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ep.7 歩み寄る光と影 ─ Ⅱ / Ⅱ


「分かった。ならこの件は、これで終わりにする」


「えっ!? ちょ、ちょっと待って。あたしが言うのも何だけど、本当に大丈夫なの?」


 霜月の言葉に、慌てた様子の律が問いかけている。

 ポカンとした表情の時雨は、口が開いたままだ。


「それが睦月の望みだから。それに、上司からもそうするように言われてる」


「霜月ちゃんたちの上司が? まさかそんな……」


 驚愕きょうがくする律の顔には、信じがたいと言わんばかりの感情が浮かんでいる。

 律から見た上司は、そんなに驚くほど厳しい存在なのだろうか?


 私の視線に気づくと、律はハッとした表情に変わった。


「今はそんなこと言ってる場合じゃなかったわね」


 気を取り直すように立ち上がった律は、私の方を真っ直ぐ見つめてくる。


「その話、ありがたく受け取らせてもらうわ。睦月ちゃん、今回のこと本当にごめんなさい。そして、本当にありがとう」


 最後に微笑んだ律は、横でまごつく時雨の背中を思いっきりはたいた。


「いっっってぇ!」


「オラ、早くしなさいよ」


 かなり痛かったのだろう。

 涙目の時雨は、けれど私の方を見ると、覚悟を決めた様子で口を開いた。


「その……、悪かった! 信じてもらえるか分かんねぇけど、傷つけるつもりは無かったんだ」


「おおかた、代わりに退治してもらおうとか考えてたんでしょ?」


「うっ……」


 図星を突かれたことで、時雨は言葉に詰まっている。

 初めから、何となく分かっていたのだ。

 時雨が私を害する気がないということも、霜月に対してどこかあこがれのような感情を持っていたことも。


 まあ、かなりこじらせ気味ではあるが。


「普段は誰に頼んでるの?」


「……つばめ


「ああ、燕くん」


 恥ずかしげに視線を彷徨さまよわせる時雨に、優しく声をかける。


「じゃあ、今度から燕くんが居ない時は、お隣のよしみでお手伝いするね。──霜月が」


「えっっ」


 時雨の明るくなりかけた表情が、一気に降下していく。


「あらいいじゃない。お願いね、霜月ちゃん」


「何でだよ!? てか、お前はそれでいいわけ!?」


「睦月が言うなら」


「嘘だろ……?」


 当然だと言わんばかりに肯定する霜月を見て、時雨の顔が唖然あぜんとしたものに変わる。


 「こいつマジで別人なんじゃ……」なんて呟く時雨を尻目に、律は楽しそうな笑みを浮かべた。


「でも、良かったじゃない。霜月ちゃんと仲良くなりたかったんでしょ?」


「は? ちがっ、俺は! ……っとにかく! いくら力が強いからって、俺の方が先輩なのは変わんねぇんだからな!」


 そう言い放つと、時雨は真っ赤な顔で玄関の方へと走り去っていった。

 律は全くもうと言うような雰囲気で見守っていたが、不意に私の方を見ると手を差し出してきた。


「睦月ちゃん、良かったら連絡先交換しない? 仕事以外のことでも、何かあればいつでも相談に乗るわ」


「助かります」


 手を握ると同時に、印とは違う感覚が降りてくる。


 不思議と、前よりも心地よく感じた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「……正直驚いた。あいつが、あんな風に笑う相手がいるなんて」


「そうね」


「どんなに好意を寄せられても、絶対に動かないやつだったのに……」


 恋愛とは無縁の存在だと思っていた。

 そう呟く時雨を横目に、律はどこか浮かない顔をしている。


「時雨には、そう見えたのね」


「は? どう見てもあれはそうだろ」


 それ以外に何があるんだと眉を顰める時雨を見て、律は小さく首を振った。


「いえ、いいのよ。気にしないで」


 一瞬、何かに悩むような顔を見せた律は、すぐにいつも通りの様子に戻っていた。


「ねえ、時雨。一つお願いがあるの」


「いきなり何だよ」


 真面目な声で話す律に、時雨は戸惑いながらも耳を傾けている。


「もしもこの先、睦月ちゃんに大きな困難が訪れて、大切な存在と離れる時が来たとしても……時雨は味方でいてあげて。睦月ちゃんを一人にせず、傍で助けてあげてほしいの」


「……急に、何の話をしてんだよ。まるであいつが……」


「やぁね、もしもの話よ」


 そう言って笑う律は、時雨の知らない表情をしていた。

 ポツリポツリと降り出した雨が、やがて大降りに変わっていく。


 律が言ったことの意味を、時雨は雨が降り止むまでずっと、一人で考え続けていた。



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