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ep.11 月を冠するもの ─ Ⅰ / Ⅱ


「彼……? それに、月を冠するって……」


「まあまあ、とりあえずここに座って。聞きたいことも多いだろうけど、今はそんなに時間もないんだ」


 朧月おぼろづきと名乗った青年は、私を近くの桜の木まで誘導すると、根本の辺りに「よいしょ」と言いながら腰を下ろした。


 隣に座るよう花弁の絨毯じゅうたんを叩かれ、大人しく指定された場所に座り込む。


「少しだけなら質問に答えるよ。もちろん、僕が伝えられる範囲でだけどね」


 近くなった目線と距離。

 儚い姿は、そのまま桜の中に溶け込んでしまいそうに見えた。


「まずは彼についてだけど、新月とはもう会ってるんだよね?」


「その新月って死神と、会った覚えがなくて」


 朧月の顔に驚きが浮かぶ。


「そんなはずは……。いや、僕が眠ってる間に、何か想定外のことが起きたのかも」


 思案する朧月だったが、突然私と向かい合うように座り直してくる。


「少しのぞかせてもらうね」


 そう言うや否や、朧月は顔を近づけ、額と額を重ねてきた。


 死神かれらのパーソナルスペースは、いったいどうなっているのだろうか。

 眼前に広がる光景を見ながら、あまりの近さに呆然とするしかない。


 死神は顔面偏差値が高水準だ。

 そして、その中でも規格外の容姿を持つのが、霜月や上司だったりする。


 単に顔が整っているのとは訳が違う二人だが、何故今その話をしたのかと言うと、目の前の死神がまさにの存在だったからだ。


 神秘的とも言える造形が、目と鼻の先にあるわけで──。


 あまりの眩しさに、思わず目を細めていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「ありがとう。だいたい把握できたよ」


 朧月の顔が離れ、伏せられていた目がこちらに向けられる。


「どうしたの睦月? 凄く疲れた顔してるけど……」


 心配そうな朧月は、原因が自分にあるとは思っていないようだ。


「あ、いきなりのぞいたからびっくりしたのかな? ごめんね。あまり時間もないし、こうした方が確実だったから」


「ああ、うん。それは大丈夫」


 初めから距離が近い死神は他にもいたし、今更驚くほどのことでもない。

 ただ、少しばかり脳内で戦いがあっただけだ。


 誰かの美醜びしゅうについて頓着とんちゃくしたことは無かったが、ここまで突き抜けていると別らしい。

 相手が死神というのも、何か関係していたりするのだろうか。


「常闇って名乗ってるんだね」


 突然の言葉に思考が停止する。

 私を見る朧月の目は、まるで桜が舞い落ちる時のような揺らめきを放っていた。


「僕の言う『新月』は、君の上司である『常闇』のことだよ。最も、どちらも敬称であり、名前ではないんだけどね」


「敬称が二つあるってこと?」


 月という一文字が、やけにはっきりと浮かんでいる。

 名前に月が含まれていることも、何か特別な理由があるのだろうか。


「普通は一つだろうね。ただ、今の新月には二つ必要なんだと思う」


「朧月と上司が同じ月を冠するものなら、朧月って名前も敬称になるんだよね?」


「そうなるね。それじゃあ、ここからはもう一つの質問、『月を冠するもの』について答えようか」


 表情を緩めた朧月が、空を見上げる。

 夕暮れの空に浮かぶ雲と、そこからかすんで見える月。


「月を冠するものはその名の通り、全員月の名を持っている。僕が朧月で、常闇が新月のようにね」


「本当の名前を名乗ったりはしないの?」


「その問いに対する答えはノーだ。僕たちは、あえて名乗らないようにしているんだよ」


 朧月は指で小さくバツを作ると、私の方に向けてきた。


「僕たちの名は、特別な存在かたからたまわったものだからね。名前を呼べるのは、本当に一部の存在だけなんだ。月同士ぼくたちでさえ、たまにしか呼び合わない」



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