視れたらいいのに』って」


「確かに言ったけど……。もしかして、できるの?」


「もちろん。それを手伝うために、ここに呼んだんだからね」


 そう言って微笑む朧月だったが、「あ、でも、睦月とは元々会うつもりだったよ」なんて、少し慌てた様子で付け足してくる。


「なら、お願いしようかな」


 朧月の様子が可愛くて、思わず笑ってしまった。

 気を取り直し朧月の方を向くと、感情を濃縮して限界まで詰め込んだような桜色と視線が合う。


 色んな感情を煮詰めた朧月の目は、私と視線が合ったことで瞬時に整えられていく。

 まるで今見たものは幻だったとでも言うかのように、そこには儚く微笑む朧月しかいなかった。


「睦月、少し目をつぶっててくれる?」


「分かった」


 言われるままに閉じると、朧月は瞼の上から手を被せてきた。

 冷んやりとした温度が染みて、やけに心地いい。


「睦月に視る力があるのは、探すためなんだよ」


「探す?」


「うん。真実を、探すため」


 視界を遮っているからか、いつもより言葉が浸透してくる。


「あの扉はもう開いているんだね。なら話は早い。近いうち、睦月はその先に行くことになるはずだ」


 手がゆっくりと外されていく。

 もう目を開けてもいいのか悩む私のまぶたに、何かがそっと当てられた。


「これは助力に過ぎないけれど」


 柔らかい感触と、ふわりと香る春の匂い。

 近くに朧月の気配を感じ目を開くも、そこには来た時と同じ、濃い霧だけが立ち込めていた。


「役立てて、睦月。君なら必ず手に入れられる」


 春風のようなささやきが聞こえる。


 その言葉が聞こえたのを最後に、私は霧から抜け出していった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 白い髪をなびかせ、朧月は睦月が去った方をしばらく眺めていた。

 名残惜しいが、これ以上は危険だ。


 ──ヤツに、視つかってしまうから。


「まさか新月にあそこまでさせてるなんて。本当に、厄介なことばかりしてくれるよね」


 春風が一気に冷たさを増していく。

 穏やかな様子を一変させた朧月は、夕空に浮かぶ月を見て呟いた。


「そろそろ場所を移さないと。ごめんね新月。会いに行くのはもう少し、先になりそうだ」


 空に浮かぶ朧月が、ゆらゆらと光を放っている。


 木陰に立っていた朧月の姿も、まるで朧のように消え去っていった。



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