お腹に巻き付いている腕をそっと叩く。
「私は平気だよ。ちょっと濡れただけだし、何かされたわけでもないから」
説得しようと見上げると、霜月は
「ごめん睦月。少しだけ冷えると思う」
「え?」
髪や服を濡らしていた水分が、一瞬で氷の粒へと変わっていく。
表面に浮き出た氷は、そのままパラパラと身体から落ちていった。
「すごい、乾いてる」
服に触れてみるも、濡れていた
振り続ける雨は、いつのまにかほとんどが
身体に触れる前に
「……お前、まるで別人だな。誰に対しても氷みたいな態度だったってのに」
「今そんな話は必要ない。俺はどういうつもりか聞いてる」
「はっ、これ見ても分かんねぇの?」
戸惑いを浮かべていた時雨だったが、霜月の言葉を聞くと、まるで挑発するような態度を取り始める。
けれど私には、そんな時雨の姿が
「それが答えか」
霜月の声から色が消えていく。
無にも近い声と冷え切った目が、時雨の方へと向けられた。
足元から急速に広がった氷は、床から壁、壁から天井へと侵食している。
時雨の顔に、初めて恐怖が見えた。
霜月が本気で自分を害する気だと
二人の間に実力の差があるのは
どちらが優位かなんて、考えなくても分かる。
「霜月、そこまでする必要はないと思う。本当に少し濡れただけで、他には何も──」
「時雨の能力は、単に雨を降らせることじゃない」
思わぬ返しに、喉から出かかっていた言葉が引っ込んでいく。
「自分の周囲に雨を降らせ、雨が
「……つまり、もし体内に雨が浸透していたら、私も操られていたってこと?」
時雨の能力は水を操ることかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
好きな場所に雨を降らせ、浸透した対象を操れる。
使い方次第ではかなり強力な能力だ。
現世の死神に選ばれたのも、この能力が理由の一つなのかもしれない。
霜月は時雨の方をちらりと見たが、またすぐに私の方へ視線を戻している。
周囲を
雨を降らせれば降らせるほど、凍らせる物が余計に増えていくだけ。
これでは、何かしたくてもできないのだろう。
「身体を操ることもできるし、身体の中に損傷を与えることもできる。そんな能力を、あいつは睦月に使ったんだ。……身の程知らずには、直接教え込んだ方が早い」
バキバキと音を立て、時雨の方に
時雨を囲い込む氷と、そこから突き出すいくつもの氷柱が、まるで氷のアイアンメイデンを
どんどん見えなくなっていく時雨の姿。
私の視線に気づいたのか、こちらを見た時雨と視線が絡む。
何かを必死に
くしゃりと歪んだ顔が、まるで捨てられた猫のようで。
「霜月ストップ」
ぺちんと、軽い音が鳴った。
「睦月……?」
驚いた様子で目を
「反省してるみたいだし、もう止めてあげて。私は霜月が守ってくれたから大丈夫だよ」
感謝を伝え微笑むと、霜月はふわりと表情を柔らかくしていく。
まるで雪解けの瞬間を見ているかのような美しい表情に、私は
◆ ◆ ◇ ◇
時雨の周りから氷が引いていく。
「大丈夫? 怪我はない?」
「あ……、うん。平気……です」
硬い声を発していた時雨は、霜月を見た瞬間、ピャッ!と毛を逆立てる猫のような反応を見せた。
霜月は冷ややかな目を向けていたが、興味を無くしたのか視線を逸らし、私に微笑んでくる。
「部屋に戻ろう。温かい物でも飲んだ方がいい」
「うん。そうしよっか」
先ほどとは打って変わって嬉しそうな霜月の様子に、ひとまず機嫌は直ったようで安心した。
私の周りでは、何故か死神たちのキャットファイトが
まるで、死神保育園の保育士にでもなったような気分。
でも、不思議とそれも悪くない。
そんな事を考えている時点で、私もきっと、どうしようもなく手遅れなのだろう。
時雨の方へと近づくと、びくりと肩が震えた後、恐る恐る視線を向けてくる。
「自分でも悪いことしたとは思ってるんだよね?」
「……はい」
「分かった。それなら罰を与えます」
何をされるのかと
「行ってらっしゃい。退治、頑張ってね」
「あっ」
玄関に押し込むと、ドアを速攻で閉める。
閉まるドアの隙間から見えた時雨の顔は、絶望に染まり切っていた。
「霜月、固めて」
「分かった」
意図を汲み取った霜月が、壁ごとドアを凍らせてくれる。
「あけっ、あけてくれ! マジでむり……まじでむりなんだってえええ!」
「
中から聞こえる悲鳴に対し、きっぱりと言い放つ。
絶望に