「まさか……当主様だけでなく、奥方様まで逝ってしまわれるなんて……」
「可哀想に。まだ十四歳ですよ」
「たった一人残されて、心細いでしょうね」
お香のにおいがする。
私の横で泣き続ける陽向の声も、周りで話す親族の声も、全てが遠い場所で響いているかのようだ。
「どうかしら。あの顔、悲しんでもいないようですけど」
「おやめなさい。突然のことすぎて、実感が湧かないのよ」
「もうすぐ遺言書が届くみたいですね。次期当主はやはり、睦月様になるんでしょうか」
「一人娘だからなぁ。それしかないだろう」
仏壇に置かれた二人の写真は、穏やかな微笑みを浮かべている。
静かに眺め続ける私を見て、陽向は何を思ったのか、そっと手を握ってきた。
体温の低い肌に、
泣きすぎて、発熱してしまったのかもしれない。
隣の子は誰なんだ?
ああ、
お互い一人っ子のようですし、以前から交流も深いんでしょうね。
分家にも格差は存在していると言うのに、随分と
彼らにとって重要なのは
「失礼します。当主様の遺言書をお持ちしました」
男の登場に、先ほどまで雑音の響いていた室内は、まるで水を打ったかのように静まりかえった。
喪服に身を包んだ男は、周囲の視線を一身に受けながら遺言書を開いていく。
「
室内には、紙の擦れる音だけが聞こえている。
「
何かが落ちる音がした。
室内は一瞬で騒がしさを取り戻し、驚きや疑念の言葉で満ちていく。
呆然としたまま硬まった陽向は、何を言われているのか分かっていないようだった。
「お静かに願います」
じゃあ実の娘はどうなるの?
あの遺言書は、本当にご当主様のものなのか?
男の一言に、口々に騒いでいた者たちも徐々に冷静さを取り戻していく。
興味や
「遺言書にはまだ続きがあります。後継者となった
おそらく、誰もがすぐには理解できなかった。
陽向の手が小刻みに震え出す。
泣きすぎて真っ赤に腫れた目が、縋るように私を見つめていた。
「うそ……だよね? こんなの、うそなんだよね?」
何度聞かれようと、あいにく私も答えは持ち合わせていない。
「ちょっと待ってください! そもそも当主様だけでなく、奥方様まで亡くなられてるんですよ!? この状況で養子縁組なんて……! それに、
その言葉を筆頭に、顔を見合わせた分家の一族たちは、男に向かって一斉に群がり始めた。
居心地が悪そうに身じろぎした男の後ろから、誰かが室内へと入ってくる。
「やかましいねぇ。もうちっと静かにできんのかい」
「おばあさま!」
その人はこちらを一瞥した後、周囲の者たちを険しく
「大の大人が
ぴんと伸びた背筋と、芯の通った声。
「遺言を聞き終わったならとっとと帰りな。今一番辛いのが誰かなんて、言わなくても分かるだろうに。私はね、あの子たちを図体だけデカく育った大人にするつもりはないんだよ」
沈黙する周囲にため息を吐くと、
「待たせてすまなかったね。二人とも、付いておいで」
陽向の手を取り立ち上がる。
陽向は泣くのを
しばらく無言で後ろを歩いていたが、
「あの……」
「私のことはお祖母ちゃんとでも呼びな。どうせ、そう変わりゃしないんだ」
つっけんどんなようで、どこか温かみを感じる声。
その人は──祖母は、振り向かないことで示せる優しさもあるのだと、初めて教えてくれた人だった。
小柄な祖母の身体には、きっと誰よりも重たい物が乗っている。
けれど、凛と伸びた背中は、あの場にいた誰よりも大きく、そして……何よりも心強く見えた。
◆ ◇ ◇ ◇
珍しくうたた寝していたようだ。
机から身体を起こすと、時計を確認する。
そんなに時間は経っておらず、まだ夕食の時間にもなっていない。
立ち上がり部屋を見渡すと、霜月の姿が見えないことに気がついた。
部屋に姿はなく、窓も
実体化を解いて出かけたのかもしれない。
ずっと猫の姿だったし、少しでも気分転換になればいいのだが──。
死界と現世の
霜月の言葉を疑っているわけでも、無理をしていると思っているわけでもない。
ただ、少しでも負担を軽くしてあげれたらと、私が思わずにはいられないだけで。
──人間の時でも、死神の姿が視れたらいいのに。
不意に浮かんだ思考が、そのまま口から滑り落ちていく。
「それ、手伝うよ」
誰かが
突然聞こえた声を追いかけ縁側に出ると、辺り一面に立ち込めた
覆われた視界のまま、霧の中を導かれるように進んで行く。
霧を抜けると、そこは春だった。
満開の桜と穏やかな川のせせらぎ。
空は夕暮れで、辺りには花弁が散っている。
別世界のような風景に、思わず足を止めていた。
「おはよう」
いつのまにか、近くに青年が立っている。
雪のような肌と、真っ白な髪。
左耳の前で揺れる顎ほどの長さの三つ編みが、特徴的な死神だった。
少し紅の混じった桜色の瞳が、青年の
「待っていた
私を見て微笑んだ青年は、こちらに向けて手を差し出してきた。
「僕のことは