朧月に新月、そして他の月。
月に特別な意味があるとしたら、いったい何を指しているんだろう。
そういえば、私の名前にも月がついている。
現世でも月という言葉は多く使われているが、月の名前を持つこと自体は大丈夫なのだろうか。
疑問を口にすると、朧月は納得した様子で頷いた。
「現世の言葉ではそうだよね。死神はあらゆる言語を理解できるから、そう受け取るのも無理ないよ。ただ、僕たちが話している言語が、この星の理屈に合うと思ってはいけないよ。何故なら僕たちは、神でもあるんだから」
ちょんっとおでこを突つかれ目を瞬く。
突ついた本人は、私を見て楽しそうに笑っている。
「死界において、僕たち以外に月の名を持つ存在はいないよ。それが敬称であっても、名前であってもね」
朧月たちを除き、死界に月の名は存在しない。
私の名前は現世で付けられたため、問題にならなかったのだろう。
──だけど、霜月は?
生きた人間を死神にするという特殊な事例。
さらに、名付けをしたのは私というイレギュラーな存在だ。
現世で生まれた私と違い、霜月は
既に死神として
それがいったいどんな意味を持つのか。
もし、霜月に不都合な事でも起きたりしたら──。
「まあそんなことは置いといて。約束したことに移ろうか。そろそろ時間も厳しそうだしね」
「約束したこと?」
朧月の言葉に視線を上げる。
何の約束か分からず、はて?と首を傾げた。
そんな私を見て、朧月も同じように首を傾げている。
「睦月が言ってたじゃないか。『人間の時でも、死神の姿が視れたらいいのに』って」
「確かに言ったけど……。もしかして、できるの?」
「もちろん。それを手伝うために、ここに呼んだんだからね」
そう言って微笑む朧月だったが、「あ、でも、睦月とは元々会うつもりだったよ」なんて、少し慌てた様子で付け足してくる。
「なら、お願いしようかな」
朧月の様子が可愛くて、思わず笑ってしまった。
気を取り直し朧月の方を向くと、感情を濃縮して限界まで詰め込んだような桜色と視線が合う。
色んな感情を煮詰めた朧月の目は、私と視線が合ったことで瞬時に整えられていく。
まるで今見たものは幻だったとでも言うかのように、そこには儚く微笑む朧月しかいなかった。
「睦月、少し目を
「分かった」
言われるままに閉じると、朧月は瞼の上から手を被せてきた。
冷んやりとした温度が染みて、やけに心地いい。
「睦月に視る力があるのは、探すためなんだよ」
「探す?」
「うん。真実を、探すため」
視界を遮っているからか、いつもより言葉が浸透してくる。
「あの扉はもう開いているんだね。なら話は早い。近いうち、睦月はその先に行くことになるはずだ」
手がゆっくりと外されていく。
もう目を開けてもいいのか悩む私の
「これは助力に過ぎないけれど」
柔らかい感触と、ふわりと香る春の匂い。
近くに朧月の気配を感じ目を開くも、そこには来た時と同じ、濃い霧だけが立ち込めていた。
「役立てて、睦月。君なら必ず手に入れられる」
春風のような
その言葉が聞こえたのを最後に、私は霧から抜け出していった。
◆ ◇ ◇ ◇
白い髪を
名残惜しいが、これ以上は危険だ。
──ヤツに、視つかってしまうから。
「まさか新月にあそこまでさせてるなんて。本当に、厄介なことばかりしてくれるよね」
春風が一気に冷たさを増していく。
穏やかな様子を一変させた朧月は、夕空に浮かぶ月を見て呟いた。
「そろそろ場所を移さないと。ごめんね新月。会いに行くのはもう少し、先になりそうだ」
空に浮かぶ朧月が、ゆらゆらと光を放っている。
木陰に立っていた朧月の姿も、まるで朧のように消え去っていった。