窓の外に広がる景色は、もう夏に染まりつつあった。
梅雨明けの空から降り注ぐ日差しが、田んぼの水に反射して光っている。
ブラインドを下ろして、車内の電光掲示板へと目を向けた。
到着まであと
膝に置いたケージの中では、一匹の黒猫が静かに丸まっていた。
◆ ◆ ◇ ◇
京都に着くまでの間、霜月とは別行動をとるつもりでいた。
しかし、何やら不穏な動きを察知したミントから連絡が届いたことで、話し合いの結果
実体化を取らず傍にいる方法も考えはしたのだが、私が感知できなくなる以上、危険を伝える手段も限られてくる。
それに、仕事以外で現世にいる死神はかなり珍しい。
現世と死界。
どちらの
──とは言え、だ。
いくら見た目が猫でも、中身は霜月のまま。
どうにも気になって見てしまう。
たまに尻尾が揺れているのを目にすると、私の気持ちまでぐらつく始末だ。
猫って、どうしてこんなに可愛いんだろう。
脱線しかけた思考に、素早く
そもそも、私が何故悪魔に狙われているのか、未だに詳しいことは分かっていない。
可能性としては、上司がとんでもない恨みを買ったことで、私にまで火の粉が飛んできている……とかが有力だろうか。
そういえば、ミントも不思議がっていた。
情報管理課が掴めていない情報を、どこから知ったのかと。
相手が上司だと分かってからは、納得した様子でそれ以上聞いてくることもなくなったのだが。
車内アナウンスが流れ、降りる駅の名前が告げられる。
ケージを持ち上げると、揺れに気づいた霜月が私の方を見た。
「着いたみたい。もう少しだけ待っててね」
心配ないと言うように尻尾を揺らした霜月は、再び丸くなり目を閉じている。
ホームに降り立つと、真っ直ぐ出口へ向かった。
人の多い駅だが、特にぶつかることもなく、自然と空いた隙間を進んでいく。
駅を出て少し行った先に、見覚えのある車が停められているのが見えた。
「お迎えありがとうございます」
「とんでもない。久方ぶりにお会いできて、喜ばしく思っております」
車から出てきた初老の男性は、こちらに向けて一礼すると、穏やかな顔で微笑んでいる。
「そのケースはもしかして……」
「私の家族です」
「やはりそうでしたか」
私の持っているケージを見て、思い当たる節があったのだろう。
納得した様子で
私たちを乗せた後、車はゆっくりと目的地に向かって動き出した。
「こちらに戻られるのは年明け以来ですね」
記憶よりも少しだけ歳を感じる声。
怒っているところは一度も見たことがない。
穏やかで丁寧な渡守は、神楽の当主にも信頼されていた。
「睦月様に会えず、
「そうですか」
本家の跡取りで、
渡守の視線が、バックミラー越しに向けられる。
「しかし良かった。睦月様が猫を迎えられたと聞いて、いつかお会いできたらと思っていたんです」
「どうしてですか?」
「勿論、睦月様の大切なご家族だからですよ。名前は存じ上げませんでしたが、霜月様と言うのですね。素敵なお名前です」
嬉しそうに話す渡守は、きっと何も知らないのだろう。
私が猫を迎えたことは、誰にも言っていなかった。
わざわざ話す必要はなかったし、何より本家と関わるのは面倒だ。
以前住んでいたマンションは
しかし、程なくして陽向から届いたメッセージには、何故か猫について書かれた内容が載っていた。
原因は単純で、マンションの管理に
挙げ句の果てに、「相手は
分家と言えど、
いくら相手が本家でも、雇い先が
何より、本当の理由は、神楽の次期当主である陽向に近づくため、私の情報をリークしていたってところだろう。
まあとにかく、そんなことがあってから、私はいっそう自分のことを話さなくなっていった。
本家から来るメールは増えたが、私から送る連絡はいつも仕事のことだけ。
だから知らない。
渡守はもちろん、陽向さえも。
あの日──赤に染まった