お互い無言で見つめ合う中、先に口を開いたのは時雨の方だった。
「……しは、…ぃきか」
「え?」
聞き取れず首を
「虫は……、平気か」
「虫? 苦手かどうかって意味なら、平気だけど」
別に好きでもないし、嫌いでもない。
あまり興味がないと言った方が正しいのかもしれないが、「平気か」と聞かれたら「平気だ」と答える以外にないだろう。
私の返事を聞いた時雨は、「ちょっと来て」と言いながら腕を引いてくる。
Ⅲ号室と書かれた部屋の前まで来ると、時雨は唐突に掴んでいた腕を離した。
「あんた、虫は平気だって言ったよな」
「うん。言ったね」
「だったら一つ、頼みがある」
時雨はまるで、ドアの向こうに恐ろしい何かが
「リビングに……ヤツが出たんだ。代わりに始末してきてくれ」
「ヤツ?」
「黒くてテカってる、アレだよ……!」
なるほど理解した。
つまり、「家の中にゴキブリが出たから代わりに退治してきて欲しい」と言うことなのだろう。
会話だけ聞くと
まさか、時雨の苦手な物が虫だったなんて。
「退治するのは構わないけど、まだ部屋の中にいるんだよね? 昨日会ったばかりの私より、他の人に頼んだ方がいいんじゃないかな」
一応プライベートな場所ではあるし、私も会ったばかりで個人的なスペースに入るのは気が引ける。
そんな事は一切気にせず、いきなり不法侵入をかましてきた|死神もいたりするのだが。
「今アパートに居んの、あんたらだけだから」
「そうだったんだ」
どうやら、他の住人は全て出払っていたらしい。
後で律のところに行こうと思っていたが、日を改めた方が良さそうだ。
「それなら霜月は? もうすぐ手も空くと思うけど」
霜月からは、
そろそろ終わる時間なのは知っていたし、何より霜月の方が早く確実に仕留めてくれると思う。
「は? あいつに頼むとかマジでありえねぇ」
「どうして?」
「あんた、あいつがどんだけヤバいやつか知らないで組んでんの? どうりで一緒に住めるわけだわ」
「一緒にいるって決めたのは私だから。それに、少なくとも霜月のことなら時雨よりは知ってると思うよ」
時雨は顔を
「バカに頼む必要もないだろうし、私は帰るね」
「おい、待てよ!」
部屋に戻るため
「引き留めても無駄だから諦めて」
ぐっと言葉を飲み込む様子を見せた時雨は、
「……そうやって、みんなあいつの事ばっか……」
いきなり降り始めた雨に、空を見上げた。
何故か、アパートの中にまで雨が降っている。
──これは、時雨の能力?
もしそうだとすれば、この状況は中々に危険だ。
降っていた雨が
予想しうる事態の中で、かなり悪い方へと傾いてしまったようだ。
急速に下がっていく気温を感じながら、お腹に巻き付いた腕を見下ろす。
「どういうつもりだ。場合によっては……ただじゃ済まさない」
霜月の声は
けれどその声には、
降り続く雨と
外出中の住民たちへ向けて、私は切実にヘルプの念を送りたくなった。